夢を語るのは勇気がいる
「僕は…………、僕は女性に、個人的な理想を持ってしまっているのです」
そう言って、武流はまた口をつぐむ。
喉の奥になにかが詰まったように、続きの言葉が出てこない。
苦しそうなその姿に、麻宮がどうしたのかと心配していると、武流はもう一度深く深呼吸をしてから真っすぐ前を見据えた。
その真剣な表情につられ、麻宮までピンっと背筋を伸ばしてしまう。
「僕の中で女性には、細かく分けて三十八、大きく分けて十七の部位にそれぞれ理想とする姿が存在しています。その全てが調和を乱すことなく共存するなど、奇跡に等しい事だと承知しているのですが、もし、そんな女性が……。そんな、僕の理想を全て兼ね備えた女性がこの世に存在するのならば、一目だけでもそのお姿を拝謁させて頂きたいのです。もしもその夢が叶うのならば、もうこの世に思い残す事はありません」
武流は喉につかえていた想いを吐き出すと、まだ見ぬ理想の姿を夢想して、呆けたように天を仰ぐ。
うっとりと遠くを見つめる武流は、半開きの口から魂が抜け出てきそうな顔をしていた。
夢を叶える前に、このまま昇天してしまいそうだ。
「お、おぉ……、声にでてるけど?」
「はい、意識的に出しました」
「へ、へぇ……」
きっぱりと断言する武流に、麻宮は苦笑いを浮かべながら思わず感心してしまう。 数秒間、言葉を失っていた麻宮は「こほん」っと、わざらしい咳払いを挟んでから、指をあごに当て納得したようにうなずいた。
「まぁいいわ。ようするに、理想の女性と出会いたいって事かしら? こだわりは凄いけど、普通と言えば普通ね」
「いえ、普通などでは……、全ての女性は等しく尊い存在です。それを分かっていながら、個人的な理想を持つなど度し難い行いです」
女性に個人的な理想を抱くなど、武流の信念からは激しく逸脱した行いだ。
この夢を自覚しだしたのはもう5,6年ほど前になるが、いままで一度も口にしたことはなかった。
だからこそ言葉に詰まり、それでも意を決して言葉にしたのだ。
「んー、その考えはちょっと嫌かな。理想を持つのは普通じゃない?」
「え?」
自分なりにかなり思い切った発言であり、殴る蹴るの暴行を受けても仕方がないと思っていた武流は、予想外の言葉に目を丸くする。
そんな、なにを言われたのか分かっていない様子の武流に、麻宮は眉をクイっと上げて続けた。
「それって、誰でも同じってことでしょ? そんなこと言われて喜ぶ女の子はいないと思うけど」
「そう……、でしょうか?」
「そりゃそうよ。毎日ゆるく適当に生きてる子と、必死に頑張って自分を磨いてる子が一緒だって言われたら、必至に頑張ってる子は絶対怒るわよ」
「そ、それは……」
きっぱりと言い切る麻宮に、武流は完全に混乱していた。
批判は覚悟していたものの、その方向性は想定していたものと真逆だった。
話の過程で自身の夢に正当性を示してもらったが、結果的に責められるような形にもなり、感情が追い付かない。
そんな複雑な精神状態に追い込まれてしまった武流は、また言葉を詰まらせ黙り込んでしまう。
肯定も否定もないその態度がお気に召さなかったのか、ヒートアップした麻宮は語気を強めてさらに続ける。
「ゆるく生きるのを否定はしないけどね、本人が幸せならいいと思うし。けど、人間の価値が数値化できるとしたら、毎日頑張ってる子の方が高い数値になるんじゃない? まぁ、頑張れば必ず価値が上がるってわけでもないけど」
「す、数値化? 価値?」
人の価値を数値化する。この麻宮の考えかたは、人によっては不愉快に思われるかもしれない。
だが、毎日高価な品物を扱っている麻宮にとって、物には価値があり、価値は値段という形で数値化されるのが当然なのだ。
「そもそも皆が等しくって、個としての価値を認めてないってことじゃない? そんなのすごく失礼だと思うけど」
「ぇぁ、ぉ、ぁ……」
考えがまとまらないところに、麻宮の発した『すごく失礼』という一言がとどめとなり、武流の思考は完全に停止してしまう。
消え入りそうな声を漏らしながら、うつろな視線を天井に向ける。
「そもそも武流くんは――って、あ、別に責めてるわけじゃないのよ?」
さらに追い打ちをかけようと身を乗り出した麻宮は、すでにオーバーキル状態の武流に気がつき慌てて取り繕う。
完全に責められていた武流だったが、その雑なフォローでどうにか考える力を取り戻し前を向いた。
「い、いえ……、僕の愚かな行いを鑑みれば、責められて当然です。斧で頭をかち割られた思いです、今後は考えを改めます」
「そ、そう? まぁでも、ほどほどにね。ほら、私と真逆のことを言う女の子もいるかもしれないし」
「え、真逆? ……そんな、僕は一体どうすれば」
武流のように、自分の考えにすら疑問を持つ人間がいる世の中だ。他人と意見を対立させるなんてよくあることだし、女性同士であってもそれは変わらない。
しかし、これまで母と珠希以外の女性と関わる機会の少なかった武流は、女性同士が意見を対立させる現場に立ち会ったことがなかったのだ。
ゆえに、その状況をはじめて想定することになり、瞬時にデッドロック状態に突入してしまった。
しかし、対立する2つの意見をどちらも支持するにはどうしたらいいのか? なんて、そんな疑問に答えなんてありはしない。
それを分かっていた麻宮は、強引に話の軌道を修正することにした。
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