運命と出会う帰り道 3

 小劇場のような謎空間を抜けた2人は、横並びで幻灯堂へ向かっていた。


 数100メートル歩いてようやく我に返った武流は、背中の重みを普通に感じるようになっていた。

 しかし武流はその重さを苦とは思わず、女性の役に立てている証のようにすら感じていた。麻宮の語る他愛のない話に、まるで教祖の言葉でも聞くような神妙な顔つきで耳をかたむけている。


 普段から珠希と母親以外の女性と話す機会などそうはない、ましてや初対面の女性と会話をしたことなどしばらく振りだった。

 武流にとっては、ほかの何事にも代えがたい至福の時間だ。その表情からは、荷物の重さなど全く感じることはできなかった。


 そんな中、麻宮はふと気になることがあり武流に尋ねる。


「桜井君はいつもあんな感じなの?」

「いえ、そんな事は。先程は取り乱してしまい申し訳御座いませんでした」

「あぁ、さっきのは取り乱してたのね」


 謝罪を口にする武流に、麻宮は安心したような、それでいて少しだけ残念そうな顔をする。


「はい、女性の御役に立てるかも知れないと考えたらつい……、たまにしかない事ではあるのですが、自分でも抑える事が出来ず」

「たまにはあるんだ……、自制できないのは、ちょっと問題よね」

 

 麻宮は問題だと言いながら、今度は心配そうで、それでいて少しだけ嬉しそうな顔をした。

 すでにこの珍獣の生態を面白がっているらしい。


 そんなことには気づきもせず、武流は表情を曇らせ、がくっと肩を落とす。


「はい、己の感情すら制御出来ないとは、未熟な精神に忸怩じくじたる思いです」

「まぁ、そこまで気にしなくてもいいと思うけど」


 麻宮は軽い調子でさらりと言うと、落ち込む武流の顔を覗き込みながら「ところで」と続けた。


「桜井君は、いつもその口調なの?」

「え? は、そうですね。常日頃から女性に失礼がない様にと、会話をさせて頂ける機会を頂戴した際には、この様に喋らせて頂いております」

「は~、そう……」


 実のところ武流自身も気づいてはいないが、初対面の女性と話せる喜びから普段より大分おかしな口調になっていた。

 とはいえ、その信念自体は普段から持ち合わせているものだ。


 そんな武流に思うところがあるのか、麻宮は苦笑いを浮かべると、少し言いにくそうに口を開く。


「あの、ね。その……、気を悪くしたら申し訳ないんだけれど」

「大丈夫です、そんな事あろう筈がありません」


 麻宮の心配をよそに、武流はほとんど反射で受け入れる。

 その反応に多少の不安を感じ、麻宮は一瞬ためらいを見せたが「それじゃあ」と言ってから、言葉を続けた。

 

「桜井君の喋り方ね、ちょと怪しいっていうか……、女の子には怖がられちゃうんじゃないかしら? 初対面だと特にね」


 その指摘に武流はビタっとフリーズすると、そのまま崩れ落ちそうになるのを必至に堪え、ゆっくりとアスファルトに膝をついた。


 そのコマ送りのような動きは、大切な荷物を傷つけまいとの配慮からだろう。実に強靭な足腰である。


「ちょっとちょっと、全然大丈夫じゃないじゃない!」


 天下の往来で四つん這いになり、なにやらうめき声を発する武流に、麻宮は慌てた様子で駆け寄った。


 そしてそっと武流の肩に手を置くと、心配そうに声をかける。


「ごめんね、私は結構楽しかったんだけど」

「いえ、楽しんで頂けたなら良かったです。わたく、僕は大丈夫です。おのれ……、自分の愚かさに打ちひしがれているだけですので」


 良かれと思ってしたことが、裏目にでるとショックがでかい。ショック過ぎてキレだすやつもいるからに困る。

 当然、武流が女性にキレるわけはないが、ショックの度合いは計り知れないものがあった。


「そんなに自分を責めないで、ね? 悪いことではないんだし」

 

 そう言って武流を励ましながら、麻宮は言葉の最後に「多分ね」と、小声で付け加えた。


 多分悪いことではないが、別に良いことでもない。


「はい、色々とご指摘いただきありがとうございます。これからは気を付けます。その……、敬語は、大丈夫でしょうか?」


 武流は虚ろな顔で立ち上がると、不安を滲ませながら確認をした。


「そうね、それはいいんじゃないかしら?」

「そうですか、良かったです。お時間を取らせてしまいすいませんでした」

「いいのよ、じゃあ行きましょうか」


 麻宮は言いたいことが言えてスッキリしたのか、晴れやかな顔で歩きだす。

 鼻歌混じりで実に楽しそうだ。


 武流はその後ろを、飼い慣らされたゾンビのように付いていく。二人のコントラストが目と精神に優しくない。


 そのまましばらく歩いていくと、徐々に周囲の雰囲気が変わり始める。


 建て売りの住宅にアパートやマンションが見当たらなくなっていき、コンビニやスーパーなどの店舗もいつの間にか姿を消していた。


 見慣れた風景が影を潜め、町全体からどこか古めかしい印象が漂ってくる。

 立派な瓦屋根の家が並び、広い庭が多く見られる。敷地内に植えられた豊富な木々がその存在感を主張し、蔵を持つ家もちらほら見られる。


 気がつけば人影もまばらになっていた。

 少し前まで歩いていた街と同じ市内だとは、とても思えない変わりようだ。


 鮮やかな緑に目が眩み、武流はなんだか違う世界に迷い込んでしまったかのような、不思議な気分を味わっていた。


「古い町でしょ? ちょっと歩いただけで田舎みたいよね」


 麻宮は苦々しく言うと、つまらなそうに我が町に目を向ける。

 手を後ろに組みため息を吐く姿は哀愁を漂わせ、世界から取り残されたかのようなこの町に静かに溶け込んでいる。


 その姿は麻宮の思いとは裏腹に、目を奪われるような絵になる光景だった。


「いえ、少し驚きましたが素敵な町だと思います。どこか懐かしく、落ち着きます」


 微笑む武流の声音には、お世辞の印象は感じられなかった。


「そう? ありがとう。私も、嫌いじゃないんだけどね」


 その言葉に麻宮は嬉しそうに笑い、照れたように少しうつむく。


 太陽がゆっくりと沈んでいく。

 長く伸びる町の影に、2人の影が重なり消える。淀みなく響いていた足音が、重なる影に吸い込まれていく。


 気がつくと、武流の目の前にその建物が姿を現していた。

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