運命と出会う帰り道 2

 武流は大切な荷物を傷つけまいと、一歩一歩慎重に、それでいて可能な限り素早く歩みを進めていく。


 その横を女性がトコトコとついてくる。

 武流はそれだけで、腹の底から力がみなぎってくるのを感じていた。


 女性の存在をエネルギーに変換できる、みんな大好きエコでハイブリッドな体質だ。武流を研究したら、無限のエネルギーに満ちあふれた明るい未来が待っているかもしれない。


 横断歩道が残り数メートルというところで、歩行者信号が点滅を始める。武流は少しペースを上げ、信号機が赤に変わると同時に横断歩道を渡り終えた。


 そこからさらに数メートル歩くと、道の脇へ慎重に荷物を下ろす。

 武流は安堵と達成感から「ふう」っと短い息を吐きだした。


「ありがとう、助かったわ~、なにかお礼をしないとね」

「いえ、お礼など滅相も御座いません。こちらがお願いをした立場ですので」


 女性が手を後ろに組み嬉しそうな笑みを向けると、武流はスッと姿勢を正し神妙な面持ちで目を伏せた。


 そんな様子に、女性はくすくすと声を立てて笑う。


「そう? なら良かったけど。それじゃ、ありがとね」

 

 短くお礼を言って置かれた荷物に視線を落とすと、女性は「ふぅ」っと小さなため息をもらした。

 最大の難関であった横断歩道を攻略したというのに、どこか浮かない様子だ。


 その表情につられ、武流も荷物へ目を向けた。

 少し場所が変わった程度で、山のような荷物の存在感が鳴りを潜めはしない。むしろ一度持ち運んだ武流には、迫力が増したように感じてしまう。

 

「……あの、この御荷物はどちらまで運ばれるのでしょうか?」

「どちら? お店までだけど……、あっ、そういえばまだ名前も言ってなかったわね、こんなによくして貰ったのにごめんなさい」


 武流の質問に、女性は慌てた様子で斜め掛けしていたバックに手を入れ何かを探しはじめる。


「そ、そんな、わざわざ御名前を教えて頂く程の事では。そんなつもりでは御座いませんので」


 ごちゃごちゃ言っている武流を尻目に、女性は財布の中から一枚の名刺を取り出すと、あたふたしている武流に差し出した。


 当然拒否をすることもできず、武流は素直にそれを受け取る。 

 書かれた文面に目を通すと、そこには幻灯堂げんとうどう麻宮晶乃まみやあきのと記されており、右下には電話番号が添えられている。


「幻灯堂……、麻宮晶乃様ですか」

「ちょ、様はやめてよ。恥ずかしい」

「も、申し訳御座いません」


 武流が照れる麻宮にペコリと頭を下げてから裏面を見ると、そこには住所と地図が記載されていた。

 しかし、この辺りの土地勘があまりない武流には、それだけではいまいち判然としない。


「こちらの御店まで、ここからですとどの程度の距離でしょうか?」


 武流に尋ねられ、麻宮は「ん~」と唸りながら頬に手を当てる。


「そんなに遠くはないけど、この荷物を背負っていたら一時間くらいかしらね」

「い、一時間……」


 予想していた返答ではあったが、武流は手もとに視線を落としたまま驚愕の表情を浮かべた。

 名刺を持つ手がわなわなと震え、全身に伝播していく。


 武流は目を見開きしばらく小刻みに震えていたが、突然ピタリと動きを止め、勢いよく顔を上げた。

 そんな武流を心配そうに覗き込んでいた麻宮は、想定外の行動に「きゃっ」っと、小さな悲鳴を上げてしまう。


「もし、もしも御許しを頂けましたら。わたくしにこちらの御荷物を、その御店まで運ばさせて頂く訳には参りませんでしょうか!?」


 武流は少し怯えた様子の麻宮にも気づかず、必死の形相で懇願していた。女性の意見を第一に考えるこの男にしては、なかなか珍しい光景だ。


 麻宮はこの珍獣に害がないことを思いだすと、呼吸を落ち着かせてから考えるような仕草を見せる。


「それはありがたいけど、さすがに悪いしね、ここまでで十分よ?」


 その言葉に、武流は唇を噛みしめた。

 そして深く息を吸い込んでから、意を決して言葉を吐きだす。


わたくしなどにその様な御言葉、御心遣い痛み入ります。差し出がましい真似とは存じておりますが、貴方様があれ程の御荷物を御一人で運ばれると知ってしまっては、居ても立ってもいられないのです。その光景を想像しただけで、胸が張り裂けんばかりに苦しくなってしまいます。わたくしの独りよがりを押し付けるなど言語道断だと断ぜられる事も承知しております。この様な些末な事象、貴方様には問題にすら成らない事は自明の理、わたくしでは到底役者不足と存じておりますが、どうか、どうか御許し頂けないでしょうか!!」


 武流はさらに目を見開くと、血がにじむほどに拳を固く握り締めながら、思いの丈を盛大にぶちまける。

 全てが済んだら、なぜか自害でもしそうな勢いだった。


 目的に邁進するあまり、我を失いまくっている。

 真っ赤に燃える深紅の瞳は、巨大なダンゴムシを連想させる。大群で突っ込んできそうだ。その後、森が育まれちゃう。


 そんな武流の熱弁を、麻宮は笑いながら聞いていた。

 爆笑である。


 気がつけば道行く人々が足を止め、武流たちを囲んでいた。人が人を呼び、ちょっとした見世物小屋のようになっている。


「は~、もうなにそれ? あなた凄いわね、これで断られたらどうするの?」

「貴方様の御心のままに」

「貴方様って。いや、もうタクシーでも呼ぼうかなと思ってたけど。でもそうね、ちょっともったいないわよね」


 麻宮はそう言って意地悪そうに笑うと、武流をチラッと横目で見る。


「でしたら、その御役目をこの者に!!」

「どの者よ? ふふっ。いいわ、そこまで言うなら運ばせてあげる」

「有難う御座います!!」


 武流はグッと身を乗りだし、微笑む麻宮に深々と頭を下げた。腰が直角に曲がり、指先にまで神経が行き届いた見事なお辞儀である。


 不意に、周囲の観衆から謎の拍手が巻き起こる。

 降りしきる賞賛を浴びながら武流は荷物を背負い直すと、誇らしげに前を見据え、まるで重さを感じさせない足取りで歩きだしたのだった。

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