運命と出会う帰り道
「………あれは」
武流の位置から100メートルほど先、幅の広い道路に引かれた横断歩道の手前に小柄な女性が立っていた。
その女性は脇に置かれた大量の荷物に寄り掛かり、横断歩道とすぐ横の歩道橋へ交互に目を向け肩を落とす。
合計6車線をまたぐ横断歩道は、優に15メートル以上ある。
その距離のわりに信号が変わってしまうのも早く、大量の荷物を背負った小柄な女性が、一度で渡り切れるか微妙なところだ。
ならば歩道橋ということになるが、あれだけの大荷物を背負ってとなるとより酷に思える。かといって、あそこより短い横断歩道を渡るとなると、さらに1キロ以上を歩かなくてはならない。
女性は力なくその場に立ち尽くし、無情にも赤に変わっていく信号機を見つめている。
そんな光景を視界に捉えた武流は、考えるより先に飛び出していた。
脳内で大量のアドレナリンを生成した武流は、女性までのおよそ100メートルを11秒フラット(追い風参考・セルフドーピングあり)で駆け抜けると、素早く女性の斜め後方に位置付け姿勢を正す。
そして強引に呼吸を整えてから、神妙な面持ちで声をかけた。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
「はい?」
驚いた様子で振り返った女性は、武流の予想よりもいくぶん年配に見えた。だがそのわりに背筋がピンと伸びていて、たたずむ姿もどこか若々しい。
武流に目を向け、なんだろう? といった感じに首をかしげる仕草にも、どこか可愛らしさを感じる。
「突然お声掛けしてしまい誠に申し訳ございません、
「え、あ、はい?」
武流は息継ぎなしで一気にまくし立て、深々と頭を下げる。
突然のことに、女性は困惑の表情を浮かべ固まってしまった。あまりに想定外な状況なのか、理解が追いつかない様子だ。
綺麗なお辞儀をしたまま身動き一つしない武流の頭部を見つめ、その女性はおそるおそる口を開いた。
「えっと……、あっ、荷物を運ぶの手伝ってくれるってことですか?」
「そんな、手伝うなど滅相も御座いません。もし御許しを頂けるのであれば、私に運ばさせて頂きたいのです」
目を伏せ稲穂のように
「は、はぁ……、は?」
武流にとって全ての女性は信仰対象、いわば、神にも等しい存在だ。
人が神を心配し助けようとするなど、おこがましい行為だと言われてしまうかもしれない。しかし、信仰対象にその身を捧げ、尽くしたいと願うのはおかしなことではないだろう。
しかし武流がそんなことを願っているなど、初対面の人間に分かるわけがない。
その女性にとって武流は、突然お辞儀をしたまま身動きを止め、理解不能なお願いをしてくる奇怪な生物だった。
武流の真意を測りかねていた女性は、しばしの逡巡のあと、なにかを思いついたのか「そうだ」と小さく呟いた。
「えっと、確かこのへんに……」
ぶつぶつ言いながら大きな荷物を漁りはじめた女性は、少しして「あった」と短く声を上げると、荷物の中から短い円柱状の棒を取り出した。
その棒は20センチほどの長さで、持ち手に黒い布が巻かれている。先端には丸い突起が付いており、なにかの鉱物が埋め込まれていた。
女性がそれを武流に向けて差し出すと、先端の鉱物が鈍い輝きを放つ。
「ね、この丸いところを握ってみて」
「はい」
姿勢を変えず視界の端だけで周囲の状況を把握していた武流は、女性の言葉と共に顔を上げ、一秒と間を置かず先端の丸みを握り締める。
その判断力に、女性は自分で言っておきながら少し驚いた顔を見せた。
「おぉ、警戒とかしないのね? まぁいいけど……、ん、嘘じゃないみたいね」
女性はまたもぶつぶつ言いながら、指をあごに当て考え込むような仕草を見せる。そしてゆっくり顔を上げると、柔らかな微笑みを武流に向けた。
「それじゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「恐縮です、有難う御座います!!」
感謝の言葉を述べながら再び深く頭を下げる武流に、その女性は引きつった笑顔を見せる。
お願いしたはいいものの、まだ若干の不安が残っているようだ。
置かれていた荷物は、登山に使用されるような大型のリュックサックだった。
それがパンパンに膨れ上がり、さらにその上部と両脇に、それぞれ別の荷物が紐で無理やりくくり付けられている。
武流はリュックサックの前に腰を下ろすと「失礼します」と言って二本のベルトに腕を通し、持ち上げようと力を入れる。
「ぬおっ?」
その瞬間、予想外の重量に武流は思わず声を漏らしてしまった。
有事の際には近くにいる女性の盾になれるようにと、武流は普段からかなり身体を鍛えている。
そんな鋼の肉体を持ってしても、気を抜けばふらつくほどの重さだった。
「……この御荷物を、ここまで御一人で運んでこられたのですか?」
武流は思わず訪ねていた。
横に立つこの小柄な女性のことを考えれば、驚かずにはいられなかった。
しかしその驚きも意に介さず、女性はただ照れたように笑っている。
「足腰だけには自信があったんだけど、ちょっと無理しすぎちゃったみたいでね。桜井君だっけ、大丈夫?」
女性はなんでもないことのように言うと、逆に武流を気遣って見せる。それが強がりなのか定かではないが、武流は目を丸くして素直に感動していた。
「素晴らしい。
武流は頭を上下させお礼を述べると、気合を入れ直し正面を見据えた。
使命感に燃える目が血走り、食いしばった奥歯がギリっと音をたてる。信号が青に変わると同時に、武流は力強く足を踏み出したのだった。
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