情熱は小出しに

「あー、マジ頭いてぇ、ちょっとは加減しろよな」


 人間万力から解放された一ノ瀬は、軋む頭蓋をなでなでしながら武流にジト目を送る。


「加減したら折檻にならないだろ。珠希さん、このくらいでよろしいですか?」

「オッケーオッケー、ありがとね♪」


 悲鳴を上げる一ノ瀬に爆笑していた珠希は、いつもの天真爛漫な様子に戻っていた。少し笑い過ぎたのか、両方の目に涙を浮かべている。


 折檻とはいえ、結構マジな悲鳴を上げる友人に、涙が出るほど爆笑する精神もなかなかだ。


 一ノ瀬にも罪の意識があったとはいえ、頭蓋のダメージが想定以上だった。久々に味わった激痛で、こちらも目に涙を浮かべていた。

 本気で頭を粉砕されそうで怖かったので、取り合えず仕返しをすることにする。


「てか、偉そうなこと言ってるけど、お前もちょくちょくヤバい発言してるからな。女子めっちゃ引いてるぞ、俺でもたまに引く」

「う、く。それは………」


 取り合えず程度の仕返しだったのだが、武流は予想外にたじろいで見せた。痛いところを突かれたのか、うつむきながら苦痛に満ちた表情をする。


 普段無駄にハキハキしている男が、珍しく言葉を濁し口ごもってしまう。

 それでもゆっくり顔を上げると、真剣な面持ちで前を見据えた。


「俺の発言で、多くの女性が困惑している事は理解している。しかし、女性の素晴らしさが浸透しきっていない今の現状に、歯痒い思いを感じているんだ」

「困惑どころじゃねぇけどな。つーか、それフェミニズムじゃないのか?」

「いや、違う」


 即答し、武流はゆっくりとかぶりを振ると、確かな自信を滲ませながら続けた。


「フェミニズムというのは、女性解放思想の事だ。どうだ、もうこの時点でおかしさに気が付くだろう? 男が女性を解放しようなどとおこがましいにも程がある、一体何様のつもりなんだ。いいか、俺に言わせてみれば、男なんて女性の搾りかすみたいな存在なんだ。その搾りかすが女性を解放するだと? さっきも言ったが、男なんて遺伝子レベルで女性とは比べることも憚られるような存在なんだぞ? もちろんフェミニズムとは男だけが掲げる思想じゃない、女性主導でのフェミニズムに関しては――」

「なげーよ、簡単にまとめろ。たまちゃん土偶みたいになってるぞ」


 熱い想いに突き動かされ独演会に突入していた武流は、一ノ瀬の冷静なツッコミで我に返る。

 1人熱を放出する武流の横で、珠希が意思のない瞳で虚空を見つめていた。半開きの口からは、二酸化炭素に紛れて魂も漏れ出てきそうだった。

 

 武流としては語り切れていないどころか、まだまだ前置き段階だった。とはいえ、これ以上珠希の脳細胞に負荷をかけるのは本意じゃない。


 武流は一度組み立てた論説を解体し、極力単純な形に組み立て直す。

 

「女性の素晴らしさは確固たる物なんだ。男はそれを早急に認知し、女性にはどうかそれを享受して頂きたい。関係性の変化ではなく、厳然たる事実の正しい形での周知が俺の望みだ」

「あー、なるほど。つっても、それで引かれたら意味ないだろ? 女子にお前の存在自体スルーされてんだから。なぁ?」

「……へ? あ、私?」

 

 二人のやり取りを土偶顔で聞いていた珠希は、急に話を振られてキョロキョロする。


 ほとんど話を聞いていなかったので、意見を求められても困惑しかない。助けを求め武流に目配せをするが、その武流から期待の視線が注がれたいた。


 珠希は土偶に戻りそうな表情筋に活を入れ、どうにか言葉を絞り出す。

 

「は~、どうだろね。ま、タケちゃんがそんなに頑張らなくてもいいんじゃないの? よく分かんないけど」

「だよな? どうせ報われないんだから頑張らんくていいんだよ」


 首をかしげ曖昧に答える珠希に、一ノ瀬は激しく同意する。


 頑張らなくていい理由については見解のズレが見え隠れするが、ともあれ、武流は2人の友人に、頑張らなくていいと太鼓判を押されたのだ。


 それなのに、何故か武流は少しバツの悪い顔をする。


「まぁ、そうなんですが……、この溢れ出る情熱を小出しにしていかないと、その内に大変な事になりそうで…」


 抱える懸念を口にして、武流の表情がどんよりと曇る。

 自身が内包する熱量は、他でもない武流自身が一番理解していた。 


「あぁ……、そうな」

「確かに、そうかもねぇ」


 その思いを察した2人が、同時に納得の声を漏らす。

 

「大変なことになるっていうか、大変なことをするっていう、な」

「タケちゃんのこと信じたいけど……。私、面会なんて行きたくないよ」


 一ノ瀬がぼそりと呟き、珠希が悲しげに目を伏せる。

 それぞれが思い浮かべる『大変な事』の内容に違いはあるが、放置できない案件であるとの思いは一致していた。


 自分の未来を憂いて肩を落とす友人たちを前に、武流は辛そうに天を仰いだ。その沈んだ空気をなんとかしようと、一ノ瀬は努めて明るい声を出す。


「まーなんだ、そうならないようにあふれ出る情熱を消化して、昇華しようかーなんて、な」

「うわぁ……」


 頬を引きつらせる一ノ瀬に向け、珠希が辛そうな顔を見せる。


「うわって言うんじゃねーよ! いいよもうこの話は、なんで俺がそんな顔されなきゃいけねぇんだ、サクの将来とか知ったことかっ! いっそ捕まれ!!」


 一ノ瀬の叫びと同時に、3人が申し合わせたように沈黙する。

 すこしの間を置き、珠希がチラリと2人に視線を送ると、武流が満足気にうなずいて見せた。


「よし、オチが付いたな」


 そう呟くと、武流は悠々と弁当箱を片付け始める。


「オチたか? なぁ、オチたか?」

 

 一ノ瀬は釈然としない様子だったが、下手にイジられるよりはマシと判断したのか、満足気な友人2人を横目にノロノロと昼食のゴミを片付けはじめたのだった。

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