見てしまうのが男の性(さが)

「おっす、なに騒いでるの? なんか楽しそうだね~」


 不毛なやり取りを続けていた2人が声の方へ振り向くと、クラスメイトの鈴本珠希すずもとたまきがニヒヒと笑いながら手を振っていた。

 一ノ瀬は、その悪意とは対照的な笑顔に悪意を感じ、眉間にしわを寄せ不快感を示した。


「どこがだよ、楽しさと真逆にいるだろ」

「あははっ、そうかもねー。変態とド変態が一緒に騒いでるから、みんな怖がってるし」


 その言葉の通り、2年1組の教室は月のない夜の海のように、暗く、寂しげに静まり返っていた。

 30度を超え蒸し暑いはずの教室が、どこか寒々しくすらある。


 危険物から距離を取るクラスメイトを尻目に、珠希は武流の隣の席から椅子を引き、後ろ向きにまたがり座る。

 席のあるじ(女子)は、早々に教室の隅へと避難していた。

 

 珠希はこのクラス――いや、学校内でも数少ない、武流にみずから話しかけてくる希少な女子生徒だ。


 1年の頃から水泳部のエースとして活躍しており、校内知名度はいい方向でトップクラスだった。

 いつも明るく屈託のない性格で、武流だけでなく男女問わず友達が多い。有名だが友人の少ない武流とは、似て非なる存在だ。


 耳に掛けた短い髪をピンで留め、広いおでこが活発さを演出している。

 身長が低めで身体のシルエットも薄い彼女は、サバサバ系とかボーイッシュというより、まだ性が確立する前の少女のように見えてしまう。


 だからこそ、他の女子からのやっかみもなく、男子と仲良く出来るのだろう。


 珠希の介入により、教室内はどうにか普段の空気を取り戻しつつあった。

 どちらが普段の空気なのかは、比率的に微妙なところではあるが。


「はぁ~、最悪だ。また好感度が……、なんでこう、いつもいつも」


 ぶつぶつ文句を言いながら、一ノ瀬は大袈裟に頭を抱える。

 そんな一ノ瀬を意に介さず、武流はスッと立ち上がり珠希に仰々しく一礼すると、他人事のように食事を再開した。

 

「で、なに話してたの? 私も混ぜてよ」


 珠希は椅子の背もたれに両手を乗せると、足をブラブラさせながらどちらともなく尋ねた。


 武流は口の中の物を飲み込んでから、ゆっくり珠希の方へ顔を向ける。すると、一瞬ピクリと身体を硬直させてから、珠希のおでこ辺りに視線をずらし固定する。


「一ノ瀬に、お前はド変態だと説いていたところです。こいつが頑なに認めようとしないもので」

 

 武流はそれだけ言うと、不自然な間を挟み弁当箱へ視線を落とす。


 珠希はそんな武流の様子に首をかしげながら、大きく開いた胸もとを指でパタパタさせている。

 首筋から流れ落ちた汗が鎖骨を伝い、胸もとへと消えていく。


 普通ならいやらしさを感じそうな姿だが、珠希の場合は夏を謳歌する小学生のようで、健康的な爽やかさすら感じる


「かつみっちはド変態なんかじゃないよ」

「お、タマちゃん分かってるねぇ」


 そんな珠希の言葉に、一ノ瀬が素早く反応を示した。

 すると、珠希は二ヒヒっと白い歯を見せ、いい笑顔で断言する。


「かつみっちはただの変態だよね、ド変態はタケちゃんだよ。てか、タマちゃんって言うな」


 その発言に、一ノ瀬は「えー」っと難色を示す。


 武流は白米を咀嚼しながら、黙ってうんうんとうなずいていた。

 女性を前にしては、自分の意見なんて一瞬で黙殺出来る男だ。自分だけじゃなく、他の男の意見も黙殺する。


 楽しげに笑う珠希の頬を、爽やかな風が優しくなでる。

 開け放たれた窓からは、時折、心地いい風が吹き込んでくる。蒸し風呂のような教室の空気が、ゆっくりと入れ替わっていく。


「風が気持ちいいね~」


 珠希は揺れる髪をそっと手で押さえると、心地良さそうに目をつぶる。背筋を伸ばし全身で風を感じる姿は、普段の彼女より少しだけ大人びて見えた。


 一ノ瀬はそんな珠希を横目で見ると、胸もとから太ももの辺りへ視線を落とす。

 風に吹かれたスカートの裾が、パタパタとはためいていた。


 一ノ瀬はなにやらいい雰囲気を醸し出す珠希に「ん~」っと低く唸ってから口を開く。


「珠希……、気取ってるとこ悪いけどパンツ見えるぞ? 胸もとも開き過ぎだし、そっちは特に見る物ないけど」

「はっ!?」


 珠希は慌てて胸もととスカートを押さえると、恥ずかしそうに顔を赤くして一ノ瀬を睨みつける。


「見たらその眼球をえぐりだす」

「いや、だったらそんな格好してんなよ」


 珠希に威嚇され、一ノ瀬は文句を言いながらも正面へ向き直る。珠希は調子に乗っていい女ぶっていたわけではなく、どうやら素でやっていたらしい。


 そんな頬を赤く染めながら男の眼球を狙う少女の横で、武流がなにやらふるふるしていた。

 首から上が、首振りを邪魔される扇風機のようにガクガクしている。特に眼球が激しく震え狂気すら感じる。


 珠希は急にバグった武流を見ながら、どうしたこいつ? と言った感じに首をかしげている。

 一方で、そんな武流の心情を何となく理解していた一ノ瀬は、呆れた様子で壊れた扇風機に声をかけた。


「なぁそれ、我慢してるのか? パンツとか見たいんだろ?」


 一ノ瀬に問われ、武流は一つ大きな深呼吸をする。長く長く息を吐き、揺れる気持ちを落ち着かせる。

 そして真剣な面持ちで天を仰ぎ見ると、蛍光灯の並んだ天井を突き抜け、雲よりも遥か遠く空の彼方に想いを馳せる。


 武流は欲望に彩られた瞳を晒し、ただ一点を見つめ力強く答えた。


「……見たい」


 友人の魂を捧げた宣言に、一ノ瀬と珠希は息をのみ続きを待つ。


「もちろん見たい。いっその事、今後死ぬまで女性だけを見て過ごしたい。もしもそんな仕事があるのなら、必ずや就職にまで漕ぎ着け、どんな薄給だろうと定年まで勤めあげて見せる。むしろ金銭なんて結構だ」

「それ仕事じゃねぇからな。金も稼がずただ女を眺めて過ごすとか、たんなるニートの昼下がりじゃねぇか。お前は俺の兄貴か?」

「いや、一ノ瀬の方が誕生日早いだろ?」

「明後日だよっ」


 一ノ瀬の言葉に、武流と珠希はパチパチと適当な拍手を送る。

 タイミング的に誕生日を祝う拍手なのは間違いないが、2人から祝う気持ちは微塵も伝わってこなかった。


 むしろ祝われたはずの一ノ瀬は、若干イラッとした表情をする。

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