夢想するふくらみには手が届かない 2
異議申し立てをしたいところではあったが、武流は黙って山本の背中を見送った。その瞳にはやるせない気持ちが滲んでいる。
人間が生きていれば、どうやっても分かり合えないことが存在するのだ。
武流がそんな諸行無常を感じつつ自分の席へ戻ると、同じクラスの
「おつかれ、相変わらずお前はバカだな」
右手に購買の袋を下げた一ノ瀬は、武流の前の席から椅子を引くと、回れ右をさせて腰を下ろす。
「恥じる事はしていない」
「恥じてないのか、バカだけどスゲーな」
武流と一ノ瀬は2年になってからの仲だったが、今ではお互い、校内でもっとも話す相手になっている。
パッと見だけは純朴そうで、真面目な好青年に見える武流に対し、一ノ瀬はパッと見からしてチャラそうである。
高身長で細身の体格、髪なんかサラサラで、度の入っていないメガネをおしゃれに掛けなんかムカつくタイプだった。
明らかに違う人種の2人だが、出会ったその日にはお互い通じる部分があると気がつき、どちらともなく声をかけていた。
これぞ、類が友を呼んだ典型だ。
武流が椅子に座り弁当箱を広げ始めると、一ノ瀬も袋の中身を取り出して武流の机に並べる。
惣菜パン3つに200mlの牛乳パック2つ、これがいつものラインナップだ。
「んで、山本になに言われたんだ?」
「授業に集中しろと。あと、自分もオッパイ派だと言っていたな」
一ノ瀬が、コロッケパンのラップを剥がしながら尋ねると、武流は興味なさそうに答えてから、いただきますと手を合わせ弁当に箸をつける。
本日のおかずツートップは、鮭のムニエルとベーコンチーズだった。どちらも武流の好物だ。
「それ俺に言ってよかったのか?」
一ノ瀬はコロッケパンにかぶりつくと、もぐもぐと咀嚼しながら眉をひそめる。
「そういえば、周りを警戒していたな」
「それ、内緒話のサインだな。察してやれよ」
「そんなこと知らん、そもそも俺はオッパイ派などではない」
武流は不愉快そうな顔で鮭を割ると、白飯に乗せ口へと運ぶ。ささくれ立った心が、鮭の旨味で癒されるのを感じる。
「あ~、サクはなんとか派とかないんだったな。まぁ、俺だってどっちも大好きだけどさ」
「そうだ。女性は頭の天辺からつま先まで、もれなく宝石にも勝る輝きを秘めている。いっそこの世の女性全てを、崇拝対象にするべきだとすら思っている」
「女性全てって、崇拝対象何億人だよ? 八百万の神なんて目じゃないな」
一ノ瀬は、武流の信念に呆れながらコロッケパンを飲み込むと、続けて焼きそばパンに手を伸ばす。
パンにあふれんばかりの焼きそばが挟まり、からしマヨネーズのかかった人気の一品だ。
「まぁ、サクは世界レベルのド変態だけど、それ以上に世界屈指のフェミニ――」
「それは違う」
武流は瞬時に一ノ瀬の言葉を遮った。
焼きそばパンにかぶりつこうと大口を開けていた一ノ瀬は、間の抜けた顔で首をひねる。
「俺は決してフェミニストなどではない。自ら女性を解放しようだとか、女性の権利を拡張しようだなんておこがましい考えは持っていない。そもそもフェミニズムという考え方が生れること自体おかしいんだ」
武流は持っていた箸をそろえて置くと、握り込んだ拳にあごを乗せる。
このスタイルの武流を、一ノ瀬は何度か目撃したことがある。
火が付いたなと直感し『めんどくせぇなぁ』という言葉が脳裏をよぎったが、黙ってそれを焼きそばパンと一緒に飲み下す。
下手に止める方が、むしろ面倒くさいことを知っているのだ。
すると、武流はさらに勢いづいて語り始める。
「妊娠初期の母体内において胎児に男女の区別なんてないんだ、それどころか精巣決定遺伝子の働きがなければ産まれて来る子供は全て女性になる。俺はこのことを知った時に、その遺伝子の働きを阻害する方法を本気で考えた。要するにだ、人間は受胎し生を成した時には、皆が一様に女性だったという仮説が」
「めんどくせぇなっ!!」
飲み込んだ言葉を速攻で反芻した。いや、頑張った方だと思う。
「はぁ……、でもまぁ、そういうとこが一部の女子からは意外と高評価なんだよな、大半の女子からは存在すら認められてないけど」
面倒くさがりながらも、一ノ瀬には武流を認める部分があるらしい。ふっと目を逸らし、賞賛と悲哀が同居した表情をする。
そんな様子に武流もガクッと肩を落とした。
「ド変態なのは一ノ瀬だって同じなのに、どうしてこう扱いが違うのだろうな? 迫害されるのはかまわないが、存在を認めてもらえないのは少し辛い」
「一緒にするんじゃねぇよ、俺も相当な女好きだけど色々とわきまえてる。変態じゃねぇし、迫害されたくねぇし」
武流はその承認しがたい一ノ瀬の異議申し立てに、ピクリと眉を動かし反論する。
「変態じゃない? よく言うな、誰もが引くような性癖の持ち主が」
「持ってねぇよっ!」
一ノ瀬が語気を荒げると、牛乳パックを握っていた手に力が入り、ぶぴゅっと嫌な音がする。
ストローの先から白濁した液が溢れ出て、一ノ瀬の手に滴り落ちたそれは、指と指の間を伝い手の甲へと流れていく。
「ほら、その白い液を女性の顔にこすり付けたいと思っているんだろ? このド変態が」
「液とか言うな! 牛乳を顔にこすり付けてなにが楽しいんだよ?」
「知るか。お前の性癖だ、お前が責任を持て」
「身に覚えがねーって言ってんだよっ!」
「直接的な行為より、擬似的な行為の方が圧倒的に興奮すると言っていただろうが」
「言ったけど、そういうことじゃねぇよ!」
言ったらしい、2人もと全国区の変態である。
変態が変態に変態をなすり付ける。2人は決して何も生みだすことのない、不毛で悲しいやり取りを続けていた。
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