第234話ーー仕込みですか?

 熱田神宮は厳戒態勢だ。

 一全と柳生の人間が警備員の服に身を包み、全体のそこらかしこに散らばって警戒している。

 その敷地も10日ほど前から完全封鎖されていて、一般人の参拝は断ってきたらしい。


 なぜこんな状況になっているか?

 それは何だかんだと延びていた師匠の婚儀がついに行われているからだ。

 お相手はじいちゃんの玄孫さんで、ハゲヤクザの娘さんについてはまた後日行われるらしい。俺としては纏めてやっちゃえばいいのになんて思ったんだけど、なんか大人の事情が色々絡んでいてそんな簡単な話でもないらしい。

 羽織袴姿の師匠と白無垢姿のお嫁さん……というだけではない。出席者全ての人間が着物なのは当たり前として、式が終わった後は御輿みたいな物に2人とも乗り、その御輿の前後には大勢の人が……1部楽器を鳴らしたりする人もいたりしながら一全の本部まで戻るらしい。だから国際マラソン大会ばりに近隣の道路も封鎖されていたりもする。


 つまり熱田神宮だけではなくて、名古屋市内の一部が機能不全になるほどの規模での結婚式って訳だ。


 一応俺と香織さん、そして召喚獣たちも関係者として参加させて貰っているんだけど、出席者がこれまたヤバイんだよね。

 テレビでよく見る政治家や閣僚の人たち、じいちゃんの息子さんである探索者協会会長を始めとした協会幹部の面々、各流派のTOPなどなど……万が一にもありえないけれど、もし襲撃を受けて全滅したら日本は滅んじゃう様な面々が揃っていた。


 そんな面々に見守られながらも式は厳かにしめやかに進む。

 御輿で本部に1度戻った後は、列席者や式には出席する程でもない人たちを招いての宴会などが開かれるらしい。だけど俺たちはそんなお偉いさんたちに囲まれてとか落ち着かないし、こんな時でさえ俺と香織さんへの顔繋ぎとばかりに声を掛けてくる輩がいないとも限らないという事で本部屋敷に居残る事となった。


「お嫁さん綺麗だったね〜」

「師匠もなんかいつもよりキリっとしてましたね」


 着物を脱いで普段着に着替えて次元世界で一服してるんだけど、出てくる話題はどうしても結婚式の話になっちゃうのは仕方ない事だろう。


「それにさ、式直前までは小雨が降っていたのに、織田さんと紅玉さんが熱田神宮入口に到着した途端雨が止むとか、凄いロマンチックだよね」


 なんかウットリとし表情で語っているけれど、俺は香織さんがいつの間にお嫁さんを下の名前で呼ぶようになっていたのかが気になるところだよ……俺なんて紅玉さんだなんて名前だって事、今知ったからね。


 まぁでも確かに突然雨が止んだだけでなく、社の上空に虹がかかったのにはビックリしたけどね。


「神に愛されているのか?」

「それとも普段の行いがいいのか?」


 って騒ぎになっていたし、女性の参列者からは感動のため息が漏れていたりした。

 参列者のそんな純粋な感想を聞きながら、俺はスキル?いやここまで大掛かり……天気予報でも名古屋は雨的な事言ってたもんな……なんて邪推していた事は口が裂けても言えないところだ。


 アメリカでのあの件が終わって5ヶ月。

 結婚式については2ヶ月経った辺りから計画していたしい。

 本当はもっと時間を掛けて用意とか計画とかすると思うんだけど、そこにはアメリカが元気を無くしている内にって意向が強くあったらしい。まぁ他にも色々複雑な理由があるんだろうけれど、何よりも1番大きいのはじいちゃんとばあちゃんが玄孫の白無垢姿を早く見たいと騒いだって事だろうけどね。1年も2年も待っていられないらしくて、最短で5ヶ月だったって話。

 そしてこの5ヶ月の間も、ガッツリとはダンジョンには潜っていない。まぁ正確に言うと、突発型に対応したり、時折7000階層以降を探索はしていたから、数ヶ月掛けての探索はしていないって事なんだけどね。


 新婚旅行は宇宙船サメ号での全世界深海の旅の予定らしい。

 一緒に行くかと誘われたけれど、新婚旅行に付いて行くほど野暮な人間はいない。

 ただ操縦するために分身10体は貸し出される……

 あと「食事がな……」ってボソッと言っていた。完全に俺の次元世界をホテル代わりに使用しようとしている考えのようだった。だけどやっと2人っきりで過ごせる喜びのような雰囲気を纏う婚約者さんの圧力があったからね、賢く黙って無視をしておいた。師匠も自分から言い出さないのは、その危うさを感じているからだろう。


「香織さんは白無垢とウェディングドレスどっちを着たいですか?」

「うーん、紅玉さん綺麗だったからな〜白無垢もいいよね。でもウェディングドレスもこう……女の子の夢って感じもするんだよね」


 想像してみよう……

 白無垢姿の香織さん。

 ウェディングドレス姿の香織さん。

 うん、どちらも最高だね!!


「香織さん!結婚して下さいっ!!」


 あっ、師匠たちの結婚式に興奮していたのは香織さんだけじゃなかったみたいだ。どうやら俺も知らず知らずに興奮していたせいか、つい勢い余ってプロポーズしちゃったよ。


「えっと……まずは付き合う事からでいいかな?」

「はっ、はいっ!!よろしくお願いしますっ!!」


 ヤッタよ!!

 ついにお付き合いのOKを貰えました!!

 ……あれっ?お付き合いって何をするんだろうか?

 ま、まぁいいや。とりあえずはOKを貰った事を喜ぼう、アマとキムに自慢のメッセージを送っておこう。


「じゃあお付き合いが決まった記念として、どこかにデートでも行って来たらどうですか?」

「水族館でも行ってきたらいいと思います」

「服などを買いに行くのもいいと思います」

「確か東区に新しいフルーツ大福のお店が出来て評判になっているはずです」

「いつもの宝石屋さん、なんか新しいデザイン案があるって話ですよ」


 そういえば召喚獣たちもここには居たんだったよ……興奮し過ぎて忘れていたよ。

 なかなかいい提案だとは思う、思うけれど最後の2つは完全にお前たちの好みじゃねえかよ。


「うどんちゃんたちがそう言ってくれるなら……どこか行く?」

「じゃあ、大須で服を見たりしますか?」

「そうだね、最近行ってないから新しいお店とか出来てそうだしね」


 なんかカップルっぽい会話だ……

 幸せ過ぎる。


 だいたいこういう時って、これまでは何だかんだ問題が起きたり絡まれたりしてきたんだけど、今回ばかりは何もなかったよ。

 ただただ幸せな時間だった……また手を繋いじゃったりしたしね。

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