第183話ーー修行の成果あり

 今年もやって来ました夏の風物詩、一全流の渥美合宿?です。

 今年こそ参加しなくてもとは思ったんだけど、師匠と共にパーティーを組む条件は相変わらず俺に手合わせで勝ったらとなっていて、それに応募が10人ほど申し込みがあったらしいので、行かなきゃいけないらしい。


 面倒くさいな〜とは思うけど、香織さんをはじめ召喚獣たちが浴衣をいつの間にか新調していたらしくて、去年と同じように花火をしながら海辺で遊ぶのを楽しみにしているようなので行くしかない。

 次元世界の中にも海辺はある。それどころか現実世界の海よりもよっぽど透明度は高いし、砂浜にはゴミ1つでさえ落ちていないから、そっちで楽しめるのに……って思ったんだけど何かが違うらしい。

「主様はそういうところが残念ですね」とかうどんたちに可哀想な者を見る目で言われたのが納得がいかない!!

「そういうところ」ってなんなんだよ、正解を誰か教えてくれよっ!!


 挑戦者との手合わせはなかった……

 いや、正確に言うと、挑戦者たちが集まるまで暇だったので、ダンジョン前で師匠とハゲヤクザと3人で軽く手合わせをしていたら、それを見た挑戦者全員が辞退したらしい。

 エリクサーを必要とするほどの怪我は誰一人としてしていない軽い手合わせだったのに、それを見ただけで辞退するくらいなら、最初から応募しなきゃいいのに……意味がわからん。

 まぁ早々に解放される事になったので良かったけどね。


 夜宿で夕食を頂いてからみんなで海岸へとお出掛けして、予め名古屋で購入してきた様々な花火を楽しんだ。

 花火を楽しむ香織さんの横顔に俺がつい見蕩れてしまっている間に、召喚獣たちがナンパされて鬱陶しいからと頭だけ出して土に埋めてしまうとか、そんな事件も何回かありはしたけれど、幸せな時間を過ごせたよ。

 香織さんはナンパされなかったのか?

 海まで向かう道中にコンビニに寄った時に、たむろしていた奴らが寄ってきそうだったので、先に威圧して気絶させておいたよ。

 しっかりと練習しておいてよかったよ、魔力制御の修行。ちゃんと指向性を持たせて、ピンポイントで不埒な奴らだけを威圧出来たしね。


 線香花火を並んで遊ぶ時、去年よりも少しだけ近くになった気もするし。そして戦闘時以外の時はいつも俺が贈った時計を着けてくれているんだけど、浴衣の時も当たり前のように着けてくれていたのが嬉しかった。もちろん俺も貰った懐中時計は懐に入れている。



 世間では今、迅雷による階層更新を望む声が高まっている。

 理由は先日俺たちが出品したアムリタや毛生え薬の件や、中国の軍事クーデターを起因としているようだ。つまり、もし中国が日本へと侵攻して来た場合の事を考えて、新たな役に立つポーションなどを得て欲しいという事らしい。

 そんなに簡単にポンポンと新たな発見があったら大変な事になると思うんだけど、部外者とは得てしてそんなものらしい。師匠たちが少々の呆れを含んだ顔で、しみじみと呟いていたよ。



 そうそう、毛生え薬はアメリカの製薬会社から売り出されたよ。精製に成功したらしい。なんと1本あたり日本円で100万円ほど。液体なのでずっと飲み薬だと思っていたけれど塗り薬だったようで、ハケで生やしたい場所に100CCほどの毛生え薬を丁寧に塗る必要がある。そして待つ事10分ほどで毛穴から毛が生えてくる……数ミリの。それはハゲヤクザのように完全に禿げあがっていても生えてくる。塗る量が多ければ多いほど、生えてくる毛の長さも長い。だからか元々髪の毛のある人に塗った場合、毛は長く伸びるので美容院などでも利用されたりしているらしい。

 100万円って高く感じたけど、毛を求める方にとってはめちゃくちゃ安い価格らしくて、世界的大ヒットとなっているようだ。

 自国国内生産を待つって考えはないらしくて、みんな我先にと買っているようで、9000億円の元を取るのも時間の問題と見られているようだ……髪の毛への執着心恐るべし!!


 もちろんアムリタは精製されていない。

 必要とする材料を見かけたのは、1000階層近辺だったので、自力精製はまだまだ先になるだろうと思われる。


 そしてそんなポーションを普通に売っていた1000階層のダンジョン商店街の事だけど、門内での武力行使は禁じられていたのを覚えていると思う。

 もしその禁を破ったらどうなるのか?それが誰もが気になっていた……でも、俺たち自身で試すわけにもいかない。そこで活躍したのが一全本部へと襲撃を掛けてきた各国の人間たちだ。

 捕らえた後に尋問などをした後持て余していたらしいのだが、その人たちの武装から服から全てを取り上げた状態で、1000階層へと放置してみたんだ……師匠発案でね。本当にエグい事を考えるよね……


 何しろ数が多いので、時空間庫では運ぶのは何往復しなきゃならんのだって程だ。なので分身による影操身の術で次元世界へと運び込み、転移した1000階層門前に放置した、『ここにあなたたちの求めるアムリタ・毛生え薬・蘇生薬はあります。ご自由にどうぞ』って各国言語で書いた紙だけを置いて術を解いたんだ。

 分身は何体かを門の中で透明化させて観察用に、残りの分身は1階層への転移陣へと続く部屋の前に立たせて置いた……外に出られたら困るからね。


 最初は状況を理解出来ずにいたみたいで狼狽えていたけれど、紙を見てからは我先にと門の中へと飛び込んで行った。立ち札を見てルールをしっかりと読んだ者も当然いたけれど、己に課せられた各国や各企業の思惑や指示もあるのだろうね、やはり門のへと入って行ったよ……真っ裸だから何か纏う物が欲しかったのもあるんだろうけど。


 さて、品物をゲットするのには物々交換なわけだけれども、当然彼らは何も持っていない。でも目の前には欲しくて仕方がなかった物が陳列されている……するとどうなるか?これは火を見るより明らかだ。そもそも本部へと襲撃してきたり、関係者を攫おうとするような人間なんだ、当たり前のように物を奪って逃げようとする者や、相手がモンスターである事から魔法を放ったり殴り掛かったりする者ばかりだった。

 うどんの「地上と同じように捕まる」って言葉から、俺が予想していたのはお巡りさん的なモンスターが出てきて捕獲されるのだと思っていたんだけど、現実は全く違った。悪さをした者の頭へと雷が突然落ちたのだ。そしてどこからか現れたオーガが、その死体を引き摺って屋台の裏へと消えて行った。

 その事だけでもビックリだったのだが、更に驚いたのはその後だ。なぜなら新たに屋台が4つほど出来て、串焼きなどを売り出したのだ。俺には鑑定なんてないからわからないけれど、タイミング的な事を考えると串焼きの中身はきっと……真実はわからない、わからないけれど、真実を知りたいとも思わない出来事だったのは間違いない。

 街にいるモンスターたちはまやかしや幻、ゴーレムなどではなくて、確実に生きているのだろう……まるで俺たち人間と同じように、代わる代わる串焼きを購入している様子が見受けられた。

 商店街だけでも意味不明なのに、その光景は更に目を疑うものだったのは言うまでもないだろう。


 約6割ほどの人間が屋台裏へ運び去られた。その他の人間は状況を察して逃げた。逃げたが、その先は1001階層と999階層だ。もちろん分身たちが守る転移陣へと逃げようとした者もいたが、100体以上で守っている場所を抜けれるわけがない、しかもそこは門の外なのだ。

 1ヶ月ほど念の為に分身を常駐させておいたが、誰一人として生きている者は残らなかった。


 残酷な実験の片棒を担がされたわけだが、襲って来たんだから自業自得だろうって気持ちと、ここまでする必要があったのか?っていう気持ちがせめぎ合っている。


 甘いのかな、俺は……

 よくわからない。

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