第179話ーー出番はまだ先です

 現在この世界にはダンジョンが溢れているけれど、不思議なのは地上にしか存在していない。海辺とか海から入る洞窟の奥に……とかは存在するけれど、純粋に海川湖の中にはないんだよね。まぁ合っても困るんだけれど、不思議な事に陸地にしか存在していない。

 だから海や湖の中にモンスターが溢れるとか、船が航行出来ないとかにはなっていない。

 ちなみに空にモンスターが溢れている事もない。ダンジョンが出来始めた当初、スタンピードが起きた際に飛行モンスターも溢れ出してしまい、飛行機やヘリを飛ばせなくなる事態に陥ったらしいが、当時の人たちの尽力によって数年後には解消された。どごぞの無人島やアマゾンの奥地には溢れ出したモンスターが隠れ繁殖して暮らしているなんて、都市伝説的な話がまことしやかに噂されているけれど、真偽は一切不明だ。


 なぜこんな話をしたかというと、琵琶湖に首長竜が現れたとの話題がテレビで放送されたからだ。

 生中継で見た事もあるんだけど、確かに首長竜みたいなのが悠々と泳いでいた。

 もちろんモンスターなんだろうけれど、湖岸にあがって人を襲うだとか暴れ回るだとかは一切なくて、まるで昔からいたかのように優雅に泳ぎながら魚を捕食しているようだ。その姿にはどこにも凶暴性を感じる事は出来なくて、少し可愛くも見える。

 モンスターを可愛いとは……なんて話だけど、そう思うのは俺だけではないみたいで。凶暴性がないなら討伐する必要はないのではないか?可哀想だとか、琵琶湖の観光の目玉にしようだとか、訳の分からない事を言い出す人も多々いるようだ。

 もちろん討伐すべきだと声をあげる者も少なくない。養殖業を営んでいる方たちは大被害を被っているわけだしね。


 まぁモンスターが可愛いとか害獣だとか、そんな話はどうでも良くて、果たして首長竜はどこから来たのかが問題だ。

 琵琶湖の中にダンジョンがあるのか?

 でもあるのだったら、他のモンスターはどうなっているのか?など疑問は尽きない。

 滋賀にある探索者協会のいくつかが水中ドローンなどでダンジョンを探しているが、現在のところ何も確認されていないらしい。


 そんな一連の話を、他人事に大変だな〜なんて見ていた。

 もし討伐とかダンジョン発見による探索になっても、俺たちの出番はないと思っていた。だってあまりにも目立つ場所にモンスターだからね。


 だけどまさかの要請があったのは、首長竜が現れて1ヶ月後の事だった。そしてそれは一全本部への襲撃が止んでから3ヶ月後の事だった。


 3ヶ月間は、いつものように北ダンジョンで階層更新をしたり、修行を繰り返したりしていた。ただ襲撃が止んだといっても油断は出来ないので、常時分身は400体ほど顕現させっぱなしだったし、ダンジョンへと赴く際には変化させた分身に本部近くをウロウロさせたりしていた。そして当たり前のようにゲートは通らずに直接転移していた。これは面倒くさいというだけではなく、ゲートを通った情報は探索者協会に記録されるので、もし内通者がいた場合にスキルの一端がバレるのと同時に襲撃される可能性を考えての事だ。


 現在は1080階層まで到達出来ている。

 1021階層から1050階層は、つい先日話題になった香嵐渓ダンジョンにいるような、虫たちのデカいのがうじゃうじゃいる階層が続いた。全てが魔法があまり効かない甲殻を持っていたりして中々に大変だった……香織さんが。

 これまでの修行でかなり保有魔力は増えたはずなのに、それがカラッカラになるまで無表情で大魔法を連発しまくっていたよ……そしてぶっ倒れてもいた。

 まぁ嫌がったのは香織さんだけじゃない、俺たちも結構嫌だったよ。だって人よりかなり大きい虫たちばかりだからね。しかも質が悪いのは、殺したモンスターの魔石をすぐに拾わないと、それを他のモンスターが食べてしまいパワーアップするんだよね。硬く強く早くなる……それがカサカサと音をたてながらガンガン迫ってくる様子といったら……さすがに背中がゾワゾワっとしたよ。

 バトルジャンキーな師匠たちもさすがに引いた顔をしていたし。

 もうね、香織さんがぶっ倒れてからは最短距離を一気に走り抜けまくったよ……あまりにも触りたくないから、残りの分身を全部出し切ってほとんど戦わせたくらいだ。

 1050階層ボス部屋も同じ戦法で切り抜けた。合体ゴーレムを相手に散々修行しておいてよかったよ、そのお陰で硬い甲殻をも物ともせずに斬る事が可能だったわけだしさ。あの修行がなかったらもっと大変な事になっていたと思う……どうなっていたかとかは考えたくもないけれど。


 1051階層からは1060階層までは、羊が草原でウロウロしており、人型の何かが所々にいて羊の番をしていた。

 その光景はダンジョン内だというのにどこか牧歌的でのんびりした空気が漂っていたんだけど、いざ近寄ってみるとかなり凶暴なモンスターたちだった。

 まずはここまでに体感した虫たちと同様にかなり大きい。羊は体長7〜8mはあるし、人型はまるで日本の田園にいるカカシのようなのっぺらぼうなのだが、こちらも身長3mはある巨人だった。

 羊はその特徴的な毛が物理攻撃のほとんど吸収してしまうようで、俺ではほとんど傷付ける事が出来なかった。魔法は全てを試してみたところ、火魔法系しかダメージを与える事が出来なかった。そして攻撃はというと、突進や、噛みつき、ツノの間から不可視の風の刃のような物を飛ばしてくる。

 羊飼いは見たところ30頭あたり1人いるようなのだが、こちらは魔法は一切効かず物理攻撃しかダメージを与えられないのだが、羊の群れのに囲まれていて中々辿り着けない。しかも羊飼いは魔法使いのようなのだが、こちらの羊への攻撃を相殺したり回復したりするのだ。


 俺では傷付ける事は出来ないが、師匠とじいちゃんは刀で斬り捨てる事が出来ているんだよね……まぁ、ばぁちゃんと鬼畜治療師にハゲヤクザは出来ていない事は救いだけど、そもそも3人の本来の得物は弓・杖・槍だからね……素直に喜べないんだよね。もちろん3人もかなり悔しがっていたけれど。


 1度だけつくねに刀になって貰って戦ってみたけれど、ちょっとダメだった……威力が強すぎて。多分久しぶりの装備化で張り切ったってのもあるんだろうけれど、燃え上がりながら数匹まとめて消し炭へと変えちゃったんだよね。

 まぁそれでは修行にならないから、張り切っているところ申し訳なかったけれど、残念ながら1度だけでお役御免となったんだけどね。本人はかなりしょんぼりしていた……でも仕方ない、いつか活躍する日が来ると思う、多分。


 師匠とじいちゃんは各々1人で挑み、俺は分身たちと共に、ばぁちゃんと鬼畜治療師は2人で、ハゲヤクザはうどんと、香織さんは他の召喚獣たちと組んでの修行だ。


 1ヶ月半掛かって、ようやく香織さんと召喚獣たち以外が刀の一撃で胴を2つに分けた上で、他の羊たちの攻撃を受ける事もなく羊飼いを含めた一群を倒せるようになった。


 1061〜1080階層はライオンやトラといった、まるでアフリカのサバンナにいるような動物たちだった……まぁここもこれまでと同じようにバカデカかったりはしたんだけどね。

 スピードやパワー、口から吐く魔法は中々に強力ではあったけれど、物理も魔法も普通に通るのでそこまで苦労する事もなく倒す事が出来た。


 そして前もって予定していた時間となったので戻ってきたら、琵琶湖の件の要請がきたってわけだ。


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