第165話ーー茫然自失

 実験体よりもまずは4人組に注視する。

 ここが森の中というのが幸いして影には事欠かない。なので影の中を移動させながら時折浮いては魔法系スキルを連発させまくったのだが……やはり師匠たちと同レベルの力量を持っているだけある。当たらないし、当たりそうでも弾かれたりしている。

 まだ200階層への階段までは距離があるが、全然スピードを緩める事が出来ていないようなので焦る。

 最近ずっと普通のスキルを使わず戦闘や修行をしてきた事が裏目に出ている……そう、魔法系スキルに何があったか思い出せないのだ。


 何がある?

 避けられないのはなんだ?


 あっ!

 とりあえずアレがあった。

 分身たちには面で魔法を放つように指示をして……「花粉爆弾!」

 これなら避けても近くで爆発すれば、辺り一面に耐性不可の状態異常がばら撒かれる。


 ヨシッ1人だけだけどかかったようだ!!

 足を止める事はないけれど、息苦しそうで走るスピードがかなり落ちた。

 次は階段方向に何重にもなるように風壁を張りまくる。こちらも不可視のはずなんだけど、本来なら直ぐに見破られそうだけど今なら効き目がありそうだしね。


 そして壁を背にして分身をそのまま4人組へと向かわせる。半分を抜刀させ、半分が無手のままである。


 やはり強い……

 簡単にいなされ、壊される。

 だがそれでも最低限の役目は果たせている、師匠たちがすぐそこにやってきたからだ。


 そこで俺は目を疑うものを見てしまった。

 それは花粉爆弾に引っかかった男の胸部を、仲間の1人が貫手で穿いたのだ。

 更に先日の蘇生薬の発表を受けての事だろう、すぐさま他の者が懐から出したペットボトルの中身を掛けた後に火を放った……そして勢いよく燃え上がる炎。きっと掛けたのはガソリンのような揮発油などなのだろう。

 足でまといになると踏んだのか、それとも捕まって情報を引き出される事を恐れたのかはわからない。わからないが躊躇なく、さも当たり前のように穿いていたし、殺された男も抵抗する素振りは一切見受けられなかったので、事前に暗黙の了解でもあったんだろうが……その非情さが恐ろしい。


 そして3人組となった男たちは逃げる事を止めたようで、師匠たちの方向へ身体を向けたのだが……ここまで分身たちを相手していたのはまだ本気ではなかったのだろう。一瞬にして数十体が消し飛ばされた。

 ここまでずっと無手かと思っていたが、どうやら拳の間に暗器らしき物を隠し持っているようだ。


「後は任せろ」

「お任せします」


 天井に貼り付けている分身を通して俯瞰で見ているのだが、3人に相対するのは師匠とハゲヤクザ、そしてじいちゃんだ。鬼畜治療師とばあちゃんは少し後ろから支援するという体制で戦うようである。


 ずっとこちらの戦いを見守っていたいがそうもいかない。実験体たちが迫って来ているからだ。

 どうやら身体が大きくなった弊害なのか、足はそこまで早くない……いや、少し遅いほどだ。だが身体から見て分かる通り、力は大きく増しているようで、背丈程の長さがある太く分厚い大剣を持っていたり、奥の方にいる者は既に弓とは言い難いほどの大きな物を構えており、矢も腕の太さはありそうな物だ。


 ドスドスと音をたてながら走ってきたと思ったら、抜忍の2人が10mほどのところで立ち止まった。


「オマエヨコカワ?」

「キラの力ヲ奪っタ男……」


 キラって誰だって思ったけど、そういえば若狭の下の名前はそうだった。

 それにしてもまだアイツは、俺が奪ったと信じているのか……


「オマエ連レてク」

「断る」

「キョヒ権はナい」

「ワレラノチ…カラオモ…イシルトイイ」

「仲マゼン員コロすハカセヨロコブ」


 博士?

 誰の事だろうか……纐纈さんか?

 いや、纐纈さんならば元組長とかだろうけど、うんわからん。

 捕まえて問い質すしかないんだろう……油断はダメだけど。


 動きを待っていたら、懐から魔晶石のような物をいくつも取り出してたと思ったら片手で砕きながら近くへとばら撒き始めた……全ての実験体が。

 そして魔晶石とは違う、見ただけでどこか忌避感を覚える物を取り出した。


 何か嫌な予感がするので、分身たちを突っ込ませると、赤黒いソレを口の中へと放り込んだ。


「「*@_gT')wgp!!」」


 途端、ギョロっとした目を更に見開き声ならぬ声を吼え始めた……1人を除いて。抜忍の言葉遣いが怪しい方が慌てたのか、ソレを落としたのだ。すぐさま拾わせ影の中へと潜らせる。幸い他の実験体はこちらの動きに対応していないどころか、もがき苦しんでいるようにも見えるので可能だったのだ。


 ただそんな事をしている間にも、実験体たちはモンスターのような咆哮を放ち始め……そして身体がボコボコと脈打っている……異様な光景だ。


 近寄り難くもあったが、少し気になって見守っているとその身体は更に肥大化し、頭に小さなツノのような物が生えていた。


「apg@wA.t(!t」


 もう人間を辞めてしまったのだろうか……

 もはや何を話しているかはわからない。先日のNINJA JOUNINの方が余程明瞭な言葉を話していたよ……九字だけだけど。


 風を大きく切り裂く音がしたのと、把握している空間に異物を感じて見てみると、大きな鉄の矢が分身迅雷へと迫ってきていた。

 すぐさま盾を構えたが、その勢いは凄まじく本物から借りてきた盾に大穴が空き構えていた分身とその後ろにいた分身2体が消された。


 その様子を見ていた実験体たちは、消えた事に首を傾げる者や手を叩いて足を踏み鳴らし喜んでいる者がいた……その姿はもう完全にモンスターだ、知能の欠片さえ既に感じられなくなっている。

 若狭や秋田さんもこんな風になっているのだろうか……

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない、アイツらの事は後回しだ。


 はっ!?

 いくら分身の持つ刀は本体の持つ物よりコピー故に劣化しているとはいえ、魔力を纏って斬ったのに半ばまでしか通らなかった……

 それでも深手は与えられたと思ったのに、その箇所がつい先程のように肉が波打ちながら再生し始めている!!


 悔しいけれど、1対1だとかなり危険かもしれないので、分身3体対1となるように指示を出して相対する。


 いくら傷付けても途端に再生していく。

 これはまた魔法系も同じだ。

 ここで魔力視してみるとおかしな事がわかった。

 身体に流れる魔力は明らかに以前の俺……つまり素人のように不均衡でダラダラと流れ出しているので、魔力を修行して扱えるようになったわけでもなさそうだ。

 だが、周りにばら蒔いていた魔晶石のクズから実験体たちへと魔力が流れているのだ……そして心做しか頭に生えたツノが小さくなっていた。


 この事から推測出来るのは、ツノと地面にばら蒔いたナニかは、自己再生を促す何かを供給するバッテリー的な役割をしているのだろう。


 もう無力化して情報を引き出せるようにしようとか、くだらない事を考えるのはヤメだ。確実に息の根を止めなければ危険だ。


 水蛇を顔に発射して息が出来ないようにするも、強引に手でむしり取られる。

 影沼の術に引き込もうとも、引き込む事が出来ない……無意識ながらも大量の魔力移動をして抵抗しているようだ。


 それでも数ではこちらの方がまだ有利なので、手首や足首、膝といった比較的細い場所を重点的に攻め切り落とし続ける。

 当然再生はするが、八岐大蛇ほどの再生能力はないはずだ。

 ただ首を3分の2まで切っているにも拘わらず、当たり前のように再生していく様子は異常としか思えない。


 まずはナニかを口に出来なかった抜忍の1人が、四肢を切り落とされたまま動かなくなった。

 それを皮切りにどんどんと沈黙し始める実験体……

 そして遂に残りが1人にまでなったのだが、またここで驚くべき行動に出た。

 それは突然踵を返して走り出したと思ったら、死に絶えた実験体の近くにいる分身体をタックルで弾き飛ばした上で、その元仲間である実験体の身体へとカブりついたのだ。

 慌ててそれを止めようと刀を振り下ろしたが、何をしても食べるのを止めようとはせず……顔中を血だらけにしながら獣のように貪り続ける実験体。

 そしてまた幾分か前のように身体は波打ち始め……ツノはおよそ30cmほどまで伸び、身体も3mほどの身長にまで膨れ上がった。


「tjtap@'t/_#!!」


 実験体の咆哮、それはまるで以前師匠とじいちゃんが手合わせした時のように、魔力が衝撃波となって辺りを吹き飛ばした。


 それによりこちらの分身は残り6まで減らされた。

 分身を再発現させるためにも次元世界より外に出ようとしていた時だった、また実験体の肥大化が始まり……どんどんと大きくなって5m程にまでなったと思ったら、突然まるでモンスターを倒した時のように崩れ始めたのだ。ただ見慣れた光の粒へと変わるのではなく、黒い灰のようなモノへと変わり崩れていたが。


 一体何なのか……

 俺はその様子をただ呆然と見ている事しか出来なかった。

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