第130話ーー今生の別れですか?

 あれから約1ヶ月経った。

 あの日結局ほとんど眠る事は出来なかった。目を瞑れば様々な顔が浮かび、手を見れば血に濡れているように見え、血なまぐさい臭いが鼻についたんだ。


 朝食へと赴くと、そこで一緒になった香織さんの目の下には薄らと隈のようなものが出来ていた。それを指摘するとどうやら俺も同じような顔をしているらしい。そこで香織さんが夜に眠れずにうどんたちに癒しを求めたって話を聞いたのだが、師匠たちはわかっていたんだろうけど、その件について何か指摘する事はなかった。きっとコレは俺たち自身が乗り越えるべき事なのだろう。


 その日から師匠をはじめとした一全の人たちはとても忙しそうにしていた。ご隠居さんや5男さんたち兄弟の件、若狭や秋田さんを含めた纐纈さん一行の亡命の件、そして風魔や戸隠一行の件の後始末などだ。特に一全については、柳生さんの関係から真贋士なるjobの人を招いて、関係者全ての人員の面談を行ったそうだ。真贋士とは?それは分かりやすく言うと人間型嘘発見器のようなものらしい。予め問答を用意しておいて、はいかいいえだけで答えさせて話を詰めていくとの事だ。この真贋士は一全にも1人いるのだが、その人の信用がないと問題なのでまず外部から招いた真贋士にやって貰った上で、2人で手分けして全ての人員を総チェックしたらしい。結果何人かは知っていたり、内部情報を流すために残った者だったようだ。

 ご隠居さんは愛知県警本部長などという大層な職についていたわけだが、伊賀や柳生などをはじめとした政財界の重鎮から根回しがあり、更迭された上での依願退職扱いとなり、現在は謀反を起こそうとした5男さん以下の兄弟や、残った裏切り者たちと共にどこかで監視されながら暮らしているとの事だ。どこで暮らしているかなどは教えて貰えなかったけれど、地下牢とか座敷牢とか世に出る事のない日の当たらない場所なのかなーっと想像している。


 若狭や秋田さんを含めたマッドサイエンティスト一行についてだが、どこに行ったかはわからないらしい。中国行きの飛行機に乗ったのは確認しているが、そこを中継地としてどこかへ渡ったのか?それとも中国が目的地だったのか?あらゆる伝手を使って探っているようだが、未だ何もわかっていない。

 ただこれは近衛の人に聞いたのだが、最近まで若狭が暮らしていた伯母さんの家の部屋には、俺やアマとキムに対する恨み言がそこら中に殴り書きされていたとの話だ。それは一見ギョッとするほどに、そこら中に。内容だが、俺に対しては自分が得るはずだったjobやスキルを奪われたとかそんな事を。アマに対してはちょっと勉強が出来るからと言って見下されていたと、きっと俺へ入れ知恵してjobやスキルを奪わせたんだろうと。キムに対してはイケメンだから調子に乗っていてムカつくというものだ。

 それを聞いた時は思わず聞き返しちゃったよね、jobやスキルを奪う技術なんてあるんですか?ってさ。初めて聞いたからね……まぁ異世界小説などではたまに見かけるけれど、現実で起きたなんて話は聞いた事なかったから。答えは……近衛の人どころか柳生さんや師匠でさえそんな話は耳にした事がないって話だった。つまりめちゃくちゃ逆恨みして、被害者ぶって妄想しちゃったんだろうって事だ。ただキムへの恨み言はただのイケメンへの僻みってところが笑えたけど。

 秋田さんはというと、手紙が香織さんの自宅に一通届いていた。金山さんの件があるので検査してから渡されたそれは、中に一体何が書かれていたのかは俺にはわからない。ただ香織さんが教えてくれたのは、香織さんへの謝罪の言葉が書き連ねてあったらしい。そしてその中には流される周りの環境への戸惑いなども記してあったようだ。あとは俺に言いにくそうにしていたので、きっと俺への恨み辛みでも書いてあったのだろうと推測しているが、香織さんに対しては謝罪やこれまでの感謝だったようなので良かったと思う。

 その秋田さんの両親は亡命はしておらず、名古屋で何も知らず普通に暮らしていた。どうやら渥美の切腹事件の後に婚約は解消していたらしい。そもそも婚約事態が既に鬼籍となっている秋田さんはの祖父が言い出した事だったらしく、両親としては修練もせずにテレビに出てドヤ顔で語っている姿を見てモヤモヤしていたが、渥美の事件で決定的となり婚約解消を申し出ており、娘たちが未だ関係があるとは思いもしていなかったそうだ。予想としては、親に止められて……障害があればあるほど燃え上がっちゃったという事のようだ。うん、どこの不倫カップルの話だよっ!ってツッコミそうになったよ。

 他には各流派のTOP招集が行われて、事態の説明がなされた。風魔と戸隠をはじめとした4流派による襲撃や、東さんたち世界的TOPパーティーが外国人勢力にたぶらかされて牙を剥いた事など。ただ風魔たちから聞き出してわかった、声掛けされたものの参加はしないが様子見しようとしていた流派も吊し上げされていた。

 生け捕りにしていたメンバーはそこでそれぞれの元へ返されたわけだが、TOPそれぞれの顔がめちゃくちゃ怒りを帯びていたから、きっと大変な目に合うだろう。何人かから「横川くんと如月くん、ここで腹を切らせても構わんが、後始末が面倒なので許してもらいたい。後日首を届けさせる」だなんて言われたし。久しぶりに聞いた切腹の言葉……首なんて届けて貰っても嬉しくないので、全力で拒否したよ。切腹とか首を届けるとか、みんな戦国時代や江戸時代から進んでいないのかな?怖すぎるよっ!!

 各流派の広告塔である東さんたちパーティーが瓦解したわけだけども、今後は新たに各流派から人員を拠出して新たな広告塔パーティーを作成するそうだ。

 そうそう、この場にはその襲撃を行った4流派の次代TOPも来ていた……つまり襲撃に参加しなかった人たちの中の、更にその件に反対して冷や飯を食わされていた人たちだ。見事に平身低頭で、財産の全てを賠償として出したいが流派断絶だけは勘弁してくれって事を言っていた。

 で、その賠償金なんだが……配下の者(東さんたちパーティーメンバー)が加担したからと言って他の各流派からも賠償金が俺と香織さんに振り込まれたんだけど……

 なんとビックリ、各口座に150億円が!!2度見3度見しちゃったよ!!

 この中には一全からのお金も含まれているらしいんだけど、返す事は各流派の面子を潰す事になるから許されないって事だった……もうね、働かなくても暮らしていける金額があるんだけど、どうしたらいいんだろう。まっ、すぐに例の如く定期預金に組み込まれたんだけどさ。


 この1ヶ月の間の最初の1週間は、俺も香織さんもほぼ眠れなかったんだ。日に日にお互いやつれていく……

 そして師匠に呼ばれて話をする事になった。


「口を出さないでおこうと思ったが……今お前たちは死んでいった者の怨念に悩まされているだろう。あれらの最期が目に浮かび眠れぬ日々を過ごしているだろう、違うか?」


 ってね。

 もちろん答えはYESだ。

 時間が経っても強く残る人を斬った時の感触、血の温度臭い……時には己の身体が斬られて臓物を撒き散らしている姿さえ浮かぶ。

 香織さんは金山さんの最期が目に浮かんだり、俺が膝下を失った時の光景がフラッシュバックのように襲ってくるらしい。


「お前たちが見た光景を忘れろとは言わん、いや覚えておけ忘れてはならん。ただ言える事は、これからもまた同じ事が起きるかもしれん、俺が生きている限り守ってはやるつもりだが、この弱い身ではそれもいつまで続くかわからん。その時お前たちは欲望に濡れた理不尽な刃を向けられて黙って受け入れるのか?それが嫌だと言うのならば、戦わずして勝てるほどの圧倒的な力を手に入れろ、相手がどうやっても適わないからと刃を向ける事を躊躇うほどの力を手に入れろ」


 確かにそうかもしれない。

 ただ看過出来ない言葉があったような……誰の身が弱いって??言いたい事は分かるけれど、それはどうかと思うんだ。

 まぁ師匠の言う通り、いつまでも守って貰っている訳にはいかないよね。俺には次元世界に引き篭って一生を暮らすっていう手もるけれど、それでも食料とかは買いに行かないとダメだしね。


「俺は当分は色々動けんし、山岡も近松も一全の建て直しに動いて貰う故に修行は見てやれん。そこで柳生の爺さんと婆さんが修行をしてくれるそうだ」


 まぁそうだよね、ここ最近の手合わせも柳生さんだったし。


「おっ、話は終わったか?」


 タイミングを見計らったように現れた柳生さん夫婦……その手にある魔法袋3つはなんでしょうか?嫌な予感しかしないんですが??


「食料やエリクサーに色々な修練用道具を集めるのに手間取ったわ!さっ横川くん行くぞっ次元世界を開いてくれ」


 今エリクサーって言いました?

 魔法袋を3つ分ってどんだけやる気なんですか!?


「横川、如月くん、生きて会おう」


 師匠!?

 今サラッとすごい事言いましたよね?生きて会おうって、まるで今生の別れになるかもって感じだったよね!?


「さあさあさあさあっ、参るぞ!」


 2人の満面の笑みが怖いんですけど!?

 一体何が待っているんですか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る