第71話ーー深呼吸をしましょう

 70階層は一面が湿地帯で、マングローブに似たような木が密集する場所が点在している。そこにいるのは俺の召喚獣であるカニとそっくりの大きなカニがそこら中に蠢いているのが見て取れる。


「ここで俺のカニを放したら、攻撃されるんですかね?」

「モンスターは目で見て人に攻撃を加えるのではないという研究結果が公表されているから、まさか仲間だと思う事はなく攻撃されると思うぞ」

「やってみていいですか?」

「あぁ構わん」

「召喚カニ!モンスターを攻撃!」


 カニに向かってカニが一直線に向かう。どうやら向こうのカニはこちらのカニ……ええい、ややこしいっ!モンスターは横にしか進めないようだ。100mほどの位置まで近寄ると、身体の向きを横へと変えて襲いかかってきた。

 うん、襲いかかってきた。

 やはり仲間だとは思ってくれなかったようだ、そりゃそうか……まぁ動き方も違うしね。


「カニはお前のもそうだが、だいたいが同じ攻撃方向をとってくる。ここの日間賀島のと全く一緒だ」

「では飛斬かとことん魔法で対処ですか?」

「魔法では時間を要するために、飛斬が有効だな……っという事でほれ、これでやってこい」


 渡されたのは木刀だ。まだ持ってたのかよっ!


「何本あるんですか?」

「木刀か?あと1,000はあるから安心していい。その辺にある木を削ればいくらでも作れるしな」


 そりゃ持っているわけだよっ!

 言われてみれば、若干無骨な木刀もあったんだよね、販売元が違うのかと思っていたら、まさかの師匠の手作りでした。

 それにしても多すぎるけどねっ!


「あぁ、先に渡しといてやろう」


 本当に山ほどの木刀を魔法袋から魔法袋に移し替えられた。


「東たちが到着して飯が出来たら休憩だ、喜べまた如月たちと一緒に食べれるように指示しておいてやるぞ」

「頑張りますっ!」

「くくっ……まぁ頑張れ」


 そのご褒美はやる気が出ますよ!

 到着まで早くて1時間半くらいか?それまでに何とか切れるようになっていて、堂々と一緒に食事を囲みたい。


 これは木刀じゃない、斬鉄剣だ。全てを斬り伏せる事が出来る、こんにゃくだけは斬れない伝説の刀だ。

 何でこんにゃくだけが斬れないんだっけ?確か……アニメスタッフの思い付きなんだっけ、原作者が知らない内にそんな事にされたとか何とかどこかで読んだ気が……

 ってそんな事はどうでもいいんだった、とにかくこんにゃくではないソフトシェルクラブだ、柔らかいからスパッと斬れるはずだっ!


 ………………

 …………

 ……


「横川、飯だ」

「はいっ」

「如月たちにはお願いしてあるから行ってこい。食ったら4時間ほど休憩を取り、また移動だ」

「わかりました」


 カニに挑み出してから、既にいつの間にか8時間ほど経過していたようだ。

 意外と東さんたち遅かったんだね……そういえば先日11階層で会った時も進み方は万全の体制でゆっくり進んでいたな。それを考えると、こんなもんなのかな?

 ここまでダメにした木刀は約600本くらい。500本ほどダメにした頃から、鉄などで出来た刀と同じように斬る事も、飛斬を発生させる事も時折出来るようになり、ようやく約7〜8割の確率で行えるようになってきた。


 先輩たちを探して見ると、どうやらボス部屋前辺りでテントを張っているようなので移動だ。

 そうだ、ここは先輩が好きなトラに乗って行こう。きっと喜んでくれるに違いない……あわよくば俺ごと抱きしめてくれる……事はないな、それはさすがにないか。まぁそれでもきっとまたとろけたような表情を見せてくれるだろうから、トラに乗って行く事は決定だ。


「召喚!トラ」


 1頭だけ出して跨る。

 ……って結構乗るの難しい!師匠たちが簡単に乗りこなしていたから、主たる俺も出来るかと思ったけど、全身をしならせながら跳ぶように走るためにバランスを保つのが厳しい。

 あの人たちはよくこんなのに乗ったままに刀を振ったり、上半身を起こしたままにいれたな……俺なんて必死にしがみつくのが精一杯だというのに。もし宙返りなんかされたら真っ逆さまに落ちる自信があるし。

 でも諦めない!乗りこなす!いや、最低でも乗りこなしているように見えるように移動する!全ては先輩の視線を独り占めするためにっ!


 普通に走るより時間が掛かった……

 細切れに伝わってくるトラの気持ち「下手」「邪魔」「毛痛い」などなど。多分、トラの背の毛を握りしめて抱え込むように乗っていたからだろう。そしてクソ忍者を乗せていた時よりも、悲しそうな雰囲気は結構心に来た……


 でもでもっ!

 もう目に見える場所にいる先輩だけど、めちゃくちゃ目を輝かせてますっ、キラッキラさせて俺を見てるよ。よしっ、計画通り!!


「あっ来たね〜」

「ご飯出来てるからどうぞー」


 着くや否やおおきなドンブリを渡された。今日はカニ……ラーメン?のようだ。


「このカニは織田さんから貰ったんだけど、横川くんが倒したカニから出たやつなんでしょ?ありがとう」


 そういえばたまに出る食用カニを師匠が回収しに来てたな。あれはこの為だったのか。


「いえ、喜んで頂ければ」

「本当は具なしラーメンの予定だったんだけど、お陰で豪華だよ」

「確かに、まるごと入ってますもんね」

「そうそう、こんなの外で食べたら幾らするんだろうね」

「美味しい」

「おかわりもあるから」


 皆さん満面の笑みだ。俺的には日間賀島の件もあるから、実はそこまでカニを嬉しく思う事もないんだよね。あの時はアマたちが帰った後も毎日のように海鮮三昧だったし。

 美少女が必死にカニに夢中になる姿……いいっ!!思わず口元ばっかり見ちゃうよ。

 その中でもやはり1番は先輩だ。トラにもたれ掛かりながら色んな意味で至福なんだろう、更にとろけた顔で頬張っている。


 素敵な時間は本当にあっという間に過ぎてしまう。

 気が付けば鍋は空になっていた。

 食事開始から約30分ほど経ったから、あと残りは3時間半の休憩だからすぐにでも寝た方がいいんだろうけど、俺には少しやりたい事があるんだよね。

 もう少しで木刀でカニを斬る事が10割になりそうだから、感覚を忘れないうちにやっておきたい。


「あれ?どこ行くの?寝ないの?」

「あーちょっと食後の運動を……あっトラはそのままにしておくので大丈夫ですよ」

「そっか……スゴいね」

「何がです?」

「私たちよりかなり……多分数倍以上動いてるのに、まだ自分から修行するなんて」


 うーん、そういうつもりでもなかったんだけど……

 それにこれくらいのハードさはいつもの事だしな。

 ただ先輩が感心してくれているようだから、ここは反論しないけどねっ!


「私も付いて行ってもいい?」

「……守りながら戦うのは自信がないので、すみません」


 田中さんからの申し出、ちょっと迷ったけど却下だ。言った通り守りながらとか無理だし、集中出来そうにないしね。

 まぁもしこれが先輩だったら、即了承してただろう事は否めない。


「では!」


 少し走るとカニが見えてきたので、木刀を取り出し対峙する。

 振って振って振って振る……


 いい感じだ、9割はもう斬れるようになった。

 この調子なら……


「いい心がけだが、あまり根を詰めすぎるなよ。休憩も大事な修練だと忘れるな」


 10割、確実に当たり前のように斬れるようになり、飛斬も出せるようになったところで声を掛けられた。


「すみません、あと少しだったので……」

「わかっている、そして出来るようになったな。よくやった」

「ありがとうございます」

「本来の予定ならあと休憩は1時間もないが、3時間寝ていい。しっかりと身体を休めろ」

「ありがとうございます!」


 おおっ!

 頑張ったかいがあったらしい。ただもうそんなに時間が過ぎているとは思いもしなかったけど……

 お言葉に甘えてしっかりと寝よう……先輩たちの寝息が聞こえる場所に早速移動だ!


「ちょっと待て、お前が寝るのはあそこだ」


 師匠が指さしたのはゴツゴツした岩が並ぶ場所……ハゲヤクザと鬼畜治療師がいる場所だった。


「えっ……あそこですか?」

「変態行為が過ぎるわ、ほれ行くぞ」

「へ、変態行為?」

「寝息に耳を澄ましたり、近くで深呼吸したり、匂いを嗅いだりな」

「……」


 ま、まさか寝息に耳を澄ませている事以外まで知られていたとは!!


「ほれ、休憩はいらんのか?」

「寝ます……」


 うぅ……

 俺の天国タイムが!!

 チックショー!!

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