第70話ーーカニと宝箱と涙
うーん……
木刀ではなかなか斬れない。
何が原因なのか、腕よりも硬いはずなので斬れてもおかしくないのだが、弾かれたり折れたりしてしまう。
同時にクソ忍者も襲ってくる為に、ゴーレムだけに集中出来ないのがこれまた悩ましいところだ。
「それを木刀と思うな、よく切れる刀だ。そのように扱え」
いや、そうは言っても折れたら木片が飛び散るんですよ……まぁこれもイメージが大事だって事なんだろうけどさ。
それにしてもクソ忍者は器用だ、俺に当てる時は打ち付ける形なのに、ゴーレムに対してはスパッと斬っているんだから。その姿はどう見ても一緒の動作なんだが、一体何が違うというのだろうか。うん、わからん。
空中をお互い空歩で駆けながら剣を何度も打ち合わせる。時には壁も使い、走る駆ける跳びまくる。
これは真下に東さんたちパーティーがゴーレムを相手取っている時が多い。そして当然ながらそこにはハゲヤクザや鬼畜治療師もいるわけで……思いもよらぬ方向から木の枝や石ころが飛んできたり、2人が襲いかかってきたリもするのが厄介なところだ。だから常時四方八方に気を張りながら戦ってないと、大変な事になってしまう。
ゴーレムは柔らかいと思ってしまったら、足場にするのに躊躇してしまうようになった。もし割れてしまったらバランス崩れちゃうからね。
色々難しいっ!
「よし、ここまでだ」
木刀を数十本折ったところでストップが掛かった。
さすがにストックが切れたのかな?そうだとしたらありがたいんだけど。
「東よ、3時間ほど休憩を取れ」
「……はい」
そういえば東さんたちもずっとガキンガキンやってたな……
皆さん顔に疲労の色が濃いようだ。いつも返事はシャッキリしているのに、蚊の鳴くような声だし。
「3時間後、食事に30分、その後まず70階層へと向かう。異論のある者はおるか?」
「かしこまりました……おいっ、ベースに戻ってとっとと身体を休めるぞっ!」
誰も異論はないようだね。クソ忍者が問い質したのは明らかにあの盾職2人に向いていた気もするけど、さすがに何も言わなかった。ただ目の奥がどんよりとしているのが気になるところだ……
「横川は2時間の休憩だ、その後は俺と一緒に先に70階層まで移動するぞ」
「はいっ」
今日は何だか優しい?休憩をまたくれるなんて……一体この後に何が待ち受けているのだろうか。それに2人で70階層まで先行とは、一体何故だろうか。
まっ、考えてもわかるはずもない。さっさと切り替えて休憩しよう。
またいそいそと先輩たちのテントの近くへと移動してトラベッドを作って寝そべる。後ろから「くくっ」とクソ忍者の笑い声が聞こえたような気がするけど、気にしない。ほんの少しのチャンスも見逃せないんです!
テントからは「すっー」っという寝息が聞こえる……あぁ、ドキドキする。もうちょっと近付いてもいいかな……痛っ、クソ忍者から小石が飛んできたよ。はい、自重します。危ない危ない、危うく状況を忘れて暴走してしまうところだったよ。
………………
…………
……
「起きろ」
「ゴフッ」
クソ忍者に腹を蹴られて起こされた。
優しいと思ったら、やはりこういう扱いが待っている。
って、そんな事よりも目を開けたらすぐそこに先輩が相変わらずとろけた表情でトラを撫でているじゃないですかっ!
こ、これはもはや添い寝では!?
まぁ先輩は寝ているわけじゃなくて、ベッドの端にいるトラを座って撫でているだけなんだけどさ。確かにあわよくばこんなシュチュエーションを夢見ていたけれど、本当に起きるとか現実なのでしょうか!?あぁ……幸せすぎる。
「早くしろ」
やはり現実のようだ、またクソ忍者に蹴飛ばされたし。
この幸せ時間を邪魔するとか、やはり鬼畜だ!!
「如月くんたちの為に横川が61階層から69階層までのモンスターを露払いしてくれるので、我らが出た後1時間したら近松と一緒に70階層まで来るように」
「わかりました」
「というわけだ、ほれ横川行くぞ」
「はい……」
「トラちゃん、横川くん頑張ってね」
「はいっ!!」
よし、やる気出た。
「早く行きましょう師匠!」
「お前は……まぁいい、では少し走るぞ」
トラの召喚を1度解除してから、クソ忍者に付いて走り61階層へと移動した。
「後方警戒とドロップを拾うのは俺がやってやる。お前は分身と召喚をしつつ魔法全開で先に進め」
昨日?今日?どちらかはわからないけど、ぼっちでやっていた事をまた繰り返すようだ。
「分身!召喚トラ!」
「んっ?トラが6頭になったようだな、そうなると新たな物が生えてるやもしれん、見てみよ」
確かにレベルが6になると次のスキルが生える傾向があるので、早速確認してみる。
<カニ(Lv1)>が出ていた。
カニ?何でカニなんだろうか……
とりあえず召喚してみよう。
「召喚カニ!」
出てきたのは、高さ2m横幅3mほどのバカでかい真っ赤なカニだった。
「ふむ、壁にもなるという事か」
そういう事か……
これだけ大きければ、色々防いではくれそうだ。
少し動かしてみると、なかなか優秀なようだ。カニといえば横にしか動く事が出来ないイメージだったが、前後左右にちゃんと動ける。ハサミの攻撃はなかなかに強力であるし、口から出る泡は防護膜で敵の武器を溶かすようだ。うん、これは日間賀島ダンジョンにいたカニと一緒だね。あの時は忌々しかったけれど、味方になると心強い。
火遁水遁闇遁をぶっ放しながら、階段を目指して一直線に進む。
半日前に1,200体以上討伐しまくったせいか、若干モンスターの数が少ない事もあってか、進むスピードは早い。
召喚獣が増えた事もあり、結構余裕なためにクソ忍者と会話しながらでも可能となっている。これからの注意点や警戒点など色々な事を話した。
そしてあっという間に、後続の先輩たちに追いつかれる事もなく66階層に到着した。
66階層から70階層までは、川や池、湿地帯が続く。モンスターを無視して環境だけを見れば、とてもほのぼのとした原風景なのだが、ひとたびモンスターを目にするととんでもない光景となる。
なぜなら両生類や爬虫類、空には鳥類と地上世界と似たような形なのだが、全てのサイズがかなり大きい、カエルなんて俺の出すカニと同サイズあるし、ワニなんかも人を軽く飲み込めるほどの大きな口を持っていたりするのだ。あと川辺りにはマラソンする市民ランナーではなくて、半魚人が
「ここもまぁ同じように戦って行けばいいが、どうやらカニはそこそこの防御力のようだから川や池の中に放ってみよ」
「カニだけでですか?それは何の意味があるんです」
「うむ、まぁこんな場所だからな、探索するにあたっては誰もそういった場所にわざわざ潜ったりせん。それ故に宝箱などが残っている可能性もある。戦わせるのでは無く、宝箱回収を命令してみよ」
おおっ!
宝箱!!あの嬉し楽しのドキドキタイムがまた来るなんて素敵過ぎる情報だ。
ボス部屋だけでなく、フィールドでも微かな確率で宝箱出現の噂は聞いていた。ただ同じ場所に出る事はなく、更にリポップもかなりの時間を要するらしい。また1つの階層に必ず1つでも存在するというわけでもない。そして肝心の中身だが、階層が深ければ深くなるほど価値の中身は高くなるらしいのだが、これまでの発見報告ではそこまで話題になった事もないという地味な感じだ。それでも万が一って事もあるし、あの開ける時のドキドキはたまらないものがあるから、期待してしまう。
「召喚カニ!川や池の中で宝箱を探して見つけたら持ってきて!召喚烏!フィールド上空から宝箱探してこい!見つけたら即連絡しろ!」
「……あまり期待し過ぎるなよ」
「……はい」
確かに期待し過ぎて、もし何も出なかったらガッカリ具合ハンパないもんね。
「よし、我らは先に進むぞ」
69階層に到着したのは、数時間後の事だった。
待望の宝箱の発見数は2個、両方とも師匠の言葉通りに池の中からカニが抱えてきた。
めちゃくちゃ嬉しいけど、その喜びは半減している。なぜなら指示の仕方が悪かったのか、中身だけを回収してきたのだ。
1つはあまり見た事のない色のポーション。もう1つはまさかのスクロールだったよ!!
鑑定出来ないから何かはわからないけど、出てからのめちゃくちゃ嬉しい!!
「ここからは少し俺が走る後に付いてこい」
69階層に到着すると、クソ忍者がそう言い走り出した。目的は70階層へと階段がある場所へ続くルートではなく、少し横道に逸れた森の中だ。
木と木を猿のように跳び移りつつ着いたのは小川流れる花咲く草原だった。
「気付いているかと思うが、ここがお前の拾われた場所らしい」
川辺りに1mほどの石が2つ並んでいるのが見える、クソ忍者はその間を指した。
「この間にな、そっと隠されるように居たそうだ。ここらにある花は通常のモンスターの嫌う匂いを出しているらしく、この辺りはセーフティースポットになっている。まぁこれは15年ほど前に研究結果で出たのであって当時はわからなかったはずなのだがな……お前の見ぬ父母は捨てたのではなく、何らかの事情があって、お前が無事生きる事が出来るようにと願いを込めて、本能でこの辺りの特性を感じ取って隠すようにそこへと置いたのだろう」
「調べてくれたんですか?」
「まぁ……な。ただ現在も全力で探してはいるが、お前の父母らしき探索者の見当はついておらん。力及ばずすまない」
「いえ、気にしないでください。ありがとうございます」
まさか先行理由が、俺をここに連れてくるためだとは思わなかった。
俺がこの名古屋北ダンジョン69階層で拾われたという事実は、公言はしていないが孤児院の職員さんや協会関係を調べる事が可能な人は誰でも知っている事だから、師匠が知っている事に対しては驚きはないが、気にして調べていてくれた事が嬉しい。
捨てられていたという事実、気にしていないと言えば嘘になる。正確に言えば気にしないようにしていただけだから。同じ孤児でも両親の顔を知っているアマやキム、他の子たちを羨ましく思った事もあった。
そして例えば経済的理由でとかでの放棄であればまだいいが、捨てられた=いらない子という答えがどうしても付き纏い、悲しく思った事もあった。生きていてはいけないのかと悩んだ事もあった。
だが、こうしてこの場所に来て師匠の説明を聞いて、少なくともいらない子だったわけではないとわかっただけでも、生きていていいんだと思えただけでも嬉しく思う。
「ここで30分ほど休憩する、俺は少し用を足してくる」
突っ立ったまま石をぼーっと眺める俺に気を利かしてくれたのだろう、一言言い残すと師匠は音もなくどこかへと跳び去って行った。
正直なところこの場所に何らかの記憶があるわけではない故に、懐かしさを感じる事もない。
今更父母に会いたいなどと思った事などはないし、逆に恨む気持ちもない。
それなのになぜ涙がこぼれ落ちるのか……
これは感傷なのか、それとも他の何かなのかはわからない……ただ頬を伝うモノが少し冷たい。
「大丈夫か?」
ぼーっと石の前に座っていたら、いつの間にか戻って来ていた師匠に声を掛けられた。
「もう30分経ったんですか?」
「あぁ……」
「ありがとうございます、大丈夫です。行きましょう」
「今のお前なら最早ここはそれほど遠い場所ではない、また来ればいい」
「はいっ!!」
「では本道へと戻って70階層へと進む」
来た道を戻るように跳び続け、本来のルートへと辿り着くと、そこからはまた分身と召喚獣と一緒に見つけ次第殲滅しながら70階層へと到着した。
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