第35話ーーその反応が普通です

 1階層でカリカリとペンを走らせているアマたちと合流しダンジョン外へと出ると、クソ忍者とハゲヤクザは既に戻っていたようで、椅子に座ってこちらに手を振っていた。


 近寄ってみると、炭には既に火が着き鉄板や鉄網を熱しているようだ。

 その上にはどこからか調達してきたのだろう、カニやエビが赤く色を変えている。

 他にも蒸し器のような物や大鍋が立ち並び、もうもうと湯気を噴き上げている。

 そしてなぜか大きなビニールプールが鉄板同士の間に鎮座している……火事の用心のためかな?いや、違うようだ、中を覗いて見ればカニやらタコやらがいっぱい沈んでいるので、水洗いしたりする為のものだろう。


「遅かったな」

「ええ、これの戦い方が不甲斐なく」


 えぇ〜……

 俺結構頑張ってたと思うんだけどな。

 まぁ確かに、マグロやブリにぶつかられて吹っ飛ばされたりしたけどさ。


「ふむ、では午後は俺も行こうか」


 それはマズイ、クソ忍者と鬼畜治療師2人での見守りなんてロクな事はないだろう。


「し、師匠に来ていただく程でもないです。大丈夫です」

「ほう、そうか。では安心して後ろから見守っていれるな」


 くっ……

 この感じは草履取り事件の時見たものと同じ感じだ。

 これ以上あまり言い訳をすると、下手すると切腹を申し付けられるかもしれない、潔く受け入れるしかない。


 ……つい、忍び装束姿で神出鬼没の近衛の人たちがその辺に潜んでいて、刀を持って突然横に現れるのではないかと、キョロキョロと見渡してしまう。

 俺のスキルである影潜りをハゲヤクザは笑ったが、近衛の人たちとか普通に使ってその辺に潜んでいても不思議じゃないからね。


『島内の皆さまにご案内があります。ただいまダンジョン前広場にて、海鮮バーベキューを催しております。飲食代は無料と、なっておりますので、ぜひお誘い合わせの上お越しください』


 突然、独特な口調でスピーカーから案内が告げられた。

 どこか言葉が重なって聞こえるのは、島内のあちこちで同時に同じ放送を流しているせいだろう。


 アナウンスの言葉に合わせるように、鬼畜治療師が拾ってきた魚たちを一気にビニールプールの中にドバドバと投げ入れている、そして近くにいた人がそれを拾い上げては捌き始めた。


 随分と手際がいい様子をぼーっと眺めていると、伊賀の師匠さんがあれらは全て伊賀流の抱える職人さんだと教えてくれた。

 そうしている間に人が少しづつ現れ、増えてきたようだ。


「ほれお前らも遠慮せんで食え、寿司でも汁でも何でも好きなように食え。ただ腹八分目までにの」

「あっ、はい」

「ヨコ、寿司行こうぜ」

「俺は汁を貰ってくる」


 こんなに新鮮な魚などを食べる機会なんてなかなかない。

 そもそも寿司なんて初めてなのだ、回転寿しどころかパック寿司でさえ食べたことなんてない。孤児院じゃでないしね……スーパーマーケットとかコンビニのを見かけた事はあるけれど、ちょっとお高めっていうのがあって、それならもっと安くてガッツリ食べれる物に目移りしてしまっていたのだ。

 多分アマとキムも一緒だろう、その証拠に寿司という言葉に目を輝かせている。


「あのっ!お寿司下さいっ!」

「何を握りますか?」

「えっ?……」


 思いもよらぬ言葉が返ってきてしまった。

 何をって何?

 寿司は寿司じゃないの?


「マグロでっ!」


 ナイスだアマ、そうか魚の種類の寿司があるよな、すっかりテンションが上がりまくって忘れてたよ。


「マグロのどの部位にしますか?」


 部位とな?

 首とかお腹とか、背とか?

 何か聞いた事あるけれど、何だっけ?


「それらにはオススメを握ってやってくれ」

「かしこまりました」


 困っている俺たちを見かねたのか、クソ忍者がひょいと顔を出して言ってくれた。

 いつもなら、余計なことをっ!ってなるところだけど、とてもありがたい。


 初めての寿司は、期待値を含めて美味しかった。しかも自分でとったものだと思うと尚更ね。

 その後も焼き魚や刺身やら、海鮮料理をたらふく食べ続けた。


 すっかり変わってしまったアマとキムだが、この時までは、食事に目を輝かせていた2人は俺の知っている2人だった……この時までは。


「3人ともしっかり食べてるか?魚にはDNAが入ってるからな、頭良くなるぞ」


 ここはツッコミ待ちなのだろうか……


「「はい、DNAですね」」


 おうっ、バカに戻ったようだ。

 サラバ、友よ!


「それは遺伝子だ、DHAだDHA」

「おっ?そうだったか?そりゃすまん」

「「はい、DHA」」

「おっおう……」


 さすがの師匠さんたちが引いているぞ?

 ってか周りの人間みんなが引いているように見える。

 そしてクソ忍者やハゲヤクザ、鬼畜治療師までも……この人たちのそんな顔、初めて見たよ。


「ちょっ、一全のよ……」

「これはやりすぎたかもしれんな」

「あぁ、ここまでになるとはな……」

「根が単純なのか?」

「まぁ素直ということだろうて」


 師匠たち全員が集まって、ひそひそしだした。

 漏れ聞こえる声からすると、どうやらここまでになるとは予想外だったようだ。

 これを機に反省して、俺たち弟子の扱いを考え直して欲しいものだ。

 とりあえず、まるで自分たちの事ではないかのように無心になってカニをほじくり返している2人を正気に戻すのが先決だとは思う。


「まぁこれはこれで面白いかもしれんな」

「そうだな、やり過ぎたとは思うが、まぁ良しとしようか」

「どこまで維持出来るか、その検証にもなるしな」

「面白いから、検証結果はうちにも知らせてくれの」


 ダメだ、反省なんかしてなかった。

 それどころか完全にモルモット扱いじゃねぇか!


「綺麗に取れたっ!」

「ハサミのところも美味いぞ」


 うん、諦めよう。

 自然に治るのを期待するしかないようだ。


「ヨコ、たこ焼きもあるみたいだから貰おうぜ」

「焼きそばもあるみたいだ」


 うん、やはりいつか戻ってくるだろう事を期待しよう。

 とりあえず今は食おう!


 島内の色んな人が喜ぶようにだろうか、色々な種類の料理がどんどんと現れてきた。

 ほとんどの人が来たのではないかと思われる人混みの中、縫うように移動しては料理を貰い貪る。


 そんな事を続けていると、何やら揉め事?なんか片方が謝っているようだ……

 様子を見に行くと、そこにはハゲヤクザに対して、困った顔をして頭を下げる料理人がいた。


「じゃならの、フグの毒など気にせんのでキモごと捌いてくれればええて」

「いえ、そういう訳には……ご存知かと思いますが、フグの毒はかなり強いのです」

「わかっておるて、それはいいから捌いてくれればええんじゃ」

「ですから、私はフグの免許を持っておりませんのでご期待には添えず……」


 へー、フグって捌くのに免許いるんだ……

 知らなかったよ。

 それにしても、伊賀の人たちなのに何故そんなに毒を気にするんだろ?

 同じ忍者組織のくせに……

 もしかして、毒耐性では効かない毒!?


「あーそいつらは毒とか何も関係ない、いらんまな板でも使って、気にせんと薄づくりにしてやれ」

「ですが……もし何かあった場合にはっ!」

「何もねぇよ、あったとしても美味いと騒ぐくれぇだ」

「かしこまりました……ですが、本当に責任は取れませんので、もし何かあった場合はお願い致しますっ!」


 伊賀の師匠さんが説得してくれたお陰で、どうやらハゲヤクザの希望が通ったようだ。

 料理人は全く納得はしていないようだけれど……今も、なんかぶつぶつ言いながら捌いているし。


「すまんな、うちは所帯ばっかりでかくなってしまったせいで、戦闘能力のない者も多くてな、理解出来んのよ」

「おう、商売上手にはなったが、一全のところのような武力はないからな」

「まだまだだ」

「何がまだ何だ?織田のと、山岡さんと近松さん3人もいれば小さな国の1つや2つ簡単に落とせるだけの戦力を擁しておいて」

「それは言い過ぎだ……」


 世の中の忍者みんなヤバいかと思っていたけれど、そうでもないって事のようだ。

 つまりクソ忍者たち、ここにいる3人は異常という事だろうか……


「失礼致します、こちらご希望の物です。なるべく毒を取ったつもりですが……」

「おおっ、ありがたい。して、そのキモはどこに?」

「えっ?……こちらにありますが?」

「そうか、それも貰おうか」


 恐る恐るといった表情で、件の料理人が大皿やタレの入った小皿を持って現れた。

 ハゲヤクザは顔を緩めそれを受け取ると、素早く捌いていたと思われるまな板に近寄り、手元にあった皿にキモを掻き集めて戻ってきた。


「小僧食ってみろ、美味いぞ」

「あ、あんた子供を殺す気かっ!」


 タレの小皿にキモを入れてかき混ぜながら差し出してきた。


 これまで毒は食わせられできたが、ここまであからさまではなかった、いつもこっそり入れられていた。

 料理人さんが顔を青くして叫んでいるが、それが普通の対応だろう。

 だが……まぁ断るという選択はないから食べるんだが、もっとやりようがあると思うんだ。


「もっとごそっといけ、遠慮はいらん。その方が美味い」


 そっと薄づくりの1枚を取ろうとしたら、止められた。

 言われた通りに数枚を一気に掬い取り、タレに漬けて食べてみる。


 ……美味いぞ?

 以前毒料理を食べさせられた時のような、ピリピリとしたものや、喉が締め付けられるようなものもない。

 まぁ後から症状が出てくるものも多いから、まだ油断は出来ないけれど、普通に美味い。


「えっ?」


 俺が素直に食べると思わなかったのか、料理人さんがマヌケな声を上げている。


「どうだ?美味いだろう」


 俺の反応を見て理解したらしく、満足気な顔をして頷きながら、自分も箸をつけた。クソ忍者や鬼畜治療師も当たり前のように食べ始める。


「ど、どうなって……」

「うん、美味いな。どんどん持ってきてくれ」


 上機嫌のハゲヤクザ……

 あっ、手元にあるのは日本酒のようだ。

 昼間っから酒かよ。


 その後も青い顔をした料理人を急かしながら、フグを食べ続ける4人……俺も箸を止めれませんでした。


 すると、毒はない、安全で美味しい魚と思ったのだろう、周りにいた他の人間が箸を伸ばそうとし始めた。


「あぁー毒はあるぞ?解毒薬などを持っているなら食べても構わんが」

「はっ?じゃあお前らは何で食ってるんだよ!」

「わしらは毒は効かん」

「そ、そんな事言って独り占めする気だろ」

「そう思うなら、好きにすればええ。ただ苦しもうが死のうがわしらは関係ないだけだ」


 ハゲヤクザが面倒そうな顔で忠告はしたが、苦しむ様子なく食べ続けているので説得力は皆無だ。

 頑丈そうなハゲヤクザだけではなく、か弱そうな……か弱そうな俺まで食べてるしね。


 数人の男たちが箸を伸ばし、食した。

 ついでにキムもハゲヤクザに食わされていた……きっとタコと言った時に頭をチラ見した報復だろう。


 そして30分後……

 毒に苦しみ、地を這う男たち。

 もちろんクソ忍者を初めとした、俺たちは何ともない。


 気付いたら、周りが俺たちを遠巻きに見ていた。

 目がまるで化け物でも見るように、怯えている……


 ちょっと待って!

 俺は、俺は普通だからっ!

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