第30話ーー寸劇ショー開催
人は実際に自分の目で見たもの以外は、なかなか信用しない。
アマとキムは、俺が夏休みに渥美で受けた地獄を、嘘とは言わないが少なくとも盛って話していると思っていたらしい。
だが彼らは目の当たりにしたどころか、身をもって知る事になったのだ。
めちゃくちゃ謝られ、同情された。
そう、同情されたのだ。
そして彼らは自分たちの師匠が優しいと思っている……それは大きな間違いなのだが、何も言うまい。
いや、きっと言っても信じないだろうからね。
俺はこの夏、散々騙され酷い目にあったから、クソ忍者を始めとした忍者という種類の人間は信用出来ない事を学んだが、彼らは学んでいなかったようだ。
是非、その身をもって知って欲しい。
なぜ俺が他の師匠の事をこうまで言うかには、もちろん理由がある。
それは訓練が始まってから2ヶ月後、昨日の出来事が原因だ。
その前にまず、この2ヶ月の話をしよう。
初日、秋田さんの絶望に満ちた表情を背中に受けながら逃げるように帰った。
ただアマとキムは、初めて限界を超えまくった過酷な訓練だったようで歩く事もままならない状態だったため、教官が送って行った……2人だけ。
俺は走って帰れと、顎で指し示されたよ。
贔屓良くない!!
そう思ったけど、「車がいいんだな」とにこやかに念押ししながら、トランクからロープを取り出そうとしているのを見てしまったので、慌てて走って帰る事となったのだ。
翌日学校に来たアマとキムはゲッソリしていた。筋肉痛で話す事も苦痛そうだった。
だが放課後の訓練は待っている……
逃げる事は許されない、昨日秋田さんが俺を迎えに来たのを見ているだけにね。
連日の過酷なシゴキ。
1人でシゴかれるよりも、友達がすぐそこにいるっていうのはいいね!
心強いというかなんというか……
まぁ聞こえてくるのは全て悲鳴と呻き声なんだけど。
クソ忍者は何だかんだやっぱり忙しいらしくて、時折来る程度で、2ヶ月で5回ほどしかいなかった。
その代わり、ハゲヤクザと鬼畜治療師は毎日いたけれど……組長って暇なのかな?いや、きっと暇なんだろう。
秋田さんも如月先輩とのパーティーでの行動があり、そちらが優先らしくて時折いない日があった。
俺だったら毎日パーティー予定を詰め込んで、全力で訓練から逃げるのにな〜、秋田さんって真面目だな〜、なんて思っていたんだけど、違っていた。
秋田さんはご両親も一全流の人間らしく、家庭の行動を含んだ、全スケジュールが鬼畜治療師に把握されているらしい。
つまりどうやっても逃げられないって事だ。
学生……いや、サラリーマンもそうかな?土日が来るのを楽しみにしていると思う。
だけど俺たちの思いは、土日が永遠に訪れないことを願うようになっていた。学校に毎日通いたい!勉強はどっちでもいいけど、朝から夜中まで授業を受けていたいと……
だって土日は、朝から夜中まで、下手すると金曜日の夕方に施設に行って、帰るのは日曜日の夜なんて日もあったしね。
基本的にアマとキムの修行は、ずっと基礎能力を鍛える事に終始していた。
印象的だったのは……
「最近カンフー映画を見るのにハマっているんだ」
と、教官がにこやかに放った言葉だ。
「参考になるし、面白そうなのもあった」
こんな事も言っていた。
そして確かにどこかテレビで見た事があるような、そんな訓練を課せられる2人。
2人の目は虚ろになり、雰囲気はどんよりとしていく。
だがそんな彼らの目が、まるで希望を見つけたかのように輝く日が時折あった。
それは彼らの師匠である人が訪れた時だ。
大抵訓練が始まる前、今日のメニューを話そうとしている時に現れる。
その時の目の輝きようと言ったら……そして俺や師匠の来ていない方を見て、若干の後ろめたさと同情を含んだ表情をするのだ。まるで「俺だけ悪いな」そんな感じで。
だが残念なことに、毎回「忙しいために挨拶だけしに来た」と差し入れを置いて帰ってしまうのだが……
その後の彼らの表情と言ったら……悲惨なものだった、そしてそれは何度も繰り返されてきた。
まぁ俺はその様子を見て、若干ほっとしていたのも事実だ……1人だけ楽とか許さない!
俺の方はというと、だいたい約1ヶ月後には何とか飛び移りながら攻撃する事は可能になった。当初は一方的に嬲られるだけだったが、手合わせという言葉と違わない程度には動けるようになった。
ただ動けるようになればなるほど、ハゲヤクザの攻撃も激しくなる。
「あっすまん、つい力が入ってしもうた」
と軽い感じで、例の木の枝で直径1m程の鋼鉄の玉を真っ二つに斬ったのには焦った。
マジで生きてて良かった!
知ってた?
よくアニメやゲームで、コンボで相手を空中へどんどん蹴りあげたり殴り付けていったりするよね?
アレ、マジなんだぜ……
まるで紙風船やボールのように、コンボを決められ、天井にぶつかった後に地面へと突き落とされ、また下から天井へ上げられたりしたよ。高笑いと共にね。
まぁ玉を積んで乗るとかは未だ無理だけどね……っていうか、あんなのただの人間の俺に出来るはずがない。
秋田さんのいない日はスキルを使用しての訓練、いる日は純粋に基礎能力のみでの修行となる。
同じ施設で訓練をするのだから、秋田さんにもスキル等を開示するのかと思ったけど、未だ極秘事項らしい。
そこでふと思ったんだ……このままだと、俺ってソロ活動しか出来ないんじゃね?もしくはクソ忍者や組長たちとの探索のみ……それは嫌だー!!
如月先輩とパーティー組みたいんだー!!
将来の俺の活動については、希望だけは捨てないとして、手合わせが普通に……普通?ともかく行えるようになってからは、常時鬼畜治療師から麻痺やら何やらの身体能力を下げる魔法を掛けられての訓練を繰り返していた。
お陰で麻痺耐性もMAXになり、新たな耐性スキルが生えてきたりしたよ。もちろんその耐性にあった魔法も掛けられた訳だけども。
あのババアとんだけ魔法スキル持ってるんだよ!
あっ、ババアとは言っても年齢的にはオバサン程度だ。
ちなみにキム的にはドストライクの年齢層らしいけど、「あれはさすがにちょっと……」と鬼畜さから無理なようです。
1度だけ、ちょっと、ちょっとだけ「このクソババアがっ」と思った時に、どうやらそれが顔に出てしまったようで……
「無限拷問って知ってるかい?回復魔法掛けながら拷問するんだよ……まぁだいたいの人間が口を割るね。どれ、いつかそんな日が来るかもしれない、今のうちに1度だけ体験してみるかい?」
そんな事をにこやかに言われた。
あの顔はヤバかった……本気でやる目だった。
だから速攻土下座しました。
そんな鬼畜治療師による秋田さんへの訓練は……
スキルを使用した回復行為が基本で、あとは基礎能力向上を主とした訓練かな。
多くは語るまい……
ただ一言で表すと、女子として見せてはいけない状態に顔や下半身がいつもなっていたとだけ。
ただ、そんな日が毎日当たり前のように続けば、感覚が麻痺……諦めともいうが、してくるのは当然だろう。
最近では基礎能力が上がったのか、アマとキムにも若干の余裕が見受けられるようになっていた。
そして謝罪を受けたのだ。
「絶対盛ってると思ってたけど、あの話ってまだ軽い方だったんだな」
「お前、よく生きてたな……いや、なんで生きてるんだ?」
とも言われた。
うん、俺もそう思うよ……本当に。
これまで幾度となく「このまま殺してくれ」とも思ったけどね。
そして昨日の事だ。
いつものように、俺は玉の上を跳び回りながらの手合わせ、アマたちは基礎能力向上訓練を行い、時計の両針が共に天を指す頃だった。
「なんて訓練を課しているんだ!?」
「風間教官っ!あんたうちの弟子らを殺す気かっ!」
突然大声でアマとキムの師匠が乱入してきたのだ。
そして2人に駆け寄ると、それぞれに「大丈夫か?」「これまで気付いてやれんですまなかった」とか声を掛けていた。
まるで地獄に助けに現れたヒーローのように、2人の目には映ったのだろう。
「師匠っ!」とか「ありがとうございますっ」とか言いながら、感動の抱擁シーンを繰り返していた。
だが俺は知っている……
師匠さんたちが入ってきた時、教官に目配せして、お互いにニヤリと笑みを浮かべていた事を……
泣きながら抱きついているアマとキムの姿を見つめる教官の眼が、同情に溢れている事を……
今も師匠さんたちの顔が、まるで笑いを吹き出しそうなのを我慢しているかのような事を……
明らかに仕組まれた寸劇。
きっとこれまで訓練前にしか来なかったのも、挨拶だけで帰ったのも、全てこの為の布石だったのだろう。
えげつない……
やっぱりえげつない……
そして今日、俺は同情されたのだ。
「俺たちだけ悪いな……」
「いい師匠に当たった」
ただ手が込んでいる分、洗脳紛いの事をして、精神を操っている分、お前たちの師匠の方がヤバイぞ!
あれは、お前らが女性だったら惚れたりするパターンのやつだぞ!
これって多分、何とか症候群とかそんな名前のやつだ!
そう言いたいが、今の彼らに何を言っても無駄だろう。
きっとその内気づくだろう、忍者組織はヤバイという事実に……
そして俺たちはもうそこから逃げられないという事実に……
どうしてこんな事になったのか……
誰か教えて下さいっ!!
それはともかく、この2ヶ月で親友の絆は深まったと思う。
秋田さんともそれなりに会話するようになった……仲良くなったかどうかは怪しいところだけど。
ただ気になるのは、最近秋田さんが俺を見る目が、少し怯えているのはなぜなんだろうか……
まるで組長たちを見るような目のような気がしないでもないけど、それは気のせいだと思いたい。
あんな化け物たちと一緒にしないで欲しい!!
だって俺は人間だからねっ!
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