第29話ーーカエルとクマ
「ほら、イモムシを人間にしてやんな」
「はいっ!」
「遅いっ!また自分の腕切り落として練習するのか?」
「ヒッ」
鬼畜治療師と秋田さんの会話だ。
イモムシとは俺のこと……
現在、クソ忍者とハゲヤクザに殴られまくって床に蹲っているのですよ。
どうやらついでに秋田さんのレベルアップを図ろうと企んでいるようで、実験体として扱われているのだ。
鬼畜治療師と違って、回復がゆっくりだからポーションよりも辛い。
泣きながら「ごめんね」って何度も言ってきてくれるけど、そんな事より早く治して……いや、治して欲しいけど欲しくない。
「腕を切り落とせばいいのか?」
とか、ハゲヤクザが嬉しそうな声を弾ませているから!
これ以上あの人たちを刺激しないで!!
どうしてこんな事になったんだよ……
秋田さんと爆走して施設へと着いて、すぐに着替えて中へと入ると、クソ忍者とハゲヤクザと鬼畜治療師が満面の笑みで玉乗りして遊んでいた。
どこから調達してきたのか、完全な球体の鉄の塊が大小いくつも床にたくさん転がっていて、それを5つほど重ねてその上に立ったりすわったりしている3人。教官は3つが限界のようで、「まだまだ修練が足りない」とか言われてた。
いやいやいや、球体を重ねるだけでも奇跡でしょ、その上に乗って静止しているとか……
相変わらず同じ人間技とは思えない。
3つでも、既におかしいからね?
「お恥ずかしい限りです」
とか、器用に玉の上で土下座とかしなくていいから教官も!
もしかしてこれやんの?
無理だよ?
「来たか、遅かったな」
「2人とも全力で走ってきました」
遅いという言葉に反応して、ビクリと肩を震わせ俯く秋田さんの代わりに答えた。
「全力と……まぁ秋田は息が切れているしわかるが、お前は余裕そうだな」
まぁそりゃ秋田さんと並走して来たからね。
「女性である秋田さんを放ってなど来れませんので」
秋田さん!この紳士っぷりを是非如月先輩にお伝え下さいね!
「あんた年下の小僧にこんな事言われるなんて、私の鍛え方が甘すぎたみたいだね」
「ヒッ」
あれ?
めちゃくちゃ睨まれたんだけど……おかしいな。
ナイスガイ横川の株がアップするはずじゃなかったかな?
なんかおかしな雰囲気だ……
ここは話を変えなければ!
「その玉は何でしょうか」
「あぁ、先日の儀でな、お前が飛び跳ね走ったのを聞いた。その際に何度も踏み台から足を外したりしたらしいではないか。故に、今日はこの玉の上を飛び移りながらの手合い……鬼ごっこをしようと思う」
重ねて乗るとかじゃなくて良かった……
じゃない!!
飛び移りながら走るだけでもしんどそうなのに、手合いをするって意味がわからないんですけど!?
そしてなんで言い直したんですか!?
「楽しそうだろ?スキルは一切使用不可だ。基礎を鍛える為だからな」
「秋田、あんたはとりあえずはその玉でも持ってスクワットしてな。まぁすぐにスキルを使う出番はくる」
秋田さんは鬼畜治療師とのマンツーマンか。
そうなると俺の相手はクソ忍者とハゲヤクザの2人?それとも鬼教官を入れての3人か?
「遅くなり……」
「おはようご……」
ようやくアマとキムが来たけど、4人の玉乗り姿に絶句している。
俺に説明を求めるような目をしないでくれ……俺だって意味わからないんだよ。
「お前たちの師匠から、基礎体力が足りなさ過ぎるので鍛えてやってくれと連絡を受けている」
「マジか……」
「はい……」
「と言っても、外はまだまだ暑い。そんな中を走らせたりするのは気が引ける。なのでこの施設内での訓練となるから安心しろ」
「「はい」」
教官の言葉に絶望の色を浮かべてるな。
わかるぞ、「安心しろ」って何を安心すればいいのかって事だよな。
「なぁヨコ、あのハゲは……ゴフッ」
おうっ……
アマが俺に小声で話しかけながら吹っ飛んでいったよ。
腕が曲がっちゃいけない方向に曲がってるし……
ハゲヤクザが乗っていた玉が1つ少なくなって、その玉らしき物が床に転がっているけど……あれっ?これはゴムっぽいバランスボールか?
えっ?これでアマの骨を折ったの?
ハゲなんてハッキリ言っちゃダメだよ。
そして伊賀とか一全とか関係ないのね……容赦ないのね。
そしてあの距離で聞こえるのか、気を付けよう。
「ほら、秋田!ぼさっとしてるんじゃないよっ出番だよ!」
「はいっ」
治療は秋田さんがやるようだ。
顔真っ青だけど、本当に治せるのか不安だ……
「天野くん、木村くん、山岡さんは敢えて剃っていらっしゃるのであって、決して君が言うような状態ではないんだよ。言葉に気をつけたまえ」
いいな?
余計なことをこれ以上言わないでくれよ?
お前たち自身のためだからな。
それに何より、もし機嫌が悪くなったら、俺が大変な目に合うんだから……
おっ、治ったみたいだ。
意外にそれなりに早いのかな?
これまで俺が受けた回復魔法は鬼畜治療師からだったから、どっちなのかわからない。
「よし、では天野と木村はこちらへ来い」
2人とも目が既に死んでいるな。
まぁさっきので、これから起きる事に気付いてしまったんだろう。
友よ!生きて無事に会える事を祈っている!!
「では鬼ごっこを開始しようか。立っていいのは、玉の上のみ。お前が俺たちに一撃いれる事が出来たらならそれで今日は終了だ」
はい、終了などしない事が決定しました。
「もちろんお前は武器を使用して構わん。手裏剣もいい。簡単な遊びだ」
果たしてこのクソ忍者は、『簡単』という言葉の意味を知っているのだろうか?
玉に乗るだけでも難しいのに、スキルなしで分身出来るやつにどうやって一撃を入れろと?
そして手合わせというからには、攻撃してくるんですよね?
絶望だ……
つい数十分前までの平穏が既に懐かしくさえ感じ始めている。
「こ、これは何ですか?」
「んっ?お前らもカンフー映画とかで見た事ないか?腹筋だ」
アマの悲鳴のような声が聞こえたので、チラリとそちらを見てみると、2人が背中合わせで逆さに吊るされていた。
「同じタイミングで腹筋して、上で手を合わせたら1回とする。今日は初めだから連続10回でいい」
あぁ、あれはキツイよね。
俺もやらされたよ……
俺の場合は1人だったから、代わり手に重りを持たされたけどね。
2人には連続という言葉の意味に早く気付いて欲しい……
連続か連続ではないか、そこは全て監督者に委ねられているという事を。
まだ頭の下に火を焚かれないだけマシだという事を。
それ、いつまで経っても終わらないやつだから!!
「ほら、とっとと一撃入れないと終わらないぞ」
そうですよね……
やるだけやってみますか。
っと、俺の玉だけ転がるんですけど!?
他の玉に飛び移りたくとも、体勢を整えれなくて跳べない。
「サーカスのクマの方が上手だぞ?」
「ほれ、カエルのように跳ばんか」
乗るというのを止めよう……
ジャンプして飛び乗り、その勢いで他の玉にと行けばいいんだ。
クソ忍者とハゲヤクザ……もう纏めてクソハゲでいいや、あいつらみたいに止まろうと考えるのがいけなかった。
ふぅ……
んっ?今視界の隅に何か変なものが映ったぞ?
「ほら、早く腰を上げなっ!何がキツいんだ?」
「うぅ……」
秋田さん、数十kgはありそうな鉄の玉を持たされているだけでなく、鬼畜治療師を肩車してスクワットさせられているよ……
クールな美人系顔が、涙とか鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
さて俺も行くか……
無理です……
無茶ですよ……これ。
跳べたはいいが、ツルんと転がって鋼鉄の塊に腹や背中を打ち付ける事、百数回。
いつものように投げられ殴られ蹴飛ばされる事、百数回。
全身の骨という骨を折りまくった、折られまくった。
それを泣き声を上げながら、回復してくれる秋田さん。
「ふははははははっ」
「くくくくくくくっ」
「ふふふふふふふっ」
クソハゲババアの笑い声が、施設に響き渡る。
「ほら、まだ0だぞータッチしろよー」
楽しげにカウントする鬼の声が響く。
くぐもった呻き声が所々から聞こえてくる……
もうその音を出しているのが自分なのか、それとも他の誰かなのか、わからない。
ただわかっているのは、ここは地獄だという事だ。
「本日はここまでにしようか」
その言葉が聞けたのは、深夜……日付が変わる頃だった。
「あんたは明日も学校なんて行かなくていいんだろっ?だからまだだよ」
俺たち4人がほっとしたのも束の間、鬼畜治療師から秋田さんへ容赦のない言葉が掛けられた。
あっ、秋田さんが崩れ落ちた。
希望を見せておいて、絶望を与えるという訳ですか……
やっぱり鬼畜だよっ!
秋田さんが俺たちの方を向いて、助けを求めるような表情をしている……
ここはポイントアップのチャンスか?
アマとキムは……うん、思いっきり目を反らしてるね。
よし、如月先輩への僅かな道を逃すわけにはいけないっ、助けよう!
「ちかま「なんだい?あんたたちも手伝いたいのかい?」つ……」
「いえっ、本日はありがとうございましたっ!」
「「したっ」」
秋田さん、そんな目で見られても無理ですっ!
生きてまた会える事を祈っています!
恨むなら、そこの鬼畜をお願いしますっ!!
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