第20話ーーギッチギチ
渥美ダンジョン前広場には、いくつもの行事用テントが設置され、着物姿の男女が忙しなく動き回っている。
ガランガランッ
「これより、順を決めるクジを引く。儀に参加する者は集まれ」
ヨーロッパの牛飼いが鳴らすような、大きな鈴が鳴り響き、アナウンスがあった。
俺と同じ歳の若い男女が、鈴の音の元にぞろぞろと並ぶ。
だが、俺は並ばない。既に順番が決まっているからだ。
はぁ、気が重い。
昨夜味のしない食事をとったあと、部屋へと戻り、教官たちに連れられ温泉に浸かったあとに、ようやく気になる儀が何なのかという説明となった。
儀とは……
今年ステータスチェックをした人たちが、渥美ダンジョンに潜る事を指すとの事だ。
ただ潜るだけならいい、それならまぁ、いつも通りの事だ。
憂鬱になるのは、いくつかの条件があるからだ。
一つ、組長たちが事前に決めた者同士が、2人1組となり行う。
2つ、その組には各部門の組長または能力が高い者が見守り人として付く。見守り人は一切の助力を禁ずる。但し、もし命の危険と判断した場合は許可するが、その時点において棄権と看做す。
3つ、ダンジョン最奥までの、それぞれの時間を競うものである。
4つ、第1陣から、それぞれ1時間づつずらしてスタートする。
5つ、荷物は全て、本部が用意したものを当日選び持ち込むものとする。
6つ、武器防具は、全て本部が前日預かり不正がないかをチェックする。
7つ、それぞれスタート30分前に着替え、荷を選ぶ事とする。
8つ、順番は当日クジにて決める事とする。
めちゃくちゃ、面倒なルールなんだよね。
1時間ずつっていうのは、もし全部倒して進んだとしても、1時間後には全てリポップするらしい。
仮に全組が同じスピードで攻略していくのなら、さして問題はないんだろうけどさ、ここで順番が問題になってくる。
前の組に追いつけば、それだけ楽になるって事なんだよ……
それなのに、俺の順番は1番目……辛い。
昨夜、部屋に武器防具を預かりに人が来たんだけど、その際に若様からの伝言があった。
「山岡の組長以外に、スキルを見せる事を禁ずる。また1位以外も禁ずる」
ひどい話だ……
絶対追いつかれちゃいけないし、尚且つ他のチームのスピードもわからないのに、1位を取らなきゃいけないとか……
どんな無理ゲーだよっ!
あ、他の探索者の人に迷惑なんじゃ?って思ったけど、問題ないらしい。
何故か?5日前から完全封鎖しているとの事だ。
一全流とやらは、そんなに力があるのかって震えたよ……
まぁ力もあるけど、それだけが理由ではなく、この時期になるとこのダンジョンは特殊な状態になる為に一般探索者では無理があるとの判断かららしい。
40階層全てが毒霧に包まれるらしく、耐性Lv4あれば、1時間に1回解毒薬を飲めば死なないらしい。
更に、湧きが激しいらしく、6日放置すると溢れ出すとの事だ……ここで考えて欲しい、そんなダンジョンなのに、既に5日封鎖して放置しているという事実。
モンスターでギッチギチなダンジョンで、タイムアタック……やっぱり無理ゲーだよ。
まぁ、救いはある。
これが倒した数は問わない、タイムアタックだという事だ。
そして昨夜端末でダンジョン情報を熟読し覚え、更に教官に付き合ってもらって軽く練習したので、何とかなるだろうとは思ってる。
ヒントは、幅3m程度の迷路型洞窟タイプだって事と、迷路の正解は端末に載っているって事だ。
「第1陣横川!これへっ!」
呼ばれたので、テントへ向かう。
途中、そこらかしらから「ざまぁ」とか「恥を晒せ」とか聞こえてきた。
うーん、本音としては、ドベにでもなって愛想つかされて解放……って流れがいいんだけど、昨日のアレを見ちゃうとね……
何をされるか……「切腹しろ」とか言われそうで怖いので、失敗を願う皆様には悪いが頑張りますっ!
「ここで着替えを」
テントの中には、監視員かな?こちらを黙って見つめる男性が3人いた。机の上には、見覚えのある物は一切なかった。
少し高そうな忍び装束と鎖帷子、額当て、忍刀やブーツなどが置いてあるけれど……
「すみません、この防具は俺のではないんですけど」
「預かった武器防具だが、あまりにも脆くハンデにしても酷すぎるという事で、相応の物を支給となった」
「あ……ありがとうございます」
脆いとか、酷いとか言うなよっ!
まぁ自覚はあるよ?
ただ、安かったのもあるけれど、購入当初はまだマシだったんだよ、クソ忍者師弟と訓練するまではだけどね!
だから、これは貰っても当然とも言えると思う。
……視線が怖いから、一応お礼は言うけどね。
それにしても、男に囲まれ見つめられながら着替えるとか、どんな罰ゲームだよ。
えっ?パンツも脱げ?
えっ?なんで触るの?
ヤメっ!
……ううっ、もうお婿に行けない。
……穴という穴を見られた。
こういう事をするなら事前説明が欲しかったよ……
そっちのケがあるのかと、怯えてしまったじゃないか。
1人、指遣いがなんか怪しい人がいた気もするけど、気のせいだと思いたい。
鎖帷子って重いと思ったけど、意外に軽い。
鉄って感じじゃないけど、何なんだろう。
忍刀の造りもしっかりしている。どこぞのキムとかいう見習いが作製した物とは大違いだ。
……っと全てにおいて細工とかはなさそうだ。
「着替え終わりました」
「問題なし、こちらに着いて来るように」
次はポーチを渡された。
「これは?」
「魔法袋だ、これに必要だと思う荷物を詰めたまえ」
魔法袋!!
時折ダンジョンから発見される、本来の袋の容量以上に物が詰め込める不思議アイテム。
駆け出し探索者にとっては、憧れの夢アイテムでもある。
もし買おうとすると、数百万の代物だ。
意外と安い?
それは作製出来るからだ、ダンジョン産の方が容量は大きいらしいけど、俺たち駆け出し探索者にとっては、些細な問題だ。だって、1番容量が少ない物でも、100kgは入るんだからね。
指定された荷物置き場に行くと、様々な物が山積みにされていた。
回復薬、解毒薬、水袋、簡易食料、ロープ、テントまでは理解出来る。だけど、肉、生鮮野菜、コンロ、鍋フライパン、食器類なんて誰が持って行くんだ?リバーシや将棋盤まであるし……
教官に聞いたところ、これまでの最短記録は25時間らしいけど……
もしかしてみんなピクニック気分で潜れるほど余裕だとでも言うのだろうか?
これはヤバい!
情報が少ない分不利だし、これは休憩とかしている暇はないかもしれない!
とりあえず必要だと思われる量の、回復薬、解毒薬に簡易食料と水袋、手裏剣……ロープは一応それっぽいし持っていこう。
あと目を引くのは、煙玉とか爆薬っていう忍者組織らしい物があるけれど、使った事もないから要らないかな。
「んっ?必要な物はそれでいいのか?」
「あっ、はい」
何か、「余裕無さすぎだろ、プッ」って笑っているように聞こえるのは、気にしすぎだろうか……
「ではダンジョン前にて待て」
指定待機場所へと行くと、そこには武闘派ハゲヤクザの山岡組長と、クソ忍者がいた。
「来たか、伝言は聞いているな?」
あの無茶ぶりの事ですね……
「はい」
「ならば良し、もし破る事があれば……わかるな」
わかるなって、この人今刀見てから俺の腹見たよっ!
明らかに「切腹なお前」的な感じですよっ!
「若、脅しはほどほどにしなされ」
ハゲ様っ!
顔は怖いけど、優しいっ!
「ところで先程見ておったが、解毒薬など必要か?」
「えっ?」
あぁ、やっぱりクソ忍者のお仲間だったよ……
解毒薬なしで苦しみながら走れと、そういう事ですよね?
「昨日の宴席での食事、お主全て平らげておったろう。それなのに必要なのか?」
んっ?
意味が理解出来ない。
確かに食べたよ?味は全く感じる余裕なんてなかったけれど。
「なんだ、わかっておらぬのか?あの飯全て毒が入っておったぞ?あれを解毒薬なしに食べれるのなら、この洞の毒霧なぞ害はない」
えっ……
何その嫌がらせ。
慰労会じゃなかったのかよ!
やっぱりこの団体狂ってる!!
騙された。
まぁ今更だし、どっちにしろ味はしなかったからいいけどね。
「ところでこれまでの最短は知っているか?」
「はい、25時間ですよね」
「……誰に聞いた?」
「風間教官です」
もしかして聞いちゃいけなかったのか?
もしそうで、切腹とかになったらゴメン教官!
謝るから、化けて出てこないでねっ!
成仏して下さい!
「期待している」
「おうっ、頑張れよ。聞いているとは思うが、1位になるとその今背負っている魔法袋が景品となる。更に記録を縮めた場合は、200万円が出るぞ」
「えっ?マジですか?」
「おう、マジだマジ。本来は1人100万円だが、お主は1人だからな総取りとなる」
それは朗報だ。
クソ忍者も頷いているし、これは意地でも頑張らないと!
24時間を目指すとして、40階層となると……単純計算で、1階層当たり36分か。
1階層当たりは情報によると、そこまで広くはなさそうだし、寝ずに行けば何とかなる!?
帰りは、40階層奥にある転移魔法陣に乗れば、一瞬でダンジョン前へと戻ってくる事ができるし……
ってやっぱり無理ゲー感バリバリだけど。
「儂の事など気にせず、自分の事だけ考えて遮二無二参れ。見守っておるでな」
「はい」
気にする余裕なんてある訳ないでしょ。
「よし、あと5分だ、気張れよ」
「はい」
「では、ジジイも楽しんでくれ」
「はっ!こやつの背中を見ながら散歩してきますわい」
40階層のダンジョンが散歩扱いかよ……
さすがは武闘派ヤクザだ。
クソ忍者と話す緊張感で、全く周りの事見えてなかったけれど、気付いたら広場に山ほどの人が集まってこちらを見ていたよ。
多分、昨日宴会場にいた人たちかな?
うん、そうだ。めちゃくちゃこっちを睨んでいるヤツとか、ニヤニヤしているヤツらがいるし。
ジャジャーン
「では、第1陣計測開始っ!」
銅鑼の音と共に、開始の号令の声が響いた。
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