第19話ーー髑髏でお酒は飲みますか?
「そろそろ宴会場へと行くか」
教官の声を合図に、ぞろぞろと部屋を出て会場へと向かっていたのだが。
「教官すみません、トイレ行ってきていいですか?」
「おう、会場はこの廊下を真っ直ぐ行ったところだからな、先行っているから早く来いよ」
メロンを意地汚く食べすぎたせいか、急に腹が痛くなってきたので、トイレに寄りたい旨を告げると、3人は先に行ってしまった……これが後ほどあんな騒ぎになるとは、この時は露ほどにも思ってもいなかった。
腹が痛いのに、なかなか出ていってくれないのは何故なのか……格闘する事幾分か。どうやら下っているのではなく、精神的なものだった模様。
ようやく楽になって、急いで宴会場へと向かったのだが、入ったそこは壮観な眺めだった。
バカでかい舞台がある大広間、その舞台の上には畳?と屏風が真ん中に設置されていて、その前に脚の付いたお膳。その左右に5つづつ同じお膳が置かれている。舞台前の広間には、向かい合わせに置かれたお膳が3列、ずらりと並んでいた。パッと見だが、全部で250〜280くらいありそうだ。
って、俺はどこに座ればいいんだ?
頼みの教官は……人が多すぎてわからん。
「横川一太様でしょうか?」
入口でキョロキョロしていたら、20代半ばくらいの京風美人といった色白美人な仲居さんに声を掛けられた。
「あっ、はい」
「席に案内させて頂きます」
「お願いします」
着物姿の女性のうなじって、なんでこんなに色っぽいんだろうね……
ドキドキしながら着いて行くと、案内されたのは列の中ではなく舞台から1番離れた、広間の片隅だった。
「えっ?」
「では、私はこれで」
場所はいいとして、お膳の中は明らかに砂まみれになってるし……どんな嫌がらせだよ。思わず声をあげたけど、そそくさと仲居さんは去って行ってしまった……若干意地悪そうな表情を浮かべながら。
マジか〜
教官を始め、知り合った3人は……うん、気付いていないな。
逆にこちらを見てニヤニヤしているのは、比較的若い世代?玄関で絡んできた奴らもいるようだ。
気に入らないのはわかるけど、ここまでするかね……
まぁ、後でコンビニでも行って飯を買ってくるとするか。
ざわめく会場の中、仕方なしに1人でぼーっとしていたら、絶倫ハゲを始めとして、10人の中老年の男女が舞台上の席に着いた。そして最後にクソ忍者こと若様が入ってきて、真ん中の席へと腰を下ろした。
すると、場は一気に静まり、全ての人間が正座して舞台方向へと頭を一斉に下げた。
まるで時代劇の殿様のようだ。
これって俺も下げた方がいいのかな?
誰か教えて欲しいけど、仲居さんまで頭下げてるしな……
とりあえず、空気を読んでおくか。
「横川、なぜお前はそこにいる」
頭を下げようとした瞬間、会場内をぐるりと見渡していたクソ忍者と目があったと思ったら、決して大きくはないがしっかり隅々まで響くような声で、名前を呼ばれた。
これは答えないといけない感じ?
「どうした?なぜそんな隅にいるのか聞いている」
「仲居さんに案内されたからです」
「仲居だと?どの者だ」
「あちらの……」
案内してきた時に意地悪そうな顔してたし、今も正座しながらこちらを見て睨んでるし……
是非怒られてしまえばいい!
「そこの者、なぜ故にその場所へと案内した、答えろ」
「……」
「聞こえぬのか?答えろと言うておる」
なんか雰囲気が殺伐としているんですけど。
宴会って感じはまるでないし……
あと、みんないつまで頭下げてるんですか?「面を上げよ」とか号令でもあるんですか?
「答えぬか」
クソ忍者とは違う声が近くから聞こえて、思わず横を見たら、いつの間にか黒い忍び装束を着た人が、仲居さんの首元に刀を当てていた。
どこから現れたんだよ!?
そんな物音も気配も、一切なかったんですけど?
「若は答えろと聞いておられる、早う答えぬか」
「わ…わ…わかさきらくんに頼まれて…ううっ」
小さな震え声だよ……何言ってるかほとんど聞き取れなかったよ、黒幕が。
そりゃ刀突きつけられたら怖いよね、泣いてるみたいだ。
って、もう1回見たら忍者居ないし……おうっ、今度はもう既にクソ忍者の近くに居て耳打ちしているし。
本当に何者なの?
「皆の者、面を上げよ」
あっ、本当に言うんだ?
なに?ここだけもしかしてタイムスリップでもしてるの?
「若狭綺羅よ、立て」
んっ?
若狭?
もしかして草履取りのアイツ?
って誰も立ち上がらないんですけど……
「聞こえぬか?立て」
おっ、立ち上がった……あぁ、またあの神出鬼没な忍者が刀の柄に手を掛けた状態で立ち上がった奴の横に座ってるよ。圧力に負けて立ち上がったってわけなんだね。
そしてあの若狭だったようだ。
どうでもいいけど、アイツ綺羅なんていう名前だったんだね、同じクラスになって2年目だけど、初めて知ったよ。
「なぜ故に横川の席をあのような場所にしたか答えよ」
「い、一全でも饗談でもない、どこの馬の骨ともわからない孤児なので、列には入らない場所が相応しいと思いました」
「ふむ、お前はアレが我らの仲間に入るのにはそぐわないと?」
「そ、その通りです」
珍しくお坊ちゃまくんの言う事が正しいじゃないか。
全くその通りだから、早く俺を解放してくれ!
「初代御館様より、能力ある者は取立てるとの方針を綿々と受け継いできた事に不満があるという事か?」
「い、いえ……で、でもアイツに能力があるとは思えませんっ!」
「ほう、俺の眼力に信用がおけぬと」
「ち、違います」
「違うとな……では、どういう意味だ?」
「……」
負けるなっ!
頑張るんだ、お坊ちゃま!
「埒があかぬな……では、もう一度聞こう、なぜ横川をあのような場所に案内させた」
「わ、若の直弟子という事で、特別席をと思いました」
あちゃー
追い詰められて、意味のわからない事を言い出したよ。
さっき言ったことと、まるで違うじゃん。
がっかりだよ……まぁ期待もしていなかったけどさ。
「ほう、特別か、特別席ならば納得した。能力ある者と認めて、案内させたのだな?」
「は、はいっ!」
なに嬉しそうな声出してるの?
俺の方をチラッと見て、ニヤついてるんじゃないよ!
どう考えてもクソ忍者がその説明を受け入れたとは思えないでしょ。
あまりにもの張り詰めた空気に、何人かの女の子とか泣いちゃってるじゃん。
どうなんの?これ……
「ところでお前の職は何だったかな?」
「……です」
「聞こえぬ、もう一度申してみよ」
「草履取りです」
あぁ、やっぱりまだ草履取りなのか……
「ほう、草履取りといえば、御館様に仕えておった、かの猿と同じではないか!末は天下取りかも知れぬ素晴らき職!」
「ありがとうございます!」
「天下取りとなる職こそ、特別であろう!横川のような、ただの俺の弟子なんかよりもよっぽど特別であるなっ!お前こそ、特別席に座るが良い」
「えっ……」
「遠慮するではない、さっ、移れ」
「……」
急に褒めだしたと思ったら、そういう流れに持ってくのね……
若狭は……そりゃあ嫌だよね。でもまぁ、これは移動せざるを得ないな。
「……はい」
「んっ?なぜ故に膳を持ってゆこうとする」
砂まみれなのもこいつの仕業か。
「どの席も俺も同じ料理が並んでいるはずだ、運ぶ必要はないのではないか?」
「……」
「どうやら特別なお猿様は、ご自分では移動出来ないらしい、運んで差し上げろ」
忍者に首を捕まれ、引き攣られてくる若狭……
えぇ……俺はどうしたらいいの?
「横川は特別なお猿様が仮初に座していた場所は、恐れ多くて座れんだろう。そうだな……風間の横の加藤辰之助、すまぬが代わってやってくれ」
「
教官の隣とは、気を遣ってくれている!?優しいとか逆に怖い。
1番右の列の真ん中辺り、そんな場所に教官はいたのか。
手招きされているので、仕方ない……歩いて行くか。
めちゃくちゃ注目されてるし、なんかまたお腹が痛くなってきた気がするんだけど。
トイレに……いや、重病かも知れないから病院へ行かせてくれませんか?
まぁ、こんな雰囲気で言えるはずもないけれど。
「さてお猿様、特別尽くしだ、特別に先に箸をつける事を許そうではないか。さぁたんと食え」
「……」
隅っこのお膳の前で、まるで石のように固まってるよ。
「食わんのか?」
「め、滅相もございません」
「どれ、俺が食わしてやろう」
クソ忍者が舞台から降りてきて、若狭の所へ向かっていく……
ヤバい、怖すぎる。
「ほう、これが特別な飯か。俺には砂まみれにしか見えんが、お猿様にはこれがご馳走となるか。いや、さすがは天下取りよ。さぁ遠慮はいらん、たんと食え」
何が怖いって、その声色だけ聞いていたら、まるで本当に褒めているかのような、優しげな感じがする所だよ。
「ほれ、食え」
「ゔゔゔっ」
遠くてよく見えないけれど、アレは形的に見て蟹の焼きものかな?口元に押し付けられている。
「どうした?口を開けんと入らんぞ?……あぁ、俺とした事がすまん、お猿様は箸では食べんか」
確かにムカついたけど、もう勘弁してやって!
見てらんないよ……
バキャッ
ん?
バキャッ?
音に驚いて若狭の方を見てみると、若狭の顔はお膳に突っ込んでた……後頭部にはクソ忍者の足。
上から踏まれたんですね……
「せっかく用意した飯を喰らわぬというのなら、腹を切れ」
黒装束の忍者が、そっと刀を若狭の前に置いているよ。
マジで何時代なの?
教官の与太話かと思ったけど、マジで織田信長の子孫って話が信じられるかも。
その内、
怖すぎるんですけど……
クソ忍者とか思って、すみませんでしたっ!
「ごようじゃをぅぅ……」
「チッ……興が冷めたわ、この猿の飼い主はどこにおる」
「「ここに」」
若様の言葉に、テレビで見た事のある2人が近寄って行って揃って土下座した。
ってか、パパママいたのかよ……
それならもっと早く助けてやれよ。
「猿を連れて部屋へと戻れ、追って沙汰を言い渡す……んっ?そういえばその猿は明日の儀に参加予定だったか?」
「はっ、その予定で御座います」
「ふむ、参加は許してやろう」
「有り難き幸せ」
追って沙汰とか、これまた時代劇でしか聞いた事のない台詞が飛び出してきた。
儀って何だろう……なんか嫌な予感がする言葉だ。
「では去ね」
顔が砂まみれで、何となく股間が濡れているお坊ちゃまをパパママが連れて消えていった。
ってか、若狭だけじゃなくて、見て見ぬふりをしていたり、わかってたヤツも多数共犯がいると思うんだけど、スケープゴートなのか?
「くだらぬ事をする暇があるならば、各々精進に励めっ!」
おっと、やっと舞台上のオッサンが喋った。
これでこの惨劇も終わりかな?
「先程のクズもそうだが、俺の弟子とした事を不満とする者がいると聞いた、そこで明日の儀には横川も参加させる。その結果を見てから、物を申せ。明日は総勢18人の9組であったな……まぁアイツは1人で十分だろう、見守り人は山岡のジジイとする!以上である」
まだ終わってなかった……
だから儀ってなんだよ!?
ちょっ!みんなは2人組なのに、俺だけ1人とかどうなのさ……誰か教えてくれよ!!
嫌な予感がますます大きくなってるんですけど!?
「では、乾杯っ!」
やっと飯だよ……
豪華そうな料理だったけど、正直味なんてしなかった。
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