Case.06 ルドベキア
〈Case.06 ルドベキア 20歳女性 大学生〉
【ルドベキアの花言葉…正義、公平、あなたを見つめる】
ああ、やっと治療をして頂けるんですね、私の天使様!
この日を、私ずっと待ち望んでいたんです……!
(『天使』という呼称を否定するカクタス医師の声と、椅子から激しく立ち上がる音)
いいえ、いえ、あなたは確かに、私の天使様です。神様です。
いや、私だけの神様でいてはいけません。あなたは人類の神様です。そうでなくてはいけないのです。あなたは、この罪深い人間という種を救済する存在なのですから。
私の録音音声を聞いた愚かな政府の人間どもも、きっと先生の素晴らしさを、私の思想を、分かっていただけると思うんです。はい。大丈夫です。私は落ち着いています。正気です。
(『ルドベキア』が再び着席する音)
私が精神治療をして頂きたいと思ったのは、人の醜さに心底絶望したからです。
人間は、邪悪な生き物です。神にそう作られたのだとしか思えないほど、醜悪な生き物です。
はい、はい、我慢ならないのです。優しい人、真面目な人が損をし続け、悪人やずるい人が得をし続けるこの世界に。優しい人ほど、傷つけられる。穏やかな人ほど、悪意の牙にかみ砕かれる。ああ、ああ、これを天の神はお許しになっているのです。これが人間なんです。うまく人間をしていくには、やさしくなりすぎないこと、真面目になりすぎないこと、なんて、間違っているとは思いませんか?ねえ、先生。先生、私知っているんですよ、お調べしたんです、先生のお兄さんが、唯一の味方だったお兄さんが、どんな目に遭ったか……
(「やめてください」と静かに制止するカクタス医師の声)
あ、あ、ごめんなさい、私先生に、そんな顔させるつもりじゃ……いえ、ごめんなさい、言い訳です。でも先生なら、分かっていただけると思うんです。人間は悪性を捨てられない。「人を傷つけるのが楽しい」という本能に抗えない。抗わない。争いが、楽しいんです。人間は。たとえどんなに人間たちがこの先知恵を磨いても、人間たちは争い続ける。私には確信があるんです。人は滅ぶべき種です。永遠に分かりあえない。争いあう、争いあうんです。
人はみんな、死ぬべきなんです。私も含めて。一人残らず。そうすれば争いはなくなります。そうしないと争いがなくなりません。
(『ルドベキア』が一息つく音)
……でも、それは先生がいなかったらの話です。
ええ、人類は幸運なことに、先生という救いを手に入れました。
先生の技術は素晴らしい。先生の手で人間の感情を取り払えば、人間の感情由来の悪、悪意が消え去るはずなんです。そうしたら、この世界はきっとものすごく美しい。
人は人を傷つけることなく、この星で生きていけると思うんです。そうは思いませんか?
(数十秒の沈黙)
……いえ、私はもう、何も申しません。
私は全ての悪に目を閉ざし、悪のない美しい生き物に生まれ変わるんです。
ああ、もう、自分の内から生まれる悪にも悩まされなくて済むんです。なんて素晴らしいんでしょう。夢みたい。先生がこの世に生まれたことは、この世界で唯一の良いことです。
はい、はい、一秒でも早く施術をして頂きたいです。私はもう、心という罪悪を少しだって持っていたくないのです。はい。お願いします。
……ああ、先生。先生の行いは、正義です。まぎれもない善です。
人間という種に、幸福をもたらす、絶対の……。
〈Case.07 マリーゴールドへ続く〉
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