Case.05 カタバミ

〈Case.05 カタバミ 27歳女性 主婦〉


【カタバミの花言葉…母の優しさ、喜び、輝く心】



ああ、やっと許可が出たんですね!

よかった、これ以上家を空けられませんから……


録音、録音ですよね。はい、大丈夫ですよ。

大変ですね、先生も……こんなに素晴らしいことをされているのに、監視付きで、会話を録音したものの提出が義務だなんて。まるで、犯罪者扱いじゃないですか。


あ、え、もう始まってる?!ご、ごめんなさい……大丈夫かな。いや、でも、今更か。

先生が一度逮捕された時のデモ、ニュースで拝見しました。先生は本当にたくさんの人を、救ってこられたのですね。……。


(もし、と声を掛けるカクタス医師の声)


ああ、ごめんなさい!ぼーっとしちゃって……あは、私いっつもこうなんです。母にも、どんくさいってよく叱られて……。ふふ、先生みたいにしっかりした人に、なりたいですね。


ごめんなさい、本題に戻しましょうか。

私が感情を捨てたいと思ったのは……生まれてくる子供のためです。はい、妊娠してるんです、私。感情治療が、妊婦にも行えるもので、本当に良かったです。


……私の母は、よく私を怒る人でした。いえ、まあ、私がどんくさいのが悪いんですけど……私はしょっちゅう怒鳴られ、叩かれて育ってきました。嫌なことも、沢山言われました。私はね、実を言うと……母のことが嫌いなんです。女手一つで私のことを育ててくれた人に何を、って思うかもしれませんけれど、それでも、やっぱり、どうしようもなく、嫌いなんです。夫と出会って、結婚した時も……絶対に、母のような親にはならないぞ、って思ってたんです。私はこどもを、優しく、正しく、育てるんだって。


……でも、妊娠が分かってから、私は急にとてつもなく不安になったんです。

思い返せば、私は母に迷惑ばかりかけていました。学校の成績も悪かったし、特に何か、特別な才能があるわけでもなかったし、親孝行でもありませんでした。そりゃ、派手な悪事なんかはしなかったけど……でも、私をここまで育てるのにかけたお金に見合う人間では、なかったと思います。そりゃ……イラついて、殴ったり、怒鳴ったり、しますよね。親も人間ですもん。学生時代よく友達に親ガチャ大外れ、なんて零した気もしますけれど、それなら私だって子ガチャの大外れなんです。こんなことを思っちゃうのが、嫌で……。


……。こんな人間が、果たして母よりもちゃんと子供を育てられるでしょうか。

私も母みたいに、苛立ちに任せて子供を殴ったり怒鳴ったり、するんじゃないでしょうか。

そりゃあ……それは子供が生まれてみないと、わかりませんよ。でもね、親と子に「試し」なんてのはないんですよ。「失敗」はただ……買ってきた卵を床に落としちゃうのとは、訳が違うんです。心に傷を負うし、人生が変わってしまうかも……最悪、死んでしまうかも。

人間を育てるのは、人間ではいけないと、私思うんです。


だから、私は感情を捨てることにしました。

怒り。悲しみ。苛立ち。エゴ。そういったものをすべて捨てて、完璧な母になるために。

不幸な子供、傷を抱えて生きる子供を、私の胎から生まないように。

幸せな子供を、感情を捨てなくていい子供を、作るために。


それではどうか、よろしくお願いします。

私と、私たちの子供のために。



〈Case.06 ルドベキアへ続く〉



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