Case.03  ウメ

〈Case.03 ウメ 16歳女性 高校生〉


【梅の花言葉…高潔、忍耐、忠実】


良かった。許可が下りたんですね。

未成年者への施術は、色々面倒な手続きを踏まないといけないんですよね。

まあ、私の場合は両親が許可しているので、他の方より早く下りると思っていましたけれど。


……録音?はい、どうぞ。構いません。

未熟な私の発言が音声記録として残されてしまうのは恥ずかしいですけれど。


きっかけ?そうですね。『悪魔のささやき』です。

……分からないという顔をしていますね。

『悪魔のささやき』とは、私の中から湧き上がってくる欲望の事です。

勉強なんてしたくない。友達と夜遅くまで遊びまわりたい。体に悪い食べ物を食べたい。

……誰かと、恋をしたい。

そういった、悪しき欲望のことを言います。


……私の年代だったら普通?

いいえ……だめなのです。それでは、私は父と母が満足できるような優秀な人間にはなれないのです。ただでさえ、私は何のとりえもない人間なのですから。


それに。感情とは合理的で理知的な判断を阻む障害です。

存在しない方が、フラットに物事を見られるでしょう。

優秀な人間には、必要なことです。


両親ですか?ええ、尊敬していますよ。

高名な医者と科学者である父と母を両親に持てて、私は幸せだと思います。

私の夢は、父と母のような優秀で人類の発展に貢献できる人間になることです。

そうあるべきだと思います。



……私自身に夢はないのか、と?

私の夢はさっきお話したと……『こうあるべき』ではなくて、ですか。

難しいですね。私の判断の基準は物心ついたときから『こうあるべき』でしたから。

強いて言えば……幼いころの夢はケーキ屋さん、だった気がします。

はい。きっと誕生日に買ってもらったケーキを見て、その輝きに憧れたのでしょう。

ふふ……なんとも子供らしい、単純な理由ですよね。


はい。私は父と母を愛しています。

厳格ですが、私の事を色々考えてくださいますから。

ええ。それに……俗っぽいですが、いくらか裕福であるようですし。

他の……子供を虐待するような親に比べれば、随分といい親であるのでしょう。


……私は愛されているんです。そのはずです。

なのに、それを窮屈だと思ってしまう私がいるんです。

両親は私の事を思って、学校も、進路も、趣味も、友人も、将来の夫も、選んでくれているのです。

それなのに……全部自分で選びたいと思ってしまう私がいるんです。

好きな勉強をして、好きな遊びをして、好きな友人と好きな趣味にのめり込んで。

これは、とても悪いことなんです。


……ですから、普通じゃだめなんですってば。

私はお世辞にも優秀な人間ではありません。だから、才能を努力で補わなければ。

そしてその努力をするには、誘惑を断ち切らなければいけないのです。

だから、私に感情なんていりません。

私はただ、両親の敷いたレールを走り抜けられれば、それでいいのです。



……以上ですか。それはよかった。

それでは、よろしくお願いします。


ご安心ください。先生のおかげで私はきっと、この国の未来を導ける素晴らしい人間へと羽化することができるでしょうから。




〈Case.04 ユリへ続く〉

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