Case.02 クロッカス

〈Case.02 クロッカス 29歳男性 元自営業〉


【クロッカス(紫)の花言葉…愛したことを後悔している、青春の喜び】


……はあ、録音ですか。

構いませんよ。必要なことなのでしょう?

治療を受ける動機、それを話せばいいのですよね。

……ふふ、ちょっと緊張しますね。


きっかけは……恋人の死です。

『彼』は……小学校からの幼馴染で、体が弱くいじめられやすかった私を、いつも庇ってくれる優しい人でした。

ええ、はい……同性だったんです、私の恋人。


出身地の欄を見ていただければ分かると思いますが……私たちは田舎の出で。

それはもう、大反対に遭いましたよ。

外に出ればヒソヒソ噂をされ、直接嫌味を言われたこともありましたね。

「親御さんがかわいそうだ」とかね。

ええ、笑っちゃうでしょう?このご時世に。まだそんな旧時代的な村があるんですよ。

嘆かわしいことに。

旧時代の頭のまま、次の世代を育てるものだから価値観がアップデートされないんです。

インターネットなんて見ませんしね、彼ら。


ですので、都会に逃げてきたんですよ。

あんな辺鄙な村に未練はありませんでしたし、彼との恋は楽しくて、幸福でした。

……ええ、本当に……本当に楽しくて……幸せで……。

周囲の偏見なんか、屁でもなかったんです。あの人がいれば……。

あの人が隣にいれば、地獄でも楽園だったんです。なのに……。


え、あ、ああ……ごめんなさい。大丈夫です。

ハンカチ、後で洗って返しますね。



……あの人を殺したのは、老人の車でした。

やけによく晴れた日だったのを、今でも覚えています。

耄碌した頭で車を運転して、普通に買い物していただけのあの人を轢いたんです。

本当に、本当に突然で……。私はしばらく受け入れられなくて……。

受け入れられるわけ、無いじゃあないですか。

だって、その日の朝、私達はいつもどおりいってきますと行ってらっしゃいを言ったんです。

あの人は「明日は記念日だから、どこか良い所に食べに行こうか」なんて言っていて……

明日なんてないって……私もあの人も、知らなかったんです。


……死体は、見てないです。

見ない方がいいって、警察の方に言われたんです。……。

本当に、酷い有様だからって。

だからですかね。家に帰った後も、あの人がいると思って、ただいまって言って、二人分の夕食を用意して、………(この先は嗚咽で、言葉になっていなかった)


私からあの人を奪った老いぼれをこの手で殺してやりたかった。

思えば私たちは何度となく「老いぼれ」に苦しめられていましたから。

でも……そいつはあの人の葬儀が終わればもうとっくに頑丈な塀の中だった。

一般人の私では手出しできない、安全な安全な収容所。

……笑っちゃいますよね。あいつは私から一番大事なものを奪ったのに、あいつは数年檻の中に入れられるだけで良いんだ。ほんと笑っちゃいますよ………


……でも、私は生きていかねばなりませんから。

悲しみを押し殺して、仕事を続けていました。続けようとしたんです。

でも……でも。あの人が隣にいないのが、辛くて、悲しくて、痛くて……。

嗚呼……そして私は、あの人を愛したことを、あの人と恋したことを、後悔、しはじめるように、なってしまったんです……。

こんな思いをするなら、こんな恋しなければよかった。

こんなに辛いなら、あの人と出会わなければよかったって。

……最低ですよね。あの人はあんなにも、私を愛してくれていたのに。


……後追いも考えましたよ。

でも、練炭を買ったあたりでふと思い出したんです。

安い缶ビールを飲みながらくだらない番組を見ていた時の事。

ふと、私達のうち片方が死んだらどうするー、みたいな話になったんです。

きっと、そういう内容がやってたんでしょうね。

……酔った頭で私が後追いする、なんて言ったら、あの人はひどく怒って。

そんなことしたら現世にバットで打ち返してやる、なんて言っていて、ふふ……。

……。約束、なんです。どちらか片方が死んでも、後追いしないって。

あの人は約束に厳しい人でしたから。

きっと……後を追っても怒られてしまいます。


ですので……感情を、私の「悲しみ」と「後悔」を治療して頂きに来ました。

本来、社会に馴染めぬ方のための治療だと聞いていたので、心苦しくはあるのですが……。

……はい。ありがとうございます。よろしくお願いします。


あの人を失って空いた穴はもう塞がらない。

けれど……その穴から目を逸らすことは、できると、思うのです。


……。私の話は以上です。

お役に立てましたでしょうか……。


ああ、そういって頂けると、私も、あの人も、嬉しいかと思います。

では先生、どうぞよろしくお願いします。





〈Case.03  ウメへ続く〉


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