Case.01 アザミ

<Case.01 アザミ 22歳男性 大学生>

【アザミの花言葉…独立、報復、触れないで、人間嫌い】


……あ、やっと治療してもらえるんですか。

この日を……どれだけ待ちわびたことか……。

え?録音ですか?はは、いいですよ。治療さえ受けさせてもらえるなら……なんだっていいです。

……いや、確かこれ政府に提出するんですよね?じゃあぜひ録音してください。

そして政府の立派な人間どもに聞いてもらうんだ、この俺のクソみたいな人生を!


……俺の人生が歪み始めたのは、中学の頃だったな。

お決まりのいじめですよいじめ。俺は体も声も小さくて……いじめやすかったんだろうな。

クラス中が俺を楽しそうに楽しそうに揶揄いやがってさあ……他のクラスの奴らまで、俺が廊下を歩いてるとくすくす笑うんだ。あれは本当に嫌だった。


ああ、もちろん教師に相談はしましたよ。親にもね。

でもあいつら、なんて言ったと思います!?

「いじめられるのはお前が原因」だの、「みんなと仲良くしなきゃダメ」だの!

そんな定型文みたいなクソみたいなことばっかり言いやがって、終いには俺を悪者扱いですよ!嗚呼くそったれめあいつらはまだ生きてるんだのうのうと正しい人間ですみたいなツラしてのうのうと……幸福に……笑顔で……!

(ここで何かが床に叩きつけられる音が響いた)


……ああ、ごめんなさい。思い出したら悲しくなってしまって……。すいません。

いえ……大丈夫です。続けます。大丈夫です……。言いたいんです、お願いします……。


……ありがとうございます。

そいで、無事に中学を卒業して、中学の奴らがあんまり進まない高校に進めましたよ。

ああ、卒業式の日は嬉しかったなあ。俺をいじめるクソ共ともう顔合わせなくていいんだと思うと笑いが止まらなくって。卒業式はずっと笑顔でしたよ。皆がなんで泣いてんのかわかんなかったです。


……でも、高校は高校で地獄でしたよ。

中学でいじめられて以来、人と話すのがすっかり怖くなっちまったんです、俺は。

だから新しいコミュニティを作ろうとしても、どうしても足がすくんじゃって。

あっというまに、浮いちまったんです。

……中学よりはマシでしたよ。面と向かっていじめられはしませんでしたから。

でも分かるんです。クラスのみんなが俺を疎ましく思ってるの。

高校ってのは青春するところですからね。俺みたいな暗いのは邪魔なんです。

文化祭とか体育祭とか……毎回サボってましたね。親にも内緒で。

……親は勝ち組ですから。俺の気持ちなんて分かるわけないんです。


……一番つらかったの、大学や高校でのキャリアの授業かもしれないです。

ほら、今って仕事が「ロボットにはできない、人間らしいあたたかみ」が必要な仕事しかないじゃないですか。事務とか工場とか、無いんですよ。み~んな機械がやってくれちまってるんだから。

……でも、大学に上がる頃にはすっかり人間を嫌いになってまってたんです。

全員が俺を冷たい目で見る。全員が俺を蔑む。

そんな種族をどうやって好きになれっていうんですか?

優しくしたって、にこやかに接したって、気持ち悪いと思われるだけなんです。

他人に優しさとかそういうものを振りまく余裕は俺にはないんです。

……そんなもの、俺が欲しいっすよ。

でも授業でおんなじことを繰り返すんですよ。

「人にやさしく」「思いやりの心を」「真心を込めた接客を」「明るい社会」……。

吐き気がしました。ああ、こいつらの頭の中で俺みたいな社会不適合者はいないことになってるんだなって。


……自殺も考えましたよ。というか中学のころからやろうと考えてはいました。

でも、どうしても実行に移せなくて……。はは、情けないですよね。

俺には人を好きになる勇気も、潔く死んじまう勇気もないんだ。


……治療代、接客のバイトで稼いだんすけど……それも辛いんです。

俺が噛むたび、案内を間違える度、声が裏返る度……客が俺を狂人を見る目で見てくる気がするんです。なにかおかしいものを見る目で……俺が出来損ないみたいに……いや実際出来損ないなんですけど……へへ……。



……でも、先生の治療を受ければ、それも無くなるんだ。

俺の人間嫌いも、社会への気持ち悪さも、無くなるんだ。

……精神疾患も治るんでしたっけ。じゃあもう人の笑い声とか視線とかにいちいち怯えなくたっていいんだ……。はは……先生は神様だ……。先生こそが……本物の……。

(『アザミ』の声は徐々に涙声になっていった。)


……ああ、すいません。泣いちゃって。

幸せなんです。真人間になれることが。この気持ち悪さを捨てられることが。

……一応確認なんですけど、前の捨てた感情が戻ってくる、なんてことはないんですよね?


……ああ、よかった。それを聞いて安心しました。

感情なんて……もう御免ですから。

もう……こんな日常的に続く不快感や恐怖は味わいたくないんです。

ただ何も感じず、自動的に人に接したいんです。


……そういや、昔のSFとかって人間がロボットにされることに嫌悪感を示すものが多かったですよね。感情こそが正義、みたいな。

……昔の人にとったら、俺はかわいそうな犠牲者で、先生は悪のマッドサイエンティスト、みたいな書かれ方をするんでしょうね。……そんなことないのに。

俺はずっと、ロボットになりたかったんだ。

何の疑問も、何の感情も持たず、ただ平静に笑っているロボットに……。



……これで俺の話は終わりです。聞いてくれてありがとうございました。

術後1週間でしたっけ、退院できるのは。

……あ、2週間か。すいません。ごめんなさい。忘れっぽくて……親父にも何度も呆れられましたよ。いつもぼんやりしてるからお前はいつもそうなんだって。



ああ、楽しみだなあ。俺はこれでやっと、必要のないゴミじゃなくなるんだ……。

正しい人間になれるんだ……人に笑顔を向けて、何の疑念も恐怖もなく話せる、正しい人間に……。





<Case.02 クロッカスへ続く>

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