ガーデニア感情治療病院

水色猫

Case.00 ガーデニア感情治療病院案内

【ガーデニアの花言葉…とても幸せ、喜びを運ぶ、洗練】


……どうも、お待たせして申し訳ありません。

はい、私がガーデニア感情治療病院院長のカクタス・ガブリエラです。

といっても、ここに医師は私だけなのですが。

ええ、見ての通り小さい病院ですからね。


さて、本日はどの様な『感情』を治療しに……

取材?……はあ。やっと止んだと思ったらまたですか。

出来たばかりの頃は様々なマスコミが押し寄せてきましてね。

患者さんのプライバシーを好奇心で暴き立てようとするものですから本当に困って……。


……まあ、私の友人の紹介なのでつまみ出すわけにはいかないんですけどね。

作家さんということですが……患者さんのプライバシーは厳守して頂きますよ。仮名を使うとかね。

迷ったら……そうですね。花の名前なんていかがでしょう。

彼らの一時保護のための病室には、全員違う花を生けていたものですから。


はい、こちらが患者さんの『感情切除手術』前の、最後の会話を録音した音声データになります。

……ええ、毎月政府に提出しているものの複製です。

なんで政府なんかに、って……ふふ、決まっているじゃないですか。

倫理に問題があると騒がれた治療ですからね。彼らが無理やり私のモルモットにされていないと証明するためのものです。

いわば、私の免罪符ですね。個人的な趣味ではありませんよ。

世間の物好きな方々の勘繰りと違って、私の性癖は一般的なんですから。


……ああ、私達を題材に小説を書くのならば、私がこの病院を建てた背景もご説明した方がいいかもしれませんね。『正しき人々』が、きちんと彼らを理解できるように。


あなたもご存じの通り、我々人間が行っていた仕事の約半分は、人工知能やロボットたちにとって代わられました。

あとに残ったのは「ホスピタリティ」……人間らしい優しさ。もてなし。温かさ。……。

そういったものが要求される仕事だけです。

……まあ、私は教師とかはロボットに置き換えた方がいいんじゃないかと思ってますけど。


そういった情勢の中で、その温かさを持てなかった人たち、人間を嫌いになってしまった人たちの失職率や就職失敗率は跳ね上がり、自殺者もそれに比例するように増えてきました。

人間たちはもはや、『愛し愛された、人間が好きな明るい人間』以外は正しくないと定義してしまったのです。

そのおかげで、少子化はさらに深刻化。若者の自殺防止を論じる議論が毎日のように繰り返されました。


……そこで私は、彼らの『絶望』を消し去ることにしたのです

方法自体は簡単でしたよ。ロボトミー手術という前例がありますからね。

……あれを改良したものです。脳を切り取ったりはしていませんよ。ご心配なく。


先ほど申し上げたように、最初は倫理的に問題があると騒がれましたとも。

ええ。若者の自殺を止めるのに精神論しか思いつかない老いたサル共に。

(このときのカクタス医師は非常に穏やかな微笑を浮かべていた)


一時私の『治療』は禁止され、私も逮捕されかけましたが……

私の患者さんたちが反対運動を起こして成果を主張してくれましたので、私は無事治療ができているという訳です。ありがたい話ですね。


……今では、感情治療は一つの医療として立場を確立しつつあります。

社会に適合できない若者だけでなく、『感情』に悩まされる方の来院が増えまして。

……それだけ、今の社会が闇を孕んでいるということなのでしょうね。

あまりに……あまりに、ふるい落とされる人間が多すぎる。

『正しき人間による善き社会』は、そんなに尊いものなんでしょうかねえ。

私もどちらかといえば彼ら寄りなので、その答えはわかりませんが。



……話が少し長くなりましたね。

では、最初はこちらを。

……彼は私が救いたかった数多の若者たち、その典型的な例のような方でしたから。



〈Case.01 アザミ へ続く〉

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