エピローグ
かけつけたマネージャーAが警察と救急車を呼んだ。
マネージャーBは警察に連れて行かれた。
わたしはミシェルに付き添ったけど、病院に着くなり死亡が確認された。
事情聴取では、昨夜ヒカリさんの件で聴取された警官と再会して、かなり気まずかった。
葬儀はめまぐるしく過ぎ去った。
マネージャーAからミシェルの形見分けとして、あのテレキャスのカスタムモデルと、未公開の音源が手渡された。
しばらくすると、わたしのもとにメディアが殺到する。ミシェル、いや、エレップ・ハントの殺害現場にわたしがいたことを、どこからか嗅ぎつけたらしかった。
わたしは会社をやめて、メディア出演を当分の仕事にした。
週刊誌、新聞、ワイドショー、ネットテレビ。
実入りはよくて、ひとつの仕事で勤め人時代の月給をもらったりもした。
エレップ・ハントの人気さまさまだ。
彼女が死んでも魔法が切れることはなかった。
むしろ、彼女の死亡に合わせて生前以上にクローズアップされた。
いい時代になった。
エレップ・ハントは伝説になった。
ロックミュージシャンは、二十七歳で死んでこそ伝説になる。
もしかしたらミシェルの望みはこれだったかもしれない。
もう確かめようもないけど。
メディア出演でがっぽり稼いだお金は、エレップ・ハントの楽曲の権利購入に消えた。余ったお金で、権利を管理する個人レーベルも設立した。
一年間ですべて終わらせた。
彼女の一周忌に、未公開も含めたすべての音源を公開するために。
未公開音源は、完全新曲が十曲と、セルフカバーが四曲。
加えて、生前の曲が十三。
これらを、動画サイトで一気に公開した。
商業も含むすべての利用を完全フリーにしたことで、拡散速度はすさまじかった。
いい時代になった。
エレップ・ハントの楽曲がすべて無料、ネットさえつなげばどこでも聞ける。
文字通り世界中で、エレップ・ハントの曲が奏でられた。
魔法は、新しく始まった。
わたしの勝手な想像では、彼女の音楽にはふたつの魔法がかけられている。
ひとつは、エレップ・ハント本人とエレップ・ハントの曲が大好きになる魔法。
もうひとつは、大好きという感情が抑えられなくなる魔法。
これだけ聞けば、とてもメルヘンチックな魔法だ。
けれどここにたったひとこと付け加えるだけで、天国は地獄になる。
エレップ・ハントが愛していたのは、終わった世界の美しさだ。
彼女の曲を聴き、彼女のことが大好きになり、その感情が抑えられなくなると、彼女の曲がないと生きていけなくなり、彼女の生き方を真似するようになる。
彼女の生き方とはなんだろうか。
世界の終わりを愛することだった。
世界の終わりとはつまり、愛しい存在が消え去ることだ。
未公開楽曲は、生前リリースされた曲よりもさらに強く人々を惹きつけた。
それだけ魔法も強かった。
人々は、世界の終わりを愛するようになった。
愛する者を、より深く愛した。
各々が各々の世界を終わらせるため、愛する存在を自らの手にかけるようになった。
世界中で、愛し合う人たちが互いに殺しあった。
片思いはいきなり殺した。
単純すぎる殺人事件だけで一日に何万と報道された。
どうにか社会は維持されているけれど、それも時間の問題だろう。
わたしはいまでもミシェルを愛している。
ミシェルがいなくなって終わってしまったこの美しい世界を、愛している。
だから、この愛すべき世界が終わるときもまた、きっと美しいに違いない。
ミシェルの世界をこの手で終わらせることはできなかった。
だからせめて、この愛すべき世界はわたしの手で終わらせよう。
それまで、どうにかして生きなければいけない。
パンの焼き方を覚えた。食事は大事だから。
それから。
わたしはミシェルに言われた通り、ギターを始めた。
形見分けにもらったテレキャスのカスタムモデルで。
奏でるのはもちろん、ミシェルが愛したバンドの、世界の終わりについての曲。
そのはじまりの音。
解放四弦と三弦七フレットのオクターブD。
この音だけをひたすら掻き鳴らす。
まだぎこちない手首のスナップで。
四弦が切れるころには、この世界も終わるだろう。
パンのにおいに包まれて、わたしはそのときを待つ。
ジェネリック虐殺ハーモニー 多架橋衛 @yomo_ataru
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