第18話【LOVERS ONLY番外編Ⅻ】

【Descanso de la etapa】



スペイン絵画紀行へようこそ!中編




1940年から1941年。ケンジントンパークや、このナショナルギャラリーの上空を、スビットファイヤの黒い機影が幾度も幾度も横切るのを人々は見た。


スビットファイヤは英国空軍の機体。

改良型はロールスロイスのPV12エンジンを搭載。スビットファイヤとは、直訳すれば「口から火を吐く」転じて「癇癪持ちの女」という意味だ。


これには「あんまりだ」という、主任設計技師のR.J.ミッチェルや国民の声もあり。救国戦闘機の名でも呼ばれた。


その名の通り、バトル・オブ・ブリテンと呼ばれた、ドイツ空軍との英国制空権をめぐる戦いに於いて、大いにその性能を発揮し完全に勝利を収めた。


この、空による敗北を機に、ヒトラーによる第一次英国侵攻は頓挫した。

ドイツ空軍は撤退を余儀なくされた。


第二次世界大戦下。スペインは大戦に参戦しないことで太古の遺跡や美術品の焼失を免れた。英国は違っていた。

勿論ギャラリーも無縁ではなかった。


ナショナルギャラリー所蔵の絵画たちはすべて、第二次世界大戦勃発の直前に、戦禍を避けるために、ウェールズ各地へ分散移動させられた。


移動先に選ばれたのはペンリン城 、バンガー大学 、アベリストウィス大学 。

それとて安全な措置ではなかった。


1940年にナチスドイツがフランスに侵攻した。それを機に、より安全な保管先が必要とされ、英国議会に於いて、絵画をカナダへ移す案が検討された。


しかしこの案は首相ウィンストン・チャーチルによって即時却下された。


チャーチルは、当時のナショナルギャラリー館長ケネス・クラーク に、こんな内容の電文を送っている。


「一枚の絵画たりとも英国諸島より、その海を渡らせてはならない!」


チャーチル首相の美術愛好心が、どれほどだったか?今は知る由もないが。


たんに党首、政治家として、資産的価値のある絵画の国外流失を避けたかった。歴史上そんな見方が有力だ。


「洞窟や地下壕にでも隠せ」


そんな電文が今も残されている。


チャーチルからの命を受け、北ウェールズのブラナイ・フェスティニオグ 近郊の採石場が絵画の隠匿場所に選ばれた。密かに絵画は洞窟に運ばれた。


この場所で、当時絵画管理の職に就き、後にギャラリー館長に就任するのは、マーチン・ディヴィス であった。


採掘場にて。彼は保管されたギャラリーの蔵書を日々参照しながら、コレクションの学術的目録の編纂を始めた。


《果たして、保管場所に選ばれた採石場が、絵画を保存する上で非常に重要な要素となるか?気温と湿度は常に一定であったかどうか?長く疑問視する修復技術者もおりました・・現在では、それらの要素を再確認することは不可能です。しかし・・我々はその戦争も教訓として学んだのです》


ナショナルギャラリーに、最初に空調管理設備が設置されたのはそれ以後。1949年になってからである。


《以後・・当ギャラリーでは、絵画保存のための、徹底した空調と温度管理が館内のすべてに施されています》


その時代、ナショナルギャラリーからすべての絵画が撤去された。


一枚の絵画も壁に展示されていない。

そんな時代があったのだ。


勿論、採掘場に運ばれた絵画たちは、壁に飾られていた訳ではない。


誰も訪れない無人の洞窟に絵画。

それはあまりに非現実的だ。


それでも彗は空想してしまう。

アルタミラの壁画のように。

洞窟に飾られた名画たち。

その奥に待つ聖母の姿を。


空っぽになったナショナルギャラリーでは、国民の戦意高揚のために、イギリス人ピアニストのマイラヘスが呼ばれた。そこて毎日演奏会を開いた。


当時ロンドンのあらゆるコンサートホールが閉鎖されていたためである。


ポールナッシュ、ヘンリームーア、スタンリースペンサー 当時を代表するイギリス人画家たちが戦争画家 任じられた。彼らの描いた戦争絵画の展示が1940年から開始され始めた。



戦争芸術家諮問委員会か発足された。

当時のギャラリー館長のクラークに

「どんな名目でも構わない!とにかく画家たちに、戦争絵画を描き続けさせるように!」そんな要求をしている。


1941年。とある一人の画家より、近年ギャラリーの所蔵となったレンブラントの『マルガレータ・デ・ヘールの肖像』をぜひ見たいという要望が届く。



この要望を受けてPicture of the Month【今月の一枚】の構想が生まれた。その要望は目録を編集していた後の館長ケネスクラークにも届いた。


毎月採石場から1点の絵画が運び出された。ナショナギャラリーを訪れる大衆に展示されることになった。


美術評論家ハーバートリード。

この年のナショナルギャラリーを評した。彼の言葉が今も遺されている。


「爆撃され荒廃した大都市の中心部にある。此処こそが芸術の最前線基地」


絵画たちが無事にトラファルガー広場のナショナルギャラリーに戻ってきたのは、終戦1945年のことだった。


「いい話が聞けた」


彗は改めて絵画の前に立つ人を見た。ただ一枚の絵を美術館の前に飾る。

それだけでも充分だ。


でもそれだけでは少し味気無い。

だからギャラリーの前に立つ。


《それが私たちの原点です》


紳士と呼べる風貌の男性。

ギャラリーの絵画の前に立つ。

学芸員たちを見て目を細める。


彗はその男性に礼を言いたかった。

けれど彼はIDを持たない。 

だから名前もわからない。


一体彼は何代目の館長なのか。


彗にはわからなかった。



ようこそスペイン絵画の旅へ!

後編に続く・・





【後書き】


「お化け?」

「まあ夏だしな!」

「お化け?」

「よせよ!野暮ってもんさ!」

「バケラッタ!?」


《美術館ではお静かに!》


「次回!スペインからフランス経由、再びロンドンに戻るラッタ!」


「今回は短めでした!」

「みんなまた読んでね!」


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