第13話【LOVERS ONLY 番外編】
【ようこそロンドン美術館へⅦ】
それは馴染みのない女性の肖像画だった。
ガイドブックを見ても載っていない。
田崎彗はその絵を眺めている。
この美術館には、モナリザも、真珠の耳飾りの少女の肖像画も展示されてはいない。
それでも鑑賞すべき美しい女性の肖像画は、数多くある。にもかかわらず。
「田崎?」
この美術館を訪れたら見るべき作品。
その名画のひとつはルーム7、展示室30にある。ディエゴ ベラスケスの作品だ。
皆そちらに足が向いていた。
田崎彗が眺めている肖像画の前には、学芸員も立っていない。勿論名品に間違いない。
このギャラリーに展示されているのだから。
傍らに立つ友人の榎本は、彗が珍しく見せた絵画への執着の理由を計りかねていた。
思わず気になって、作家名と絵の題名のプレートを覗き込む。ヨーロッパ人ではない。
表記から察すると画家は英国人だろうか。
女性名で国籍を特定するのは難しい。
描かれた若い女性は貴族の令嬢か。
米国にこのような文化はないはず。
中世の英国人画家による作品。
展示作品から読み取れるのはその程度だ
「まてよ」
榎本は記憶の糸を手繰る。
いつか西洋美術史の講義で耳にした。
その画家の名前にも覚えはある。
英国人画家に間違いはない。
絵を見るのは初めてだった。
素通りしてもおかしくない。
それは普通の肖像画に思えた。
なにがそんなに彗の心を惹きつけるのか?
榎本には皆目理解が出来なかった。
「ふうむ」
やな鼻息が耳にかかるくらいの距離だ。
苦虫大仏のような岩倉教授の顔があった。
「うわっち!」
美術館であるにも関わらず、榎本は思わず声を漏らして飛び退いた。
「し失礼しました!」
すぐさま詫びる。
しかし、とうの岩倉教授は、特別気にもしていない様子で返事もしない。榎本の肩上に、のしかかりそうな大顔。その視線の先にあるのは。その絵画の作者のサインだった。
「ふむ」
教授のいつもの天からの叱責もなく。
有り難い御高説をぶつわけでもなく。
すぐに絵画から離れて歩きだした。
「なんだよ…大先生も知らねえんじゃん!」
いつもなら、そんな彗の軽口にひやりとするところだ。それも聞こえては来ない。
彗はまるで絵画の中の少女のように。
眉間に皺を寄せ、唇は固く結んだまま。
少しだけ名残惜しそうに歩き始めた。
自然と榎本が最後尾となった。
「なんだべ」
榎本の胸の中に疑惑の霧がわいた。
ロンドンの街に立ち込める霧だべ。
彗はあの絵のことを知ってるのか。
あの不機嫌な少女の絵画。
どんな意図や経緯で描かれたものか。
考えてはみたが謎のままだった。
何か不穏というか不安になる。
その正体がわからない。
もやもやするべ。
霧の中に佇むのは彗と肖像画の少女だ。
そこが何処かの城の庭園であれ。
ロンドンの街の雑踏の中であれ。
此処美術館の回廊であっても。
そこに自分は入れない。
「あいつ・・留学先で羊飼いをしてたとか」
彗は羊を口笛で呼び寄せたり。
羊の言葉がわかるのだろうか。
そんなことを言ったら。
忽ち笑われそうだ。
「もしかしたら・・あいつは絵画の中の人物とそんな風に会話が出来る?」
絵の中に作者が隠した言葉が聞こえるよう。まるで絵と会話をしているように見える。
榎本は絵画に見いる友人を見て思った。
そしてすぐにポケットに捩じ込む。
われながら馬鹿な妄想だと。
ただでさえあいつの描く絵はすげえのに。
それじゃ本当の天才じゃないか。
榎本の手製のガイドにはない。
それが不安さの正体だとは。
まだ認めたくはなかった。
気のおけない親友が遠くに行ってしまう。
そんな気がしてならなかった。
そうして歩くうちにも、名画たちの回廊を巡る旅は続く。どの絵にも目移りしてしまう。
眩い色彩が視覚を刺激し知覚の扉を叩く。
悦楽に似た感情が塞きを切って溢れる。
展示された絵画たちが忘れさせる。
やがて支度なくあらわな裸身を晒しながら、寝台に身を横たえた女神の寝室に辿り着く。その頃には疑念の靄も消え失せていた。
【次話予告】
「ふおおおおおおおおぉぉぉ!天上天下唯我独尊!ついに!ついに来たべ!てっぺん取ったベ!厚木のびっくりヤンキーこと榎本!本日主役回!次回からは《BE BUP美大生!エノモト!描き殴れ青春編!》堂々連載開始だべさ!こう御期待!」
「え~今回は総集編につき・・」
「総集してねえべ!なにひとつ振り返ってねえべさ!仲間集めて総決起集会すんぞ!」
「さあて・・次回のお話は?『振り向いてよ!ベラスケスの女神様』になります!」
「まとめんな!総括すんな!あ?ん?よ?ん?で?く!れ!て!愛!羅!武!勇!」
「視力両目2.0!拍手!(*’ω’ノノ゙☆パチパチ」
「次回も夜露死苦!!!」
【なお今回はスタッフによる製作が追いつかず。作画の一部が止め絵でお送りしたことを、深くお詫びいたします。円盤発売の際にはきちんと修正して・・m(_ _)m】
「止まって動かねかったのはお前だけだ!」
「では!次回はベラスケスの女神の絵画の前でお会いしましょう!」
「パラリラ!」
「パラリラ!」
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