第6話 『想い』
「なぁ、スライムあれなんだ?」
休憩を終え、闘技場の控室に戻る途中、魔王たちは闘技場の入り口脇の掲示板らしきものの周りに人だかりができているのを見かけた。
「ああ、おそらくブックメーカーですね」
ブックメーカーとは、いわゆる賭け屋のことである。
誰が勝利するかを予想し、好きな者に金額を賭ける。
そして予想が的中すると、胴元が提示したオッズにより配当金が配られる仕組みだ。
「魔王様も賭けてみますか?」
「え、俺も賭けられるの?」
「大会の規定では別段問題はないかと思われますよ」
「今はちょうど…これはちょっと面白いですね」
それは、ヴァラモスが決勝を勝ち残った者に、勝つか負けるかという賭けであった。
「決勝を勝ち残るのは誰かという投票もあったらしいですが、締め切られていますね…
ちなみに魔王様は、3番人気だったみたいです」
「なーんか微妙だな」
「まぁ、世の中そんなもんですよ。で、どうします?一発賭けときますか?」
「優勝賞金だけでもいいけど、さらにお小遣い増えるなら…やるしかないな!」
「あ、いいねー魔王様♪」
「魔王様~どっちに賭けるの~?」
魔王は勝ち2倍、負け6倍のオッズをみて6倍の負けそしてもちろん自分が倒すほうに賭けたのだった。
「よし、これで全財産吐いたけど優勝と掛け金の配当金でウハウハだな!」
「そうなるといいですけどね」
魔王は少し上機嫌になったのか、そのまま控室の方にスキップしていってしまった。
スライムたちはそのあとを追いかけていく。
控室方面の通路前まで来て魔王はヴァンパイア達と別れた。
それからしばらくして試合開始30分前になる頃。部屋のドアがノックされ、魔王が扉を開けるとそこには黒い鎧の騎士が立っていた。
「お前は…敵の控室に何の用だ?」
魔王は訝しげに尋ねるが、黒い鎧の騎士はしばらく俯いたままだった。
そのままドアの前に立たせておくのも気が引けた魔王は、しぶしぶ黒い鎧の騎士を部屋へ招き入れた。
その後も、まだ俯いていたがやがて顔を上げ、そっと黒い兜を脱いだ。
魔王は兜を脱いだ騎士みて驚きの表情を見せた。それはかつて魔王家に仕えていた剣術指南役のダークナイトであったのだ。
ダークナイト族は元々、大陸で繁栄していた強大な魔力を誇るエルフ族を祖先に持ちエルフ族から追放された闇の力により闇落ちしたエルフたちをダークエルフと呼称し、エルフから分岐し独自の生態系を築いてきた。その中でも特に剣術に秀でた血筋の者たちをダークナイトと呼んだ。
そして現代、エルフ族はほとんど姿を消しダークエルフもダークナイトもその多くは戦争や迫害で人間や魔物たちによって狩られ数を減らしていった。
いまや生きたダークナイトやエルフは貴重な存在だったのである。
「王子…いえ魔王様、ご無沙汰しております。大変お懐かしく…そしてお元気そうで何よりでした」
「ダークナイト…久しぶりだな。生きていてくれてよかった…」
―――2年前、勇者たちが魔王城攻略に乗り込んできた日のこと。
その日は当時はまだ先代がいたため王子と呼ばれていた魔王は、剣術の稽古のためダークナイトと中庭で稽古していた。
「王子、剣の才能はいいのに、もっと技を磨かないと勿体ないですよ」
王子は稽古とは言うものの、大して真面目に稽古していなかった。当時の王子にとっては剣術よりもダークナイト本人に興味があった。
「なぁ、ダークナイトは彼氏とかいないのか?」
「なんですか藪から棒に。その様な者はいませんし、興味がありません」
「まさか…レズとかじゃないよな」
「なっ…!ななななにを言っているのですかっ!私はちゃんと男の方が好きです!」
ダークナイトは褐色の肌の顔を真っ赤にしてレズ疑惑を否定した。すると王子はニヤニヤしながらダークナイトに詰め寄る。
そして壁際まで追い詰め、壁に右手を付けて唇と唇が触れそうなほど顔を近づけた。
ダークナイトの艶のある胸元までの美しい銀髪を左手で撫でる。
「王子…近すぎます……」
「やめたほうがいいか?」
ダークナイトは目を逸らせて頬を赤らめる。王子とダークナイトはお互いの吐息がかかり合い鼓動が伝わりそうなほど心臓はドキドキしていた。
「ダークナイト……」
王子が口づけしようとした時、とっさにダークナイトは王子の腕の間から抜け出した。
「ダメ…です……」
「俺の気持ちはもうわかってるだろ……嫌、なのか…?」
「嫌では…ないです。ですが身分が違いすぎます」
そんなこと、と言いかけた王子を制すようにダークナイトが続けた。
「私に剣術で勝ったら、私を好きにしてくれて構いません。……ごめんなさい、こうしないと私自身が納得できないんです…。」
ダークナイトは自分の存在意義でもあるが唯一無二の武器である剣の腕で屈したならば、もうどうにでもなっていい。そうさせてほしいと願ったのだ。
けれど身分が、そして"あるもの"が邪魔をしてくる。だからそうやって無理やりにでも王子と結ばれる口実を作りたい。それほどダークナイトも王子に惹かれていたのである。
王子が「わかった」そう言いかけたとき下級兵士のゴブリンが慌てて中庭に入ってきた。
「大変です!勇者のパーティがやってきたそうです!至急迎撃態勢をせよと通達が兵士長のガーゴイル様からありました!」
「なんだと!?」
ダークナイトはゴブリンから話を聞くとすぐに周辺のナイトアーマーたちに号令をかけた。
「勇者が迫ってる!私たち近衛騎士団も総力で迎え撃つぞ!」
ナイトアーマーたちはダークナイトの指揮で魔王城の広間に向かっていった。しかし、すぐに勇者たちは現れた。
「ここが中庭かな。ほう…お前はダークナイトか?それとそっちは……魔王の息子か」
そこには青い鎧に赤いマントを羽織り、鷹のような紋章の入った盾と剣を装備した勇者が立っていた。
「くそっ!もうここまで…!」
ダークナイトは剣を抜くと王子の前に立ち王子に逃げるように告げた。
王子は自分も戦うという意思を見せたがダークナイトは厳しい目でそれを制した。
ダークナイトは勇者の強さを肌で感じ取ってしまったのだ。今の魔王城にはこの強さには敵うものがないというほどに。
「王子…どうか逃げて生き延びてください……!」
そういうと中庭の扉の前で王子を突き飛ばし、ドアを封印した。
王子もダークナイトの涙を見てすべてを察した。父、魔王でさえきっと勝てないのだろうと。だから逃げろと…
中庭から数部屋離れた祭壇部屋の脇の食堂から地下へつながる道へ走った王子は、途中王子を探しに来たヴァンパイアと合流し、その通路を守っていたグールとスライムと共に魔王城を抜け出したのだった。
「あの時は本当にありがとう」
「私は使命を全うするまで死ねませんからね」
ダークナイトには使命があった。魔王の家系に代々伝わる一振りの剣『ヴォーパルソード』その真の名を『レイスソード』
ヴォーパルソードにはエルフの生命を吸って赤く染まる特性を持っている。
生命を吸い込んで赤くなったレイスソードは大陸のみならず、使いこなせば星をも破壊する力を秘めているとさえ言われているのだ。
勇者を倒すためには、もうレイスソードに頼るしかない。そう、つまりダークナイトはヴォーパルソードに自らの生命を吸わせようと訪ねてきたのだった。
ダークナイトは魔王にそのヴォーパルソードがレイスソードになれば勇者に対抗しうる剣になると説明した。
しかし、レイスソードにどうしたらなるかまでは説明しなかった。
「魔王様、ヴォーパルソードをこちらに」
ダークナイトは魔王に向かって手を伸ばした。魔王は鞘ごとダークナイトにそれを手渡した。
「ありがとうございました」そうダークナイトがつぶやき目から涙がこぼれる。次の瞬間ヴォーパルソードが閃光を放ち視界が真っ白になる。
「どうか、勇者を…そして魔王様…お幸せに…」
視界が元に戻り、目が慣れたころにはダークナイトがいた場所には赤く刀身を輝かせるレイスソードだけがあった。
「これは……。おい、ダークナイト?どこいったんだ?……スライム?ダークナイトは!」
スライムはこの言い伝えを知っていた。もちろんダークナイトが何をしたのかも。
「魔王様、ダークナイトはヴォーパルソードに自らの命を吹き込みレイスソードへと昇華…させました…。」
「そんな……」
魔王は膝から崩れ落ちレイスソードを拾い抱えた。
「こんな…ことって……」
魔王はしばらく声を出さずに涙を流し続けた。
しばらくしてスライムが声をかける。
「お辛い気持ちはわかります。が、レイスソードを託したダークナイトの気持ちに報いるならば、泣いていてはだめです。ほら立ちましょう」
スライムは魔王の背中をぺしぺし叩いた。
「……ああ、そうかもしれないな」
魔王は立ち上がり腰にレイスソードを指した。絶対勇者を倒すというダークナイトとの想いを叶えるために。
――――決勝は黒い鎧の騎士不在の為、魔王の不戦勝となった。
ヴァラモスは自分の控室で静かに瞑想していた。
「……きたか」
ヴァラモスはそう呟くと控室を出てリングへと向かう。魔王対ヴァラモス戦が始まる。
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