第5話 『筋肉』

 石畳のリング上で格闘家と対峙した魔王は、控室にいたときとは比べ物にならないオーラを発している格闘家に圧倒されていた。


 体格2メートルを優に超える巨躯に加え、その圧倒的筋肉。


 そしてその背中には鬼神が宿っているかのような広背筋。


 格闘家はおもむろにズボンをまさぐると、カップに入った飲み物を取り出した。



「そうだね、プロテインだね」



 そう言うとカップに入ったそれを豪快に飲み干した。



「プロテインは欠かせないからな!はっはっはー!」



 飲み終わると、カップを観客席の方へ放り投げた。


 するとそれは通路に置いてあったごみ箱に、吸い込まれるように入った。



「よし、始めようか」



 格闘家はすーっと息を吐くと、腰を落とし前傾姿勢でファイティングポーズをとる。


 魔王も剣を抜いて正面に構えた。


 カーンと試合開始の鐘がなる。


 格闘家がそれと同時に、掌底を突き出した。



「ぐっ…!」



 魔王はとっさに剣で掌底波を受け止めたが、リングギリギリまで吹き飛ばされていた。



「はっはっは!さすがだな、これを受け止めたのはお前が初めてだよ」



「気とはね…、ふぅ…反則ギリギリだぞー」



「はっはっは!正確には魔法じゃないんで大丈夫なのさ!それよりも悠長に話してる暇はない…ぞっ!」



 格闘家は深く腰を落とし、目で追えないくらいの速さで連続で掌底波を繰り出してくる。


 魔王はなんとか身をひるがえしながら避けるのが精いっぱいだった。



「はぁ…はぁ…。やっぱやべえなあいつ…」



「魔王様!そんなゴリラ野郎なんか、ささっとやっつけちゃってよね!」



「ヴァンパイアめ…無茶言うなぁ…はは」



 魔王は剣を鞘に納めると格闘家に向かって駆けだした。



「居合か…?」



 格闘家は近づいてくる魔王に繰り返し掌底波を撃つが、魔王は素早くかつ最低限の動作でそれを避ける。



「ならば…」



 格闘家は両腕に力を込めると、うっすらと青く発光し始める。


 そして、右手を左から右へ水平に、左手を上から下へ思いきり振りぬくと気の刃を創り出した。


 それを正拳突きで撃ちだす。



「インペリアルクロス!!」



「マジかよ…これ魔法だろ…」



「気の錬成だ!はっはっは!」



 格闘家が繰り出したインペリアルクロスはものすごい勢いで魔王に迫る。


 そして爆発音が轟き白煙が上がる。


 魔王に直撃したかに思えたが、そこには目の前を自分の黒い羽根で守っている魔王の姿があった。


 会場がにわかにざわつく。



「ほう…これは…。お前さん、魔王だったか」



「隠しておきたかったんだけどねー」



 この世界では背中に黒い羽根があるのは、魔王のみであるからであった。



「面白くなってきた!はっはっはっはっは!いくぞー!!」



 格闘家は目にも止まらぬ速さで連続パンチを繰り出す。



「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラァッ!!!!」



「くっ…!」



 魔王は必死に両羽でパンチを防いでいた。



「いつまで耐えられるかな!ウラウラウラウラウラウラッ!!」



 やがて魔王はパンチのタイミングを見極め、剣の柄でパンチの威力を相殺した。


 格闘家は腕に鈍痛が走り動きが止まる。


 魔王はすかさず剣を振りぬき一閃した。


 ドサッと格闘家が倒れ込む。



「そこまでっ!格闘家戦闘不能!勝者、魔王」



「ワァァァァァァッー!!」と会場が沸き上がる。



 その中に、黒いローブに身を包み試合を見ていた2人の人物がいた。



「やはり、いたか。勇者…っと今は国王様か。に一応報告を」



「はい」



 黒づくめの男らしき2人のうち、背の高い方の男は黒い霧に包まれて消えていった。



―――魔王たちの控室。



「魔王様お疲れさまでした」



 スライムがぴょこぴょこ駆け寄って出迎えた。



「ありがと。あぶなかったわー」



「やっぱりあの格闘家、只者じゃなかったですね」



「あの筋肉は伊達じゃなかったな」



「あ、どうします?次の試合、見ますか?」



「ああ、ヴァンパイア達のところに行って一緒に見ようか」



「わかりました」



 魔王たちは観客席にいるヴァンパイア達と合流した。



「あ、こっちこっちー!」



 ヴァンパイアが魔王を見つけると大きく手を振って呼んだ。



「お疲れ様!魔王様!」



「魔王様~すごかったね~!あ、ポップコーン食べる~?」



 グールはそう言ってポップコーンのバケットを差し出す。



「お、ありがと。インペリアルクロスっていたっけ。あれ撃たれたときはやばかったかも」



「だよね~」



「でもさ、魔王って名前で元々登録してたのよね?みんな意外に気づいてなかったんだね」



「んーまぁ、魔王の支配が終わって2年経つしなー。そんなもんじゃないか」



「おかげで目立たず済むからいいけどね」



「そうだな」



―――準決勝第二試合、ミノタウロスと黒い鎧の騎士の試合が始まる。


 試合は一方的な展開だった。


 黒い鎧の騎士はミノタウロスが振るう斧を軽くいなし、片刃の長剣で斧を弾き飛ばした。


 武器を失ったミノタウロスは黒い鎧の騎士に向かって拳を振り下ろすが


 黒い鎧の騎士はその攻撃をひらりと躱すとその勢いのまま腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。


 そしてそのままミノタウロスはリングアウトしてしまった。


 試合開始後わずか2分間のことであった。



「すごい試合だったねー、魔王様。……魔王様?」



「ん?あ、ごめん。どうした?」



「どうしたはこっちよ、何か考え事?難しい顔してたよ?」



そういうとヴァンパイアは魔王の顔を覗き込むように顔を近づけた。



「ち、近いから!」



 魔王はとっさに顔をそらす。



「ふふっ。でもほんとにどうしたんですか?なにかありました?」



「いや、大したことじゃないよ。黒い鎧の騎士をみてるとちょっと不思議な感覚になるなってね」



「不思議な感覚?」



 魔王はあの黒い鎧の騎士から、懐かしいような気味の悪いような得も言われぬものを感じていた。


 その正体が何なのか、皆目見当もつかないが対峙してみればわかるかもという気持ちになっていた。



「さて、次の試合は休憩挟んで2時間後だったか」



「そうだね、なにか食べに行こ!魔王様」



「あ~いいね~、賛成賛成~」



「そうするかー。あ、でも高いもんはほんと無理だからな」



「わかってるって」



 決戦を前に、一休みする魔王たちであった。

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