第54話 試合の日程が決まりました


 遥華を俺とウィラルヴァの樹木に迎え、遥華の一部の魂を管理する主神となったその日。


 不意に店を訪れた慎司の態度は、それまでになく柔らかいものだった。


「今のところ、姉さんの魂を取り込んだ秀一さんらに、異を唱える神はおりません。神々の宴の余興の報酬として、正式に譲渡されたものですからね。

 ですがそのうち、姉さんの魂を解放しろと、言い掛かりをつけてくる者も現れる可能性は、十分にあります。……対応の仕方を誤れば、厄介な状況に追い込まれることになるでしょう」


「覚悟はできておる。お主が心配することではない」


 俺の隣でSGMの画面を開いて、どこぞの派閥同士の試合を観戦しながら、ウィラルヴァが口を挟んだ。


「……姉さんの我が儘を了承していただき、ありがとうございました」


 そんなウィラルヴァを見遣り、テーブルを挟んで対面のソファーに座った慎司が、丁寧に頭を下げた。これまで同様に温和な対応を見せる慎司だが、その物腰にはどこか、これまでにない真摯な姿勢が含まれているような気がする。


 遥華を俺達の器に受け入れたことで、慎司にとって俺達は、敵対する相手ではなくなったということだろう。これまでも割と、中立的な立ち位置にいたとは思うけれど。


「申請していた国乃樹魅富の派閥との試合の、許可が下りました。慎司さんはどうするのですか。貴方は現在、自身の派閥と我々の派閥、両方から出場する権利がある」


 真樹さんと一緒に奥のソファーに座る関野さんが、SGMを操作しながら問いかける。どうやらサイト内のDMを使って、対戦相手の国乃樹魅富と試合形式の確認をしているらしかった。


 初めはこのゲームの主流になりつつある、たいまんばとる、での対戦を申請していたらしいのだが、相手側から待ったがかかったのだという。創造主と創造神の二組がいる派閥を相手に、まともに戦っても勝ち目がないと悟ってのことだろう。


 神々の間では、対戦を受け入れないことは、不名誉なことだとの風潮が広まっている。しかし誰しも、勝ち目のない戦いには、そうそう挑みたくはないものだ。


 拒否権というのはもちろんルール内に設定されており、必ずしも挑戦を受けなければならないという決まりはないのだが……いかんせんプライドの高い神々のこと、試合の申請の段階でさえ、様々な駆け引きが発生しているらしい。


 上位派閥はできるだけ強い神の戦士を出場させたい。下位派閥は、できるだけ弱い神の戦士と対戦したい。今のところ行われているのはそういった思惑の駆け引きであり、誰を出場させるのか両者の折り合いがつかなければ、試合はいつまで経っても開催されることはない。


 対戦方式も、出場選手も、全てが両者の同意の元でしか成立しない戦いであるために、最終的には上位派閥が妥協し、ある程度は公平な試合が執り行われるのが、今現在の主流となっている。しかしそういった試合も内容を見てみれば、結局はよりたくさんの神力を注込めた上位派閥が、順当に勝利を収めることが常だった。


 これがたいまんばとるだけでなく、チーム戦や特殊な試合が増えるようになってくれば、また情勢は変わってゆくのだろうが。


「姉さんには、好きにしていいと言われています。ですがどの道、俺が独自のチームで出場するには、余所から余った眷族を借りて雇わねばなりません。姉さんに仕える眷族は、自分一人なもので」言って、苦笑気味に肩を竦める。


「……その辺りの事情はどうなってるんだ?  そもそも、遥華は人間じゃなかったのか? お前の主神が遥華だってのは分かったが」


 付き合っていた当初からずっと俺は、遥華を普通の人間だと思って接してきた。今になってそうじゃないと言われても、今一つピンと来ない。


 慎司はやや視線を落とし、何やら考え込んだそぶりを見せたが、


「隠す必要もなくなったので、聞かれれば真実を答えますが……今ですか? できればプライベートな内容は、秀一さん一人にだけ明かしたいです」言って奥のソファーに座る真樹さんらに、チラッと横目を向けた。


 ああ……うん。別に今じゃなくてもいいんだけどね。気遣いが足りなくてすみません。


 ちなみに店は通常営業中で、遥華も今は普通に店員として、蛇貴妃と二人で客の対応をしている真っ最中だ。ウィラルヴァの施した魔法により、こっちの会話は耳に入っていないだろうが、慎司の存在も気になるらしく、ときおりチラチラとこちらの応接室の方を気にするそぶりを見せている。


 いかんいかん。さっさとこっちの話を終わらせて、慎司とゆっくり話す時間を作ってやらねば。


「理道さんがSGMをアップデートしたことにより、この世界に存在する様々なゲームを模したルールを用いて、特殊な対戦形式が実現できるようになりました。未だ実践する派閥はありませんが、数多の神々が注目を集めています。特に弱小派閥ほど熱心ですね。いくつか知力を駆使した試合の申請も行われているようですが、試合を申し込まれた上位派閥の方が、受けるのを渋っている状態です」


 そりゃまぁ確かに、普通に武力を振り翳して戦えば負けないものを、相手に合わせて不利な状況に持ち込みたくはないでしょうよ。


「要は今現在行われている試合が、過去の因縁絡みの負けられない試合ばかりだから、神々も慎重になっている、ってのも一つあるだろうな。これから先、純粋にゲームを楽しむためや、ポイント稼ぎが目的の試合が増えていったら、特別な趣向を凝らした試合も増えてゆくんじゃないか?」


 できればレーシングや人狼、そしてサバゲーなんかは、流行って欲しいものだ。設定やルール構成には、かなり自信のある出来栄えになってるんだけどなぁ。


「その可能性も十分に考えられます。というか、間違いなくそうなってゆくでしょう。ただし多数を占める下位派閥が、どれだけゲームに熱心に参加してくれるかは、全くの未知数です。

 そのため……まずは我々が、神々のゲームの方向性を、率先して示す必要があります。今回、国乃樹魅富に申し込んだ試合の対戦方式を、チーム戦のサバイバルゲームで執り行うのはどうかと考えたのです」


「たいまんばとる、での申し込みは、拒否されたんだっけ?」


 一度は申請を出した試合だが、えらく開催されないなと思っていたら、一度国乃樹魅富側から正式に拒否されたのだそうだ。


 そりゃまぁ、そうだわな。こっちにはウィラルヴァとセブラス、異世界の創造神が二柱もいる。国乃樹魅富に勝ち目がないのは明白だろう。


 似たようなケースは他の神々にも多発しているらしく、賭けるものが大きい試合ほど、神々も慎重だ。大抵は上位の派閥が妥協し、戦力を抑えて対等の勝負を執り行う風潮に落ち着いてはいるらしいが、必ずしも野蛮な戦いを好む神々ばかりではない。


 国乃樹魅富に関しては、タマちゃんとこの聖魂を奪ったなどとは言い掛かりだと、正式に抗議してきたらしい。


 よって天照大御神の派閥の関係者が調査に入ったことで、元は野播羅之玉の管理下にいた魂が、国乃樹魅富の樹木に加わっていることが確認され、対戦の申請自体は通ったのだという。


 しかしその後も、公平性に欠けると抗議が続き、関野さんがDMでやり取りし、納得のいく対戦方式を模索中だというが……


 なるほど。サバゲーね。まぁそれはそれで、結局は強者のいるチームの方が、断然有利な対戦方式ではあるのだが。


「出場者は、ゲーム内に設定された武器のみを使用できるという縛りです。一発でも弾丸が命中すれば、撃破扱いとなり本拠地に戻されます。制限時間内に、より撃破数を稼げたチームが勝利です。自前の能力で相手を撃破したチームは失格となり、即敗北となります」


 ほう。それはまた、シンプルなルールだ。まぁ最初は、できるだけ分かりやすいルールにするのが無難ではあるだろうが。


「もちろん我々が実践したとて、すぐに広まるルールでもないでしょう。やりたがるのは立場の弱い派閥のみで、上位の派閥ほど、ゲーム内に設定された武器や能力は、使用したがらないことが予測されます。ですがサバイバルゲームというものの面白さを、観戦した神々に示せれば、それを模したルールでの対戦は、増えてゆくかも知れません。

 一対一のたいまんばとるばかりが主流になっていては、いずれはサンクチュアリーバトルという神々のゲームが、廃れてゆくのは必至です。大事なのは観戦者を、どれだけ楽しませることができるかということです。

 その道筋を我々が示すことができれば、サンクチュアリーバトルは神々の間において、一時の退屈凌ぎだけでなく、永く愛される競技場ゲームとして確立されてゆくでしょう」


 加えて勝者には、神力や金銭にも交換できる、ポイントという報酬もあるわけだ。神力を確保するのに躍起になっている神々にとっては、合法的に神力を集める恰好の場となるし、中には金銭を得るのに苦労している神もいるに違いない。そういった神々にとっては、神々のゲームは確実に需要がある。


 まぁ、ギャンブル的な要素は高いが。勝つにしろ負けるにしろ、消耗した神力の方が多ければ、初めから出場しない方が得なのだし。


「噂では天照大御神が、シーズン優勝者には、最高神の権限において実現可能な願いを、何か一つ叶えるという御達しが出たとのことです。ゲームに参加することを躊躇している下位派閥を、どれだけ取り込めるかは、運営側としては大きな課題ですね」


「最高神はかなり乗り気なようだな」SGMでの試合観戦に熱中するウィラルヴァが、事のついでにといった感じで口を挟んだ。


「そうですね。理道さんの神酒もいたくお気に入りのようでしたし、理道さんご自身のことも気に入ったようです。何か大きな問題でも生じない限りは、御助力してくださることでしょう」


 ふむ。……気に入られてたのね。まともに話をしたわけでもないのだけれど。まぁ、あのヒノワって姉ちゃんの印象は、俺も悪くは感じなかった。なんとなく気が合いそうな感じもしたし。


「何はともあれ、国乃樹魅富の了承待ち、ってところだな」


 試合が決まらなければ、神々のゲームの方向性を示すことすらできないわけだ。あくまでこちらは、譲渡する側。上手いこと乗ってきてくれればいいのだが。



 

 

 そしてその数分後、相手方からサバイバルゲームでの試合形式を、了承するという返事が届いた。


 ただし、俺、ウィラルヴァ、セブラス、シズカの四人のうち、誰か一人しかメンバーには入れないという条件付きで。


 試合は明後日。


 出場メンバーは五人。


 一人は俺が出るとして、残りの四人は……


 うーむ。悩むなぁ。一人はまぁ、因縁のあるタマちゃんを選ぶとして、残りの三人は……


 真樹さんらと話し合った結果、残りの三人のメンバーは、真樹さん、慎司、蛇貴妃に決まった。


 真樹さんも慎司も、ゲームでサバゲーをやったことがあるというし、立ち回り方も心得ているという。蛇貴妃はまぁ……ズブの初心者ではあるけれど、闇に潜む能力は必ず役に立つだろう。実際こないだも、俺も蛇貴妃に何度か撃破されちゃったし。


 とにかく、これで舞台は整った。


 あとは本番を待つのみだ。

 

 

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