第53話 神々のゲームが始まったのです!


 

 その日は神々の世界で、SGMを用いた神々のゲーム、サンクチュアリーバトルが解禁された、記念すべき日となった。


 こけら落としとなる開幕初戦は、なんと最高神の弟である素戔嗚尊が直々に出場し、大国主命の派閥である平将門との一騎討ちが披露された。


 あくまでデモンストレーションの試合であり、二神とも本気ではなかったようだが……というかあのクラスの実力者同士の戦いだと、本気を出したらゲーム内の簡易聖域がぶっ壊れてしまうだろうけれど。


 とんでもないビッグネーム同士の試合ということもあり、SGM、あるいはSGMとリンクして作られた公式アプリでは、試合のライブ映像の観戦数が、軽く数百万を超えていた。おそらくだけど神々だけでなく、断罪者をはじめとする人間の観戦も多かったのだろう。


 試合は両者とも手加減状態とはいえ、闘技場ステージを覆う結界のオーロラが、絶えずピシピシと軋みを上げている状態だった。最終的には結界が耐え切れずに崩壊し、勝敗のつかないノーゲーム扱いとなったが、観戦した神々も、結界がどの程度の強度があるのかは、十分に把握できる内容となった。


 そうしてその日のうちに、審査を通った試合の予定が続々と組まれるようになり、ランキングに表示されるチームや個人名が、あっという間に百以上に増えていった。アプリでの気軽な試合の観戦や、過去動画の観戦には神力や金銭で購入できるポイントが必要だったが、関野さんの会社が前面的に管理して、運営も順調な滑り出しを見せているようだ。


 が、


「金銭に関しては、私のポケットマネーだけでも十分に遣り繰りできます。ですが神力に関しては、運営を維持するために一定量を確保しておく必要があり、それは私の派閥だけでは、十分に調達することができません。天照大御神様や大国主命様をはじめ、大きな派閥に頼んで融資はしてもらっているのですが……理道さん、ウィラルヴァ殿、できれば霊力値換算で一億ほど、運営のために貸してはいただけないでしょうか?」


 一億というのがどれくらいのものになるのかは、今一つ把握できなかったのだが、ウィラルヴァは関野さんの頼みを、軽々しく二つ返事で請け負ってしまった。


「心配するな。要はゲーム内のポイントを、我々で大量に保持してしまえば良い話だ。試合に勝てば、参加費や試合で消耗した神力より、遥かに多いポイントが獲得できる。観戦者が支払ったポイントのうちのいくらかも、出場したチームに還元されるというし、人気が出れば投げ銭でポイントを獲得することもできるぞ。お前が頑張れば、十二分に元は取れる」


 ああ……やっぱりそういうことになっちゃうんですね。まぁなんにせよ、資本金は必要だわな。神々の所有する神力、そして金銭もが大きく動く一大事業になるだろうし、それを関野さんの会社が取り仕切っているというのは、こちらにとって大きなメリットとなるだろう。


 神力を融資した以上、要は株主も同然ですからね。クックック。これは是非にも賑わってもらわねば。


「なんかお祭りでも始まったみたいで、ワクワクするよね。理道君達の試合は、いつやるの?」


 店のレジに立つ店長が接客の合間を縫って、応接室で寛ぐ俺達の方にニコニコ顔を向けた。


 店内には俺達の他に、蛇貴妃と遥華の姿もあり、お揃いのエプロンを着けて接客の真っ最中だ。二人して笑顔で、俺が作った一個五百円のアクセサリーの前で、訪れた客にしきりに購入を勧めている。


 いや、だから…なんで執拗にそっちを売り尽くそうとするのってば? 五千円の方を売ろうよ、五千円の方を!


「申請は出したのですが、まだ審議中のようですね。各地の派閥から数多くの申請が出されているはずですし、委員会も今頃フル稼働中でしょう」関野さんが店長に苦笑を返した。


「すでに開催された試合をいくつか見たが、一対一での、たいまんばとる、というのが主流であるようだな。多数対多数の試合は、今のところ一つも行われていない」SGMの画面を開いて操作しながら、ウィラルヴァが言う。


「たいまんばとる、ってコレ、なんで平仮名表記なんだろうな? 意味は十分に分かるけども」


 誰かのお茶目なんだろうか。……天照大御神な気がするのは内緒だが。


「相撲や空手、柔道の国ですからね。戦国の時代にも、神の加護を受けた名うての武将同士の一騎討ちも、頻繁に行われていました。皆んな好きなんですよ、正々堂々の一発勝負が」


 あー。それは俺も同感だ。やっぱり勝負といったら、正々堂々の一騎討ちでしょう。


 とはいえ、真樹さんらも含めて皆んなでやった、リアルFPS視点でのサバゲーも、中々に面白かったけどなぁ。ていうかそもそもが、ゲーム内に設定されてある武器や特殊能力などを、有効活用しようとする神々が、どれだけいることだろうか。


 俺とウィラルヴァの世界の神族らと同じなら、この世界の神族も自前の能力以外は、使いたがらない傾向にあると推測できる。シィルスティングなど、力のない人間用の弱者の武器だと、ぶったぎる神族もいたものなぁ。


 まぁでも、ゲーム好きの人間の断罪者でも出場することがあれば、面白がって使用する者もいるかも知れない。使用するためには神力、またはゲーム内のポイントが消費されるため、あんまり人気が出ることはないだろうけれど。


 俺自身も正直……シィルスティングを使った方が効率がいいし、何より強力だ。遊び程度にしか使用する機会はないと思う。一応は運営側にいる立場としては、どんどん使用してポイントを消費しまくって欲しいところだが……無理強いはできないもんねー、あんなショボい武器。


 いや、あるいは、撃破数を稼ぐような、まさにゲーム感覚のステージでも設置できれば……ゲーム内にNPCやモンスターを設置して、それらを撃破して撃破数を競うシューティングゲーム的な試合とか、あるいは長時間かけて攻略するダンジョン的な施設だとか……。


 対戦物に絞る必要もないかも知れない。例えば武力ではなく、知力を使って勝敗を競うゲームでも設定できれば、強い眷族を持たない弱小派閥でも、勝利するチャンスが出てくるわけだ。擬似的にシィルスティングのカードも設定できれば、シィルスティングを使ったカードゲームも行うことができるし、そうじゃなくても、トランプや花札などが好きな神も絶対にいるだろう。


 さすがにスロットやパチンコで出玉を競う試合なんかは、背徳的すぎて作る気は起きないけど、人気のFPSやTPS、格ゲーやレーシングゲーム、またはパズルや人狼など、ネット上にいくらでも既存するゲームを元にして作成すれば……うん。十分に対応できそうだな。


 ちなみにSGMの構造を弄ることは、俺にも十分に可能だ。俺が思った通りに作り変えることができる。ていうか得意分野だ。


 関野さんが真樹さんのスマホの機能を元に作成した公式アプリも利用して、神々の元に配られたSGMをアップデートすることも可能だし、もし武力だけでなく知力を使ったゲームも主流になれば、力の弱い神も公平に、神々のゲームに挑むことが可能となる。


 ……うーん。神々の世界のバランスを、崩しちゃうことになるだろうか。やってみなければ一概には言えないけど。


 いや……知力での勝負ならば、大きな派閥にも間違いなく知恵者は存在しているはずだ。そこまでバランスブレイカーにはならないだろう。


 それでゲームに参加する者が増えれば、運営にとってはこの上ない資金源となるわけだし。要はどれだけ、ゲーム内のポイントを消費させられるかが、鍵となるわけですよ。


 ふっふっふ……がっぽり儲けさせて頂くとしましょうか。


 ま、その全てが俺に還元されるわけじゃないからね。融資してるのは、この国の大きな派閥も含まれている。なおさら、大きくバランスを崩すことにはならないはずだ。


「何か悪いことを考えておらぬか?」


 ウィラルヴァに話しかけられ、ハッと我に返った。


 失敬な。悪いこととはなんですか、悪いこととは。私はいつでも、楽しいことしか考えちゃおりませんよ。


「それでは私は一度、会社に戻らせて頂きますね。試合の予定が決まればまた、真樹と一緒にお邪魔します。試合内容も含めて、編成も考えなければなりませんので」


 ニコリと目を細めて一礼した関野さんが、レジの店長と軽く挨拶を交わしながら店を出ていった。


 店の中には今も数人の客がいたが、応接室での会話は誰も気にしてはいない。正確には、気にできない造りになっているのだが。ウィラルヴァが施した結界魔法の一種だ。


 他にも何やら色々と、店内に細工を施しているようだが……その全ては把握していない。妙なびっくりギミックとか仕掛けてなければいいけど。


「ありがとうございました〜!」


「まタのお買い上ゲをお待ちしテおります!」


 チリリンと店のドアが開き、アクセサリーを購入した客が帰ってゆく。


 ペコリとお辞儀をしていた遥華と蛇貴妃が頭を上げ、遥華がチラッとこちらに目を向けた。


 俺の視線が自分に向けられていることに気づき、一瞬だけはにかんだように目を泳がせたが、すぐにニコリと微笑み、くるっと後ろを向いてアクセサリーの棚を綺麗に整理し始めた。


「……どうするのか、決めたのか?」


 SGMの画面を操作しながら、さして興味もなさそうに、ウィラルヴァが聞いた。


「……ああ。初めから、選択肢は一つしかなかったんだよ」


 明るい顔で蛇貴妃と談笑を交わす遥華を見やりつつ、ため息混じりに応える。


「……そうか。ならば私も受け入れよう」


 そう言って無関心を装うウィラルヴァの表情からは、何か俺には理解し得ない特別な覚悟を決めたような、大人びた女の色が垣間見えた気がした。

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