第44話 大人気ない大人
「お会いできる日を楽しみにしていましたよ。私は関之護神こと、関野守と申します。うちの真樹がお世話になったみたいで、いずれきちんとご挨拶せねばと考えていたのです」
「いえいえ、こちらこそ。真樹さんには、色々と教えてもらって、すごく助かっています」
小綺麗なスーツ姿の痩せ型の青年。柔らかな髪質の髪型は、真ん中分けのショートボブだが、癖っ毛なのかややパーマ掛かったようにクルンと毛先が跳ねている。ニコニコした細い目つきに、白ギツネのような印象を受ける、童顔な顔つき。身長は俺と同じくらいか、少し高いくらいだろうか。170ちょっと、といった感じだ。
うん。見た感じ、育ちは良さそうな印象は受けるが、とても神様だとは思えない。その辺にいるインテリ風の営業マンといった感じだ。後ろに立ったラフな服装の真樹さんとは、すごく対照的だな。どっちも色白で整った顔立ちをしているけれど。
「わたくしも、いずれお会いすることは叶うだろうと思っておりました。秀一君がまだ、異世界に転移する前から、密かに注目していたのですよ?」関野さんの隣で微笑む淑やかな着物姿の女性が、ふわふわした長い茶髪を揺らしながら、ペコリとお辞儀をする。
「うちの勇希ちゃんと、毎日のように遊んでいましたものね。バイクに二人乗りして、パトカーに追われそうになったとき、上手いこと線路の遮断機を下ろして、逃してあげたこともありましたわ」何気ない爆弾発言が続いた。
「え!? あのとき遮断機が下りて助かったのって、偶然じゃなかったんですか!?」
いや覚えてるよ。ユウちゃんと二人で友達んとこ向かうときに、ギリギリ黄色信号で突っ走ったら、脇から出てきたパトカーの赤色灯がいきなり回ったのね。
ヤバっと思いつつそのまま直進して、踏切を渡ったときに、ちょうど電車がきて、パトカーだけ向こう側に取り残されちゃった事件。
あのあと仲間内で、ユウちゃんと二人、ヒーローになったもんだよ。
「結構、無茶なことなされていましたね。若気の至りと言いますか……心霊スポットなんかも度々、一緒に行ったりして。何回か、タチの悪いのが憑いてきちゃってたことも、あったんですよ?」言って、口元に手を当てて、フフフとお淑やかに笑う。
「ま…マジかぁ。特に悪いことが起こったことはなかったんだけど……タツネさんが払ってくれてたんですね。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、タツネさんこと、山建根命は、パタパタと手を振り、
「いえいえ。わたくしが……というか、わたくしの眷族が払ったのは、勇希ちゃんに憑いてきちゃったものだけです。秀一君に憑いてっちゃったものは……」
と、そこで俺の背後から、ずいっとしゃしゃり出てきたウィラルヴァが、
「シュウイチに悪さをするものは、私が尽く駆逐してやったわ。それ以外にもお前は、この世界で苦労という苦労を、したことがなかろう? もっと私に感謝して然るべきだぞ」言って、ジトリとした目つきで俺に顔を突きつける。
「わ、分かってますよぅ。
それより、今日はお供は奈々枝さんだけで、ユウちゃんは来てないんですね」一生懸命にウィラルヴァから視線を逸らす。
「はい。勇希ちゃんは普段通りに仕事に行きました。仕事が終わったら電話すると言っていましたので、出てあげてくださいね」と、タツネさんの背後霊かのごとく、背中側にフワフワと浮かぶ奈々枝さんがニコリと微笑んだ。
うーん。休めたら休んで行くと言っていたんだけど、サボれなかったようですねユウちゃん。ドンマイです。
「とりあえず、こちらにどうぞ。飲み物も用意してありますので」これでもかというほどの笑顔の店長が、皆を店の奥へと促した。
応接室……室といっても、店の奥でコの字に囲んだ長ソファーの、売り場側についたてのような仕切を置いただけの、簡易的なものですが……とにかく、三人掛けのソファーが三つあり、その一つにはすでにセブラスとシズカが座り、一つにはお菓子の袋を抱えた湧音君がズベッと寝っ転がり……なんてこったい! 席が足りねぇ!
と思ったら、奥の部屋から店長が、両手に台所の椅子を抱えて戻ってきた。
「すいません店長。一つ持ちます。こら湧音! ちゃんと座って食べなさい!」
「ええー? いいじゃんよぅ」言いながらも素直に、ムクっと起き上がる。
「美味そうだなそれ。俺にもくれ」セブラスが湧音の隣に移動して、それを見たシズカが軽くため息を吐きつつ、同じソファーに移動していった。
モシャモシャと二人で仲良く、お菓子を頬張る虎男と狼男。
……いいさ。それで大人しくしてくれてるんなら、いくらでもお食べなさいな。全く……。
飲み物や軽食の並んだテーブルを挟み、コの字に並ぶソファーの空いた側に、店長と椅子を並べて腰掛ける。正面には関野さんと真樹さん、そしてタツネさんが着き、奈々枝さんはタツネさんの背後にフワフワと浮かんでいた。
向かって右側の壁際のソファーには、ウィラルヴァと蛇貴妃。左側は動物園と調教師が一人だ。うるさくしたら容赦なく、鞭でビシバシ叩いちゃってくださいシズカ様。
セブラスと湧音がお菓子に夢中な中、シズカだけはきちんと関野さんらと挨拶を交わし、店長が飲み物を勧めて、とりあえず一息つく。その後しばらくは、何気ない雑談が続き、更にしばらく経った頃に、まるで親子かのようにして、大人っぽい清楚な服装に身を包んだハナちゃんに手を繋がれ、子供姿の猫神、野播羅乃玉こと、タマちゃんが訪れた。
ハナちゃんがウィラルヴァと蛇貴妃の隣の席に着き、タマちゃんは当然のように、俺の膝の上にヨイショとよじ登ってくる。
ウィラルヴァがチラリと鋭い横目を俺に向けたが、気付かないふりをした。
モフモフサラサラのタマちゃんの頭をヨシヨシと撫でつつ、
「さて、これで揃ったな」
と一同を見回したまさにそのとき、さらに店のドアが、ガチャリと開いた。
ハタと振り向くと、紙袋を一つ抱えた慎司が、いつものような涼しい顔つきで、無言で店に入ってくるところだった。
「お。来たのか慎司。来れるかどうか分からないみたいなこと言ってたくせに」笑ってみせると、慎司はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、
「注文された水筒。ついでだから持ってこようと思いましてね」言いながら音もなく歩み寄り、集まった面子に目を向けて、ペコリと頭を下げる。
うん。礼儀正しいね。まぁあからさまに敵対心出されても困るんだけど。
「あ、とりあえずここ座って」
と店長が、自分の座っていた椅子を指差し、自分の分を奥の部屋に取りにいった。無言のまま席に着いた慎司の目の前には、お菓子を貪る湧音の姿。それを見た慎司が、僅かに頰をピクつかせた。
「人たらしが……」
「あ? なんか言った?」湧音がボリボリと口の中を鳴らしつつ、慎司を見上げる。
「貴方のことではありませんよ、全く。
これ、注文された水筒です」
小さなため息のあとで、慎司が手にした紙袋を俺に押し付ける。タマちゃんを抱えて両手が塞がっていたために、タマちゃんが代わりに受け取ってくれた。
「これ、お水を入れて使うの?」二つの水筒をカチンと重ねて鳴らし、タマちゃんがクルンと振り向いて俺の顔を見上げる。
「真水が最も、霊力…神力を込めやすいものですからね。水を入れて使うのが、最も適切です。酒などは絶対に入れないで下さい。確実に爆発すると思います」慎司が代わりに答えた。
お。酒か。ちょうどいい話題が出たな。
「あ、店長。あの日本酒、持ってきてもらえます?」
自分の椅子を抱えて戻ってきた店長が、ニヤリと意味有りげな笑みを浮かべる。
「さっき言ってた、理道君特製の神酒だね。了解。僕も楽しみだよ」言って椅子を俺の隣に置くと、踵を返して台所に戻ってゆく。
やがていくつかのショットグラスをお盆に乗せた店長が、ガチャガチャとガラス音を鳴らしながら戻ってきた。お盆をテーブルに置いて再び台所に戻り、例の一升瓶を抱えて戻ってくる。
「ショットグラスが六つしかないんだよね。一応、会議前だし、酔っ払うのはまずいだろうから、ちょっとずつ味見程度ってことで」
小さなショットグラスに半分ほどずつ注がれた神酒を、まずは関野さんとタツネさんに勧め、当たり前だと言わんばかりにウィラルヴァと蛇貴妃、酒に反応したセブラスが引ったくるように奪い取り、残った一つを慎司にと目で合図すると、苦笑した店長が最後の一つを慎司に手渡した。
「久しぶりじゃな。これを上回る酒などないことは、この私が保証する」言い終わるや否や、クイっとウィラルヴァが一口で飲み干す。
少し遅れて蛇貴妃、セブラスがグラスに口をつけ、共に一口で飲み干した。
「うむ。美味じゃ」「くはっ! 自分の世界じゃ酒の神でもある俺だが、こいつは絶品だ!」
うん。絶対神なのに同時に酒の神でもあるのね虎男。どんだけ飲兵衛なのよ……って、他所様のことを言えたギリではないが。うちでも、父なる神が酒の神でしたわ。まさかこの世界でもそうなんじゃないだろうな?
「ふむふむ。かなりの純度の高い神酒のようですね」「遠慮なくいただきますね」
関野さんとタツネさんが、俺に向かって杯を上げたあとで、クイっとグラスに口をつけ……た顔色が、一瞬で変わった。
少し残ったショットグラスの日本酒を、見開いた目で無言でガン見している。
あら……? この世界の神様には、ヤバい味だったかしら? おかしいな。酒ってやつは、どこの世界でも共通のものだと思うんだけど。殊更、元の味は日本酒だ。口に合わないはずはないが……
「うっ……秀一さん。これ、貴方が造ったものなのですよね?」と、隣で呻く声が聞こえ、クルッと慎司を見やる。慎司もまた、眉間にシワを寄せ、グラスの日本酒を見つめていた。
「これは……理道さん? その一升瓶には、これと同じものが入っているのですよね?」と、関野さんが見開いた……それでも細い目つきで、店長の抱える一升瓶を指差した。
ええ、そりゃまぁ、入ってますが……。
「買った!! 十万…いや百万出します! それを私に売ってください!!」ガタンとテーブルを揺らして立ち上がる。
「な、何をいきなり……わ、わたくしは百万…と十円出しますわ! 是非わたくしにお売りください!」関野さんの顔をグイッと押し除け、タツネさんがずずいっとテーブルに身を乗り出した。
「ぐ…私が先に……では百五十万!」
「くぅぅ、関野グループ総帥めぇ足元見おって! 奈々枝! いくら持ってますか!?」
「へ? そ、それは……何か面白い品があれば購入しようと思い、五十万ほどなら持ってきてはいますが……」
「では百五十万十円! わたくしにお売りください!」
いや、その十円って半端はどこから出てんのさ!? てかなんなのよいきなり! 酒がお気に召したんだろうということは分かったけど、そんな血相変えて競り合うようなことじゃないでしょ!?
「ふっふっふ。財力で私に敵うとお思いですか? これを見よ!!」
そう言って関野さんが得意気に懐から取り出したのは、燦然と輝く、黄金製のキャッシュカードだった。
それを見たタツネさんの顔色が、みるみる青ざめてゆく。
「なっ!? くぅぅぅぅぅ、この成金亡者めぇぇぇ! ちょっと人間の世界で成功しているからって! うちなんて……うちなんてぇぇ!!」キィーっ!とハンカチを噛み締め、地団駄を踏むタツネさん。綺麗なご尊顔が台無しです。
「た、タツネ様……後払いで良ければ、私がなんとか致しますので……」額に汗した奈々枝さんが、慌てて宥めにかかった。
「大人気ない大人」俺の膝に座るタマちゃんが、店長に貰った苺ミルクを飲みながらポツリとつぶやく。
「ふっ……私の勝ちのようですね。では店長、ご支払いはこの特製VIPカードで」
「あ、うちはカード使えません」店長が人差し指でバツ印をつくった。
「ぐっ…!? いつもニコニコ現金払いだと!? そんなバカな!?」
「オホホホホ! しくじりましたわね成金神! ではその神酒は、わたくしのものということで……」どこぞから取り出したヒラヒラの扇子を口元に当てながら、タツネさんが勝ち誇ったかのような笑い声を上げた。
「タツネ様……はしたないです」と、奈々枝さんが恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせると、
「マモル様……お戯れはその辺で。秀一君もウィラルヴァ様も、呆れ返っていらっしゃいます」真樹さんが額に怒マークを浮かべて、ガシッと関野さんの頭を掴んだ。
うん。呆れちゃった。神様ってどこもこんなんばっかか!? うちの世界の神々とおんなじじゃねぇか! ウィルとか、あとウィルとか!
「貴方が非常識すぎるのです。こんな純度の高い神酒、一体どうやって造ったのです。最高神に献上される神酒だって、ここまでのものはありませんよ」
一人落ち着いた雰囲気の慎司が、嫌味を言うかのように呟き、グラスに残っていた日本酒をクイっと飲み干した。
どうやって造ったって……酒は水よりも、神力の吸収率が高いでしょうがね。ちょっとバランスを間違うと蒸発したり爆発したりするけど、配分を間違いさえしなければ、ものの数分で造れるもんだし。
……そういえば父なる神、もとい酒の神ウィルも、こんな酒、自分では造れないって言ってたような。これもまた、創造主特有の能力ってことか。シズカならおそらく、同じような感覚で造れるのだろうな。
まぁいい。それはとりあえず置いといて。
「関野さん、タツネさん。神酒は二本あります。気に入ったのなら、お土産にどうぞ。……いいですよね、店長?」
「そりゃまぁ……ここでダメなんて言えないでしょ。どんな祟りを受けるか、分かったもんじゃないよ」
タラリと頰に汗を流しながら言った店長の言葉に、途端に関野さんもタツネさんも、めちゃくちゃにご機嫌になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます