第43話 朝も早よからワンちゃんが
自分の部屋に一人でいる時間が増えてきたのは、部屋のクローゼットとオカルトショップとが繋がってしまったからであり、ウィラルヴァも蛇貴妃も日中のほとんどは、人目も気にすることもない店内で過ごしているようだ。
オカルトショップが本格的に始動するのは、店長がコンビニを退職する一週間後になるが、ウィラルヴァと蛇貴妃が無駄に大量生産したアクセサリーは、すでに店に運んであるし、未だ空の棚は多いものの、店長がオカルト仲間を通じて仕入れてきた曰く付きの品々も、ちらほらと店の中に並びつつあった。
気味が悪くなるほどに目力のある人形や、何を象ったのかもわからないほどヘンテコな形をした石像に、俺でも描けそうなくらいに稚拙な水墨画、などなど。そのほとんどが、誰が買うんだと目を疑いたくなるほど、高額なものだ。その仕入れ値がいくらなのか聞いてはいないけれど、ぼったくりなんじゃないかと思わずにいられなかった。
しかし生粋のオカルトマニアにとっては、それが適正価格どころか、投げ売りにも等しい捨て値価格なんだということは、その後すぐに証明された。
試行運転ということで店長の友人を招いて、午前中だけ店を開いたその日のうちに、店内に並んでいた商品の半分が売り切れてしまったのだ。
「大丈夫なの雅人君、こんな値段じゃ、利益が出ないでしょ?」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと利益は出てるよ。それにうちのメインは、大量販売できる御守りアクセサリーだからね」
「ああ、これね。俺ちょっと霊感あるから分かるけど、すっごい高質量のエネルギーを発してるのを感じるよ。これはこれで五千円ていうのも安すぎない? 欲しい人は、五万や十万でも買いたがると思うよ?」
「そうなんだ? でも、作った人の意向だから。お値段は据え置きで。向こうにちょっと効果は薄いけど、一個五百円前後のアクセも置いてあるから、そっちも見てあげてね」
レジ打ちしながら、ちゃっかり店長がお勧めした、新しく作った安物のアクセサリーも、ウィラルヴァと蛇貴妃が大量の神力を込めてしまった高額品も(と言っても五千円だけど。それでも俺にとっては高級品なんだよぉぉ)デザインのほとんどは、シズカが担当している。
ゆるふわ系の可愛らしいデザインから、クール系や骸骨などのカッコいいデザイン、または誰でも手が出せそうなシンプルなものまで、バラエティに富んでいた。
うん。そういうセンスでは、完全に負けてるな。物作りに関しては相当の自信があったんだけれど、俺はどっちかっていえば、見た目よりも性能を重視するタイプだし。
「いらっしゃいませー。どうですかこのネックレス。お客様によくお似合いだと思いますよ〜?」
「こちら特別価格デ、全品ワンコインとなっテおりまス」
エプロン姿のウィラルヴァと蛇貴妃が、全力で猫を被った、営業スマイルで接客している。
店内には今のところ六人ほどの客がいたが、店長と話をしている一人を除いた全員が、人間名レーラとミキの近くに群がっていた。
みんなの視線が商品ではなく、自称美人店員二枚看板などとほざく、二人組の顔に釘付けだ。
北欧系の健康的な金髪美人に、アジア系の艶麗な黒髪美人。……だけど知ってるかい? 中身ヤバいんだぜ、その二人。
ていうか売るなら五千円の高額アクセの方を売りやがれ! なんで俺が昨夜急造した五百円アクセを売り尽くそうとしてんのさ! そっちは儲けがほとんどないんだぞ!?
「なぁな秀一〜。なんか食いもんない〜? 俺、腹減っちゃったよ」
応接用のソファーにずべッと寝っ転がった湧音君が、首だけをソファーの背もたれの上に乗っけて、売り場にいた俺を呼び寄せた。
湧音君、今日オカルトショップの先行開店をすると教えたら、朝も早く、まだ開店前から、二階の入り口前の階段に座り込んでスマホを弄っていた。
学校もサボって駆けつけてくれたらしい。まっ! なんて不良なのかしらこの子わ!
ちなみに午後からは、奈々枝さんや真樹さんをはじめ、それぞれの主神も人間に化けて訪問してくれるらしい。タマちゃんも来ると言っていたし、かなり賑やかなことになりそうだ。
まぁ本題は、例のハンキチ爺さんの提案した、聖域戦争についての話し合いなんだけどね。一応、慎司にも話は伝えてあるが、返ってきた返信は『行けたら行きます』というツレないものだった。絵文字も何もない素気ない文面。まぁ、あいつにそんなものは期待しちゃいないけれども。
「店長〜。キッチンにある茶菓子、少し貰いますね。湧音が腹減ったって」
「はいよー。あ、それとこれ、キッチンに運んどいてもらえるかな。オカルト仲間が、お祝いで持ってきてくれた日本酒なんだけど」
「りょうかーい」
一升瓶が二本ひと纏めにされた日本酒を引っ掴み、キッチンと休憩室が一緒になった部屋へと入る。ドアを開けてすぐ右側には、ガスコンロや流し台。その向こうに少し大きめの冷蔵庫。部屋の中央には新品のテーブルが置かれ、左右三つずつの椅子が並んでいる。流し台と反対側の壁、部屋の奥の窓際には、仮眠用のソファーベッドが置かれてあった。
そういえば慎司が、断罪者本部と連携が取れる機材を導入しろとかなんとか言っていたけれど……ぶっちゃけ、どのくらいの大きさなんだろう。すでに色々と運び込んでしまっているため、置けるスペースが確保できるか謎なんですが。
まぁいいか。それはまた、そのときに考えるとしよう。
日本酒をゴトンとテーブルの上に置き、同じくテーブルの上に置かれた複数のレジ袋の中から、適当なお菓子を見繕って引っ張り出す。このあと午後からは、神様をも交えた会議が開かれる予定なので、何も出さないのはマズかろうと気を利かせた店長が、買い出ししてきてくれたものだ。
スナックやチョコ系のお菓子はともかく、やけに酒のつまみ系の品が多いと思ったら、冷蔵庫の中にビールやカクテルなどの、缶入りのお酒がズラリと並んでいた。
いや、宴会するわけじゃないんだけど……ああ、そのままの流れで打ち上げに入るって目論見なわけね。それはそれで店長らしい考え方だわ。
と、いうことは……。
先ほど運んできた日本酒をハタと見やり、しばし考え込む。
……うん。造るか。久しぶりに。向こうの世界で神族を招いての宴会の際には、よく造っていたものだ。
神力がたっぷりと込められた、特製の神酒ってやつをな。
ニヤリとほくそ笑み、日本酒の封を切ってキュポンと蓋を開けた。
父なる神であり、同時に酒の神でもあったウィル・アルヴァに、絶賛されたこともある自慢の神酒だ。その後は顔を合わす度に、神酒を造ってくれと要求されたもんだよ。夜中にこっそり台所に忍び込まれて、朝になったら顔を真っ赤にさせた父なる神が、台所で一升瓶を抱えながらイビキをかいていたこともあったなぁ。
造り方は至って簡単。瓶の口に手を当てて、気合いで神力を流し込むのみで御座います。コツは、込めすぎて瓶を割らないことね。あと爆発したら失敗です。
二本の一升瓶にキッチリと細工を施したのち、冷蔵庫から缶ジュースを二本取り出して、応接場で寛ぐ湧音君の元に戻った。
「遅いよぉー。お! それ長ポテ棒じゃん。好きなんだよ俺!」と、俺の手からお菓子の袋を引ったくる湧音君。そのままずべッと長ソファーに寝っ転がり、お菓子の長いポテトの棒をカリカリと齧り出す。
「行儀悪いぞー。牛神になっても知らないぞー」
湧音君の前のテーブルに缶ジュースを一本コトリと置くと、湧音君が長ポテ棒の袋を片手に抱いたままムクリと起き上がり、
「食べた分だけ修行すればいいのさ。なぁ秀一ぃ。退屈だよ、どっか遊びに行こうぜ?」
「あのなぁ、一応俺まだ、仕事中なんだけど?」
湧音君の正面のソファーに座り、プシュッとコーヒーのプルタブを開ける。
そういや転移前の日常では、コーヒー開けたらタバコに火を付けるのが日課だったなぁ。シィルスティングを手に入れて、パッシブスキルである常発能力のせいで、タバコを吸いたいとは微塵も思わなくなってしまったけれど。
いや、たまに吸ってたけどね。向こうの世界にもタバコはあったし。っても、紙タバコじゃなく、仲間が持ってたキセルを借りてからだったけど。
「仕事? ……秀一って、仕事何してんの? 俺には、ただ店にいるだけにしか見えないけどな」
「ぐっ…! そ、そんなことないやい!」
痛いところを突かれ、ぐぬぬと歯噛みする。
いやー。だってさぁ、レジは店長がずっと居座っているし、客の対応はウィラルヴァと蛇貴妃が独占……というか、客の方から二人んとこ行って、こっちには見向きもしてくれないし、こんな状況で俺に、一体何をやれって言うのさ!
「なぁなぁ秀一ぃ、遊び行こうぜー。あ! それより、どっかで戦わね? そっちの方がずっと面白そうだ!」
「アホぅ。今日は午後から大事な用事があんの! お前だって聞いてるだろ?」
長ぁいポテト棒をポリポリ齧りながら、湧音君がムゥ〜と眉を顰めた。
「小難しい話なんだろぉ? どうせ俺、起きてられないよ」
「あのなぁ……。お前の宿敵も関係している話なんだぞ? 頑張って起きてなさい」
まったくこの子は。遊ぶことと戦うことしか頭にないんだから。
まぁ、それが好い部分ではあるんだけど。
「えー? …あ! そういや俺、前よりずっと霊力が上がったんだぜ! なんかさ、秀一と戦ったことで、めっちゃ経験値が入ったみてぇ!」屈託なくニカッと笑う。
それは君、あれだよ。きっと俺の加護下に入っちゃったんだよ。なんか弟みたいで、守りたくなっちゃうんだもん。なんか知らんが、めっちゃ懐かれてるし。無意識のうちに加護下に入れちゃう癖があるんだよ俺には!
「それ、ウィラルヴァ……向こうの金髪のねーちゃんには、絶対に内緒な?」
「ん? ああ…なんで? 別にいいけど」
キョトンと小首を傾げた湧音君が、プシュッと炭酸飲料の蓋を開けた。
んくんくとジュースを飲む湧音君に苦笑いを向け、店内の様子を見やる。ウィラルヴァと蛇貴妃が共謀し、大量のアクセサリーを客の手に握らせていた。その上でまだまだ売り込もうとしているらしいが、いいように転がされている客達も、満更ではないご様子だ。
一つ売れる度に、本当に嬉しそうな顔してるもんなぁ二人とも。あの笑顔を見せられたら、男なら誰でも言いなりになっちゃいそうだ。……俺以外は。
店長は相変わらず、昔からの馴染みらしい霊感のあるという男と、楽しげに談笑している。今いる五人以外にも、開店してから十数人ほどの客が店を訪れているが、その全てが店長のオカルト仲間だ。おそらく、ドン底店長会のメンバーも、多数含まれていたのだろう。
そのほとんどの客が、一個五千円のアクセサリーを、迷わずに購入していった。…ううむ。見る目がある人ばかりだ。まぁ、店長の招待客なのだから、そういう連中ばかりが集まっているんだろうけれど。
その人達がアクセサリーの効用を口コミで広めてくれれば、そのうち大量の在庫も綺麗さっぱり売り切れてくれることだろう。頼むよほんとに。
魔除けから健康維持まで、間違いのない効果があるんですからね。神力切れになったら粉々に壊れちゃうから、アクセサリーとしては欠陥品かも知れませんが。
──その後も正午になるまで、店長の招待客は引っ切り無しに訪れた。それでも一度に訪れるのは五、六人に絞られていたのは、おそらくだけど訪れる時間をそれぞれにズラしてあったのだろう。店長が指示したことなのか、ドンテン会のメンバーで話し合ってのことなのかは分からないけれど。
店長が注文した出前の丼物を、湧音君らとみんなで美味しくいただき、午後が訪れる。
タマちゃんこと猫神、
三柱の神を含む午後の招待客が、約束の時間ぴったりに、揃って店を訪れた。
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