第45話 売れ行きは好調だそうです

 

「へぇー。神様から直々に渡されたってことは、紛れもない本物だってことですよね。オーケーです。是非是非、うちの店に置かせてください」


 両手に大量の御守りやお札を抱えた店長が、関野さんとタツネさんに向けて、ペコリと丁寧に頭を下げた。


 そのお札と御守りは関野さんとタツネさんが、自分の神社から持参したものだ。なんでも店の一角に特設コーナーを作って、販売して欲しいとのことで。


 うん。ちゃっかりしてるね。……というのとは、またちょっと話が違ってくるのだろうけれど。


 つまりは、自分達こそこの店、つまり巷で有名らしい理道一家と、最も関わりの深い神だと、他の神々に宣伝することになる、ってことなんだと思う。逆に言えば、もしうちに難癖つけたり、うまい話を持ちかけて騙そうでもしようものなら、自分達が黙っていませんよと。そういう意思表示にもなるってことなんだろう。


 いわば、持ちつ持たれつ、と。とはいうものの、お札や御守りが売れても、売上を折半してしまえば利益は高が知れているし、どちらかといえばこれは、こちら側の利の方が大きいと思う。


 真樹さんとはもう、完全に友達と言っていい間柄だし、ユウちゃんとは元から、親友の間柄だ。関野さんもタツネさんも、新参者の俺達のことを、心配してくれているんだろうな。有り難いことです。


「このRIDOHに置いてもらえれば、間違いのない収益アップが望めますわ。昨年の嵐で半壊してしまった、うちの支部の社も、今年中には修繕できることでしょう!」と、目に金マークを浮かべたタツネさんが、天井を見上げてググッとガッツポーズを作った。


 ……あれ? 純粋に金儲けのことしか考えて…いない? おかしいな。てっきり、俺らのことを気遣ってくれたものとばかり思っていたんだけれど……まぁいいや。そういうふうに見せかけているだけなのかも知れない。


「貴女はちょっと、金欲を自重した方がよろしいですよ。いくら自分の神社が儲かっていないからって、お金に固執しすぎです」


「黙れ成金。お前にだけは言われとうない」


 隣り合った関野さんとタツネさんの視線が、バチバチと火花を散らす。


 互いの眷族がツイと視線を逸らし、同時にハァ〜っと深いため息をついた。


 うん。……真樹さんも奈々枝さんも、裏では結構苦労してるんだろうなぁ。心中お察しします。


「あ、そういえば……慎司にもちゃんと、料金代わりの御守りを渡しとかないとな」


 ふと思い出して、ウィラルヴァと蛇貴妃が作ったアクセサリーを、取りに行こうとしたが、膝の上ではタマちゃんが、好物らしい苺ミルクを、チビチビと飲んでいる。


 邪魔するのも可哀想だったので、ロードリングから一つ星魔獣のスティールバットを取り出し、アクセサリーの棚に向けて、ポイッと放り投げた。


 召喚された鋼の蝙蝠が、燕返しをするようにして、アクセサリーを引っ掴んで戻ってくる。


「ほう。それがシィルスティングですか。真樹から能力の詳細は聞いていますが、すごく便利そうですね」と、称賛した関野さんの手には、未だショットグラスが握られていた。


 受け取った一升瓶は大事そうに膝の上に置かれていて、さっきからちょっとずつグラスに注いでは、チビチビと舐めるように飲んでいる。


 タツネさんも同様です。まぁ神様だから、酔っ払ってタガが外れるなんてことはないだろうけれど。……ないよね?


「すまんな。能力は秘密にしておきたいだろうが、俺には報告義務があるものでな。断っておくが、マモル様以外には一切、口外していない」関野さんの隣に座る真樹さんが、頰を掻きながら苦笑いした。


 いやいや。構いませんよそのくらい。そもそもが、秘密にしておきたいような能力は、今のところ全く使用しておりませんので。


 真樹さんに苦笑を返し、スティールバットに持ってこさせたアクセサリーを一つ、慎司に手渡した。


「これ、無駄に神力の込められたアクセサリーなんだけど、何個くらいになる? 持ってきて貰った水筒の代金な」


 こちらは酒ではなく、湧音らと同じ炭酸飲料の入ったコップを片手にした慎司が、何気ない仕草でアクセサリーを受け取り……


 受け取った目つきが、途端に険しいものになった。


「正気ですか? まさかこれ、すでに販売しているんじゃないでしょうね?」


「ぅん? いや、販売してるけど。午前中にも結構、売れたし。ていうか、ネットではすでに、数日前から販売開始してるよ。どっかの誰かさん達が、無駄に大量に作っちゃったからね」


 と言ってウィラルヴァと蛇貴妃をジロリと睨むと、二人揃って鳴らない口笛を吹きながらそっぽを向いた。


「あ。そういえばそれ、すでにかなりの数が売れたよ。今んとこ、まともに販売してるのはそれ一品だけど、やっぱ良い品は、分かる人にはわかるんだね。中には、一人で数十個も注文する人もいたから、さすがに一人十品までですって、制限を付けさせてもらったよ」にこやか店長の目の中にも、金のマークがぽわんと浮かんだ。


「へぇ〜! そりゃすごい!」


 それはなんと素晴らしい! いやー、世の中まだまだ、捨てたもんじゃないねぇ。


 と言ってもまだまだ、在庫は抱えている状態だ。今売り場に出している物も含め、倉庫の方にも、段ボール丸々二つ分ほどの不良債権を抱えている状態なのだし。


 ていうか、神力を込める前の元のアクセは、ほとんどがシズカが作ったものだけど……シズカもシズカで、よく短時間でそれだけ作り上げたもんだよなぁ。


 ワンチャン、そういった小物づくりの才能は、俺より優れているんじゃなかろうか。これは負けていられませんね。


「ちょっと待って下さい。そりゃすごいの一言で片付けていい問題じゃないのですよ? あなた方は事の重大さを、丸っ切り理解していないではないですか!」


 声を荒げた慎司が、ハァ〜っと長いため息を吐いた。と、


 チーーン…。


 不意に、部屋中に澄み渡るベルの音が響いた。ふと音のした方を振り向くと、両手に大量のアクセサリーを握り締めた関野さんとタツネさんが、小脇に財布を挟んで、二人してレジに並んで真顔でジッと店長の顔を見つめていた。


 チーン。チーン。連打される呼び鈴の音。


「は、はいはい、只今!」慌てて店長がレジに向かった。


 チラリと真樹さんと奈々枝さんに視線を向けると……二人とも頑なに目を合わせてはくれなかった。


「……これで分かるでしょう? これだけの神力が込められた霊具、神々が放っておくわけがないのです。しかも一個五千円とか……買い占めに成功した神々は、さぞほくそ笑んでいることでしょうね」眉間を押さえた慎司が、再びハァ〜っと長いため息を吐く。


「いや…でも、まだまだ在庫は大量にあるし……」


「そういうことを言っているのではないのです。一所に偏るのが問題だと言っているのです。これ一つで、小型の聖域ならば、一ヶ月は持つほどの神力量ではないですか。聖域の本拠地である神域であろうと、これ一つあるだけで、どれだけの防備が整うことか。こういうバランスブレイカーなことは、慎むべきだと言っているんです。世の中のバランスを保つために、我々がどれだけ苦労しているか、分かっているのですか!?」


 ガタリと椅子を揺らして立ち上がった慎司が、グイと俺の襟元を掴む。


 と、その手にヒョイと白く小さな手が伸びて、ガシッと慎司の手首を掴み上げた。


 タマちゃんだ。片手に苺ミルクを握り締めたまま、ギラリとした黄金の猫目で、慎司を睨み上げる。


「このままへし折ってやろうか? シュウお兄ちゃんに乱暴するな」見た目に似合わぬ、どよんとした圧力が滲み出た。


「……失礼しました、野播羅乃玉殿」


 恭しく頭を下げた慎司を見て、元の目つきに戻ったタマちゃんが、再び大人しく苺ミルクのストローを口元に運んだ。


 う、うん。なんか一瞬、タマちゃんの見てはならない本性を見たような……まぁいい。 にゃんこは正義。それだけは変わることない、宇宙の真理だ。


「しかし、これの販売の仕方は、少し考えた方がよろしいでしょう。一人十個までというのも多過ぎます。三つくらいにした方がいい。それと、断罪者本部に掛け合い、購入者の身元も把握しておくことです。要は一つの派閥に、これが大量に集まることが問題なのですから。それと一般の購入者も、これを持っていることで、良からぬ者に目をつけられて強奪されてしまう危険性もある。そういうところまで、きちんと考慮すべきなのです」


 大人しく椅子に座り直した慎司に、ウィラルヴァがフンと鼻を鳴らした。


「只々、神力が込められておるだけの護身具ではないわ。強奪でもしようものなら、逆にコテンパンに返り討ちにできるだけの能力は付与されておる。私と蛇貴妃が丹精込めて作り上げた傑作品を甘く見るな」


「そうダそうダ〜。襲いかかりデもしようものナラ、瞬時に八つ裂きにさレてしまうワ〜」


 いや、それはそれでまずいでしょうがね!? なんて恐ろしい能力を付与してくれてんの!?


「す…すまん慎司。販売には細心の注意を払うよ」


「……そうして下さい」言った慎司が、もう一度軽くため息を吐いた。


 うーむ。神力だとか特殊な能力が一般的ではないこの世界では、向こうの世界と同じような感覚で、迂闊に物作りもできないということね。こういうアクセサリーなんかは向こうの世界では、一時的な神力の補強とか、回復なんかでも重宝してて、誰もが所有しているアイテムだったもんだけど。


「この程度の魔導具でも、販売するのに問題があるだなんて……まぁ確かに、簡単な結界ならば、長時間維持できるだけの魔力ではあるけれど」と、シズカがポツリとつぶやいた。


 ああ……やっぱりシズカも、俺と同じような感覚なのね。なんかホッとしたわー。


「さて。それではそろそろ、本題に入りましょうか」


「そうですわね。そのために集まったわけですし」


 応接室に戻ってきた関野さんとタツネさんが、ホクホク顔で話を切り出した。二人ともポッケや胸元から、収まり切らなかったアクセの鎖なんかが、チラチラと覗いている。


「了解。あ……慎司? 水筒の代金、それ一個でいいのか?」


 問いかけると慎司は、右手に持ったネックレスにチラリと視線を落とし、


「これだけでも貰い過ぎですけどね。分けることもできないんで、過剰分は借りときます」言って、静かな仕草でネックレスを首にかけた。


 ふむ。つけてくれるのね。


 なんとなく不思議な嬉しさを感じつつ、先ほどスティールバットが持ってきた残りのアクセを見やる。


 指輪が一つと、髪飾りが一つ。


 目の前にあったふわふわサラサラの頭に、ちょこんと髪飾りをつけてやる。


「くれるの!?」弾けるようなタマちゃんの笑顔が、クルリと振り向いて俺を見上げた。


 うんうん。可愛いねータマちゃんは。


 多分タマちゃんも、関野さんらと同じく、アクセや神酒が欲しかったのに違いない。だけどずっとおりこうに、俺の膝の上にちーんしててくれたんだもんねー。


「ありがとう! 大事にするね!」嬉しそうに、チュ〜っと苺ミルクを吸い上げる。


 あかん! 目元口元崩壊するわ。ほんと持って帰っちゃっていいですかねこの子。


 ……っと、ここまでだ。ウィラルヴァの目つきが怖い。


「ほれ湧音。一個余ったから、お前にもやるよ」と、残った髑髏の指輪を湧音にポーンと放り投げた。


「お? 俺にもくれんの? おー。めっちゃ良いじゃんコレ!」ニカッと笑い、お菓子の油まみれの指に、スッと指輪を差し込む。「メリケンサック代わりにぴったりだ」


 ……うん。君にとってはソコが重要なのね。こぉの喧嘩狂いが!


「……人たらしめ」慎司がボソっとつぶやいた。


「アハハ。まぁ、人に好かれるのは良いことだよ。それより、さっさと話を進めちゃおうか。終わったらそのまま、打ち上げに入る予定なんで、予定のない方は残ってって下さいね」


 店長が進行役を務め、ようやく話の本題に入ることができた。

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