第29話 先行きは明るいのです!
「それはもう、夢と呼ぶには完全に違うものだね。自分でもそう思うでしょ?」
夕方前に搬入されたばかりの弁当をコーナーの棚に並べながら、店長は作業の手を休めることなく、レジに入った俺に向けてチラリと横目だけを向けた。
五時からはもう一人別の店員が加わるが、比較的暇な時間帯の今は、店内には店長と二人だけだ。客足も途切れ、なんとなくの話題で振った話だったのだが、店長の見解は、中々に的を得ていると思えた。
昨夜、例の聖域から帰還し、店長の知り合いが経営しているというバーに落ち着いて、情報交換も交え、少しばかり今後のことも含めて話し合った。だが、地元である俺達はともかく、これから都内に帰らないといけないという真樹さんは、あまり長居をすることもできずに、細かい話は後日改めて、ということになっている。
まぁ、真樹さんがどこの派閥に属しているかや、蛇貴妃の背後にいた黒幕が誰なのか、などという大まかなことについては、すでに情報の交換も終えているわけだが……だからといって、すぐに何か変わることがあるのか、といえば無いと言わざるを得ないけれど。
蛇貴妃の背後にいたという神は、それほど大きな派閥でもなく、名前も初めて聞くようなマイナーな神だった。それでも、そこに対して何かを仕掛けるには、それなりの準備が必要なんだそうだ。まぁそれについては、俺達がアレコレと口を出す問題でもない。真樹さんの側の問題だ。その上で助力して欲しいという要請があったとしたなら、こちらとしては動かない理由はないけれど。それもまた、後日改めて、の部分に含まれることになるんだろう。
傘下の傘下、ってことだ。まぁ汚いことには、大きな派閥の名のある神は、直接は加担しないってことなんだろう。
真樹さんの所属する派閥の主……つまり、真樹さんが仕えているという神は、
あるいは、せきのまもりのかみ、せきのまもりのみこと、などと呼ばれることもあるらしいが、現在はとある一人の人間として、とある企業の社長をやっているんだそうだ。
人間名は、
まぁ、挨拶程度ならね。神としてではなく、一人の人間として見てほしいと言っていたし、あまり堅苦しいものにもならなさそうだ。
「なんにせよ鍵は、あのときあの湖畔の町で、何があったのか。そこにありそうな気はするけどね」
弁当を並べ終えた店長が、足元に置いてあった空のカゴを二つ重ねて、店の奥へと引っ込んでいった。すぐにまた店内に戻ってきた店長は、手にしたカゴの中にお茶やコーヒーを大量に詰め込んでおり、手際良くホット系のコーナーに陳列させていった。
……言ってくれれば俺がやったのに。テキパキ動く店長を視界に捉えつつ、ぼーっとレジに突っ立っとくってのも、居心地が悪いんですが。
とはいえ、ちらほらと客はやってくる。量的に二人掛かりでやる作業でもないし、ここは甘えさえてもらいましょう。……いつもこうだけど。
「次に休みが合うのって、土曜でしたっけ?
例の湖畔の町に、今度はウィラルヴァも連れていこうと思ってるんですが」
客が途切れたのを見計らって、今度は冷凍台のアイスの補充を始めた店長に話しかける。
いや、だから、ジュースの補充をしてるときに、アイスの補充をしてくれと指示してくれれば俺が……まぁいい。気づかなかった自分が悪いことだ。それに、よほど忙しくない限り、一人はレジについているというのが、店長のスタンスでもある。ここは何も言わないでおこう。
「なんなら明日にでも、シフト変更してもいいけどね。伊藤君も三原さんも、いつでもいいって言ってくれてるし」
「いやー。あまり迷惑かけ過ぎるのもどうかと。三原さんなんて主婦なんだし、そんなに自由が利かないんじゃ?」
「うーん。大丈夫だとは言ってくれてるけどねぇ。
僕が起業する準備をしてるってことは、すでに話してあるんだ。理道君も一緒にね。だから、そのために急用が入るんだって思っているだろうけど……確かに、ちょっと心苦しいね」作業の手を少しだけ止めて、アハハと苦笑いする。
「……その起業についてですが、できるだけ早めることってできますか? 正直言って、二足の草鞋を履きながら、上手くやれるような仕事じゃないと思ってて」
それについてはまぁ、完全に俺の考えが甘かったと言わざるを得ない。世間的に、カモフラージュのための仕事が必要だってことは分かるし、フリーターならば最も時間に都合のつく仕事じゃないかって思われるかも知れないが、実際のところ、そんなに甘い話ではない。
人の生死が関わることもある仕事だ。他の仕事をやりながら、空いた時間で……というほど、無責任なやり方が通用する世界ではない。
時間をかけて、真剣に、じっくりと取り組むべき仕事なのだ。正直言って今回の仕事も、街に出没するというアウトカーストを見つけて、サクッと倒せば済む仕事だと思っていた。ほんの二〜三時間程度で終わる仕事なのだと。
だけど仕事が終わって家に帰ってきたのは、結局は明け方になっていた。まぁその大きな理由は、創造神という酒に強すぎる二匹の蟒蛇を、考えなしにバーなんて場所に連れてっちゃったのが、大きな要因ではあるんだけれど。
ウィラルヴァとセブラスだけでなく、蛇貴妃も人に化けて、結構飲んでたもんなぁ。真樹さんが帰ったあとも、何度シズカと目を合わせて深々とため息を吐いたことか。
ああ、店長もセブラスと並んで絶好調に盛り上がっていましたね。それでその翌日にこれだけ動き回れるって、アンタも相当なバケモンですよホントにもう。
「それなんだけど……実はね、開店はともかく、このコンビニを辞めること自体は、結構早くにできそうなんだ。
隣の市にある同系列のコンビニが、今月末で一店舗閉店することになっててね。そこの店長の転勤先が、まだ決まっていないっていうんだよ」
おや。それはまた耳寄りなお話で。
「できれば引越しをしないで済む店舗を希望しているらしくってね。マネージャーに、うちはどうですか、って事の経緯を説明したら、そういうことならば、っていう流れになってきてて。
ああ、もちろん、惜しまれはしたよ? 有能な店長を手放すのは辛いってさ?」言いながら、戯けてフフンとドヤ顔してみせる。
うん。まぁ、実際に惜しまれはしたんだろうな。俺がマネージャーだったとしても、間違いなく惜しむわ。
「とはいえ、こっちはまだ、店舗の目星がついたばかりの段階だから、すぐに開店ってわけにはいかないけれどね。書類上の問題もあるし。けどまぁ、先んじてネット販売の方だけなら、正味今日からでも展開することは可能なわけさ。
ただし、大きな問題が一つある」と店長は、空になったアイスのカゴを小脇に抱えつつ、ビッと人差し指を突き立て、
「商品がない! ……発注しているものもあるけれど、まだ届いてないんだよねー」言って、ケラケラと可笑しそうに笑った。
「アハハハ! 売るものがなけりゃ、商売はできませんね」釣られて吹き出す。
いやいや、とはいえ、商品だったらまぁ、俺も協力できないことはない。むしろ、需要のあるだろう悪霊系を寄せ付けない御守りもはじめ、いくつか店に並べてもらおうと思っていた魔導具もある。
まだ作ってはいないけれど。でもまぁ簡単な御守りくらいならば、今夜中にでもそれなりの数を用意することは可能だ。
これでも一応、一世界の創造主ですからね。むしろ物を作るということに関しては、どこの世界の創造主よりも長けている自信がある。
媒体は……そうだなぁ。あまり高額すぎるものを作っても、簡単には売れないだろうから、まずは一回限りの使い捨て的な、一個数百円程度のものを作るのがベターだろう。
となると、そこらでいくらでも手に入る、ガラス玉の偽物の宝石でも、純度の低い金や銀……いや、鉄製のアクセサリーなんかでも、十分に適応できる。
アクセサリーなんかは、そのまま使っちゃうのも問題があるのか。作った人に著作権云々文句をつけられかねない。というかそもそも、金属や宝石を溶かして、思った形に形成させるということが、俺には可能だ。
それに神力を込めれば、向こうの世界で散々に創作した魔導石という特殊な鉱石に加工することもできるし(というか蛇貴妃の依代に使った、シズカから譲り受けた銀細工も、純度の高い魔導石だった。シズカもまた、物作りには相当に長けているようだ)仮に魔導石にまで加工しなくても、ごく低レベルな魔導の理ならば、組み込むことは十分に可能だ。
それならば、手間やコストを考えても、数百円程度の値段に抑えることは、全く難しいことじゃない。
まずはそれを販売して、知名度を上げれば、やがては俺こだわりの精魂込めて作り上げた、何に使うとも知れない高額でマイナーな魔導具だって、飛ぶように売れてゆくことだろう。
何しろ、他にはない確実な効用が約束されているんだからね。分かる人にしか分からない逸品だろうと、使い所のない、人によってはガラクタにしかならないような品物であろうと、頑固我儘貫いて作り上げてみせますよ。
ちょっとでも気に入らない部分があれば、売り物にはなりません。自分が納得できないものを、誰が気に入ってくれるというのか!
妥協を許さない創造主の頑固さが生んだ、こだわりにこだわり抜いた、知る人ぞ知る超一流の魔導具ブランド『RIDOH』
その伝説は、ここから幕を開けるのです。
……………いかん。脱線した。
ま、まぁとにかく、先行きは明るいと思われます。店長が発注済みの商品は、どこにでもあるごくありふれたパワーストーンだというけれど、それにもちょっとばかり神力と理を付与すれば、どこにもありふれないオリジナルのパワーストーンにすることもできるわけだ。
それをアクセサリー加工するのは……ああ、そういうことは、俺よりもシズカの方がセンスがありそうな気がするなぁ。あとで電話して聞いてみるか。
「商品の仕入れは、他にもいくつか考えてることがある。曰く付きの物件からの買い取りとか、実際に現地に足を運んだりすることもあるかな。できれば同行してもらって、本物かどうか確かめてもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「それはもちろん。時間が許す限りは協力しますよ」
「まぁ、そんなに頻繁にあることでもないよ。そう偽って、断罪者の仕事のために遠出することは多くなるだろうけれど」
と言った店長の顔は、どこかウキウキ気分である。
ちょっとした小旅行だもんねぇ。まぁ、一晩中張り込みをすることになったりだとか、楽しいことばかりではないだろうけれど。
「本物じゃない、ただのガラクタだったとしても、買い取った値段に見合った効能は付与しますよ。普通の品物は、小物に至るまで一品も存在しない……そんな特別な店にしましょう」
「いいねそれ。ここに成功は約束された。特殊魔導具ブランド『RIDOH』の名のもとに」
「『RIDOH』の名のもとに」
言って店長と二人、決め顔でガッシリと手を組み合う。
と、
「何やってるんですか二人とも! お客さん待ってますよ!」
定時になって出勤してきた伊藤君に怒鳴りつけられ、慌ててアタフタとそれぞれの作業に戻るのだった。
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