第27話 ポケットで白蛇を飼うことになったのです


 煙のようにして蠢く、濃く赤い光が、まるで悪霊でも取り憑いたかのようにして、蛇貴妃の全身を覆っている。


「完全に無抵抗の相手でないと、かけることのできない呪術なんだけどね。身体と魂を繋ぐ魂魄の…神力を、強制的に溶かして放出させる。身体から切り離された魂は、二度とその肉体に戻ることはできない」


 すでにスマホでやるべき操作は終えているのだろう。まるでメールか何かを読み終えたかのようにして、真樹さんがスマホの画面から目を外し、蛇貴妃に使用した術の説明をしてくれた。


 途中、何か言いかけて訂正していたけれど、俺に分かりやすいように、言い直してくれたようだ。俺にはこの世界での言い方だと分からないことが、多々あるからね。


 真樹さんの話から察するにこれは、即死魔法のようなものなのだろう。魂と肉体とを繋げている神力、いわば接着剤のような役割を果たしている力を、強制的に奪い取り、肉体と魂とを剥離させる。原理そのものは、俺達の世界の即死系の魔法と、全く同様のものだ。


「仮に、依代に入っている魂の場合は……つまりは、真っ当な自前の肉体でない場合、切り離された魂は、自身の柱へと戻るだけだ。そこから再び依代を得て、あるいは転生し、復活することもできるだろう。

 だが、それが自前の肉体である以上、死の定めからは逃れられない。そこに霊魂が宿っているからだ。この地表の全ての現し身を失った神は、滅びを迎え、柱は崩れ去る」


 うん。……ええーっと。


「…………………」しばし無言の時間が続いた。


 ……いや、理解できるよ。ちゃんと理解しておりますよ。なんかウィラルヴァが、大丈夫かおい?的な疑心に満ちた目つきで、俺をジト目で睨んでいるけれど。


 人は死を迎えれば、魂は肉体から離れ、星の力の根源とも呼べる竜脈の中に入る。向かう先は、その人が帰るべき場所。つまりは、自分の魂の本体、だ。


 その魂の本体は、自分の帰依した神様、あるいは仏様だとか、途方もなく大きな柱と共にあり、その一部となっており、柱を支える力の一つとなっている。


 無論、自分の神を持たない魂もある。だがそういった単独の魂というのは、まずはどこかに帰依して自分の神を持ってからでなければ、肉体を持って地表に生まれてくることはできない。


 この世界での人の生まれ変わりが、神々によって管理されているからだ。


 創世期にある星ならばともかく、地球のように熟成期を迎えている星では、そういった魂も数が多く、命を持って生まれるのにも、順番待ちが存在する。


 誰がいつ生まれるのかを決めているのは、柱の主である神だ。あるいはその神により指名された、眷族のうちの誰かがということになる。


 そこにどういったルールがあるのかは、まぁ主神あるじである神の匙加減一つなのだが……。例えば天国や地獄という場所も、そういうルールを設定している神の聖域内に存在しているし、その神の柱の一部となっている魂しか導かれることはない。または神や仏で協同し、地獄や極楽という死後の世界を創造しているという例もある。つまり天国も地獄も設定していない神に帰依している者には、天国も地獄も存在しないということだ。そういう神が、どれだけいるかは分からないけれど。少なくとも俺とウィラルヴァの世界では、天国も地獄も存在しない。似ている場所はあるけれど。


 まぁとにかく、一つ共通して言えることは、どこかの神の柱の一部として、この世に生を受けた命は、その神の現し身の一つである、ということだ。


 正確にはその器の一つであり、魂のレベルにも段位があり、格の違いというものがあったりするのだが……そこまで考えてしまうと複雑怪奇な話になってしまうので、とりあえず粗大ゴミとして纏めて放り投げておこう。


 現し身の命と、そして神自身の御魂の宿り先が、全て地表から葬り去られたとき、神の柱は崩壊し、滅びを迎える。


 この蛇貴妃の場合、地表での魂の要である、霊魂が内在しているのは、元々生まれ持った肉体である、白蛇としての肉体の中だ。


 そして柱の一部となっている、かつて自分を祀ってくれた男の魂も、地表に生まれ変わってはおらず、現し身と呼べるのは、自前の肉体のみである。


 どこかに……例えばどこかの神社で祀られている神器の中に、分霊された霊魂がある……などという話になれば、また違ってはくるが……さすがにそれがあれば、蛇貴妃も自分から白状していることだろう。これだけ素直に、滅びを受け入れようとしているんだし。というか、もしそうであれば、俺とウィラルヴァの眷族として迎え入れることも、難しくなるのだが。……まぁ、ないか。ないよね。あれだけ借物の屋代を大事そうにしていたのが、演技だったとは到底思えない。


 ──蛇貴妃を取り巻く煙の光が、その足元から円を描くようにして、頭の上の方へと上がってゆく。同時に、蛇貴妃の身体からいくつかの色の神力が滲み出てゆき、光の中に吸収されていった。


 ふむ。余った神力も、真樹さんの神器に、ことごとく吸収されているようだ。何気に恐ろしい術だなこれ。


「そろそろ崩壊が始まる。魂を捕まえる準備はできているかい?」


「だってさウィラルヴァ。準備はできているかい?」


「丸投げか。……すでに本体は捉えておる」


 その本体というのは、竜脈の中……この世界とは別世界と言っていい、星の中枢に存在する、蛇貴妃の柱のことだ。


 これができるのも、異界のとはいえ、創造神であるウィラルヴァだけだ。もちろんセブラスもだろうが……獣人という性質上、苦手分野ではあるんだろうな。少なくとも、俺やシズカにはできやしない。


 人間の頭脳では把握しきれない、複雑な精神世界でのことだからねー。自分の星ならともかく、この地球で竜脈の本流に干渉しちゃうと、そのまま竜脈の中を流されて、精神が行方不明になっちゃっても不思議じゃない。


 だから丸投げするのです! めんどくさいことは全部任せちゃいましょう!


 ……いやいや、役割分担ってことね。創造主と創造神には、お互い出来ることと出来ないことがあり、持ちつ持たれつの関係だ。


 やがて蛇貴妃の頭の上に、全ての色の光が寄り集まっていった。真樹さんの制御する赤い光の中に、蛇貴妃から滲み出た神力が、全て吸収されたような形だ。


 そうすると今度は、残された蛇貴妃の身体から、蛍が舞うように、いくつもの光の粒が立ち昇り、虚空へと消え去ってゆく。


 魂を繋ぎ止めていた力も、魂の外殻も消失し、真っさらな蛇貴妃の霊魂が、地表へと沈んでゆくのを感じた。人型だった身体が薄く発光し、徐々に消えてゆき、最後には小さな白蛇の死骸だけが、ただ静かに地面に横たわっていた。


 と、


 ポワっ……と、シズカから貰った銀細工の彫刻が、白く光を放つ。


 全てウィラルヴァ任せの状態がゆえ、何がどこまで進んでいるのかは、把握しきれないのだけれど……少なくともこれが反応したってことは、この中に蛇貴妃を受け入れる準備は整った、というところだろう。


 俺の手の平の上で発光する銀の蛇龍を、見つめるウィラルヴァの双眸が、そこではないどこかを見据え、怪しく黄金色の輝きを灯している。


 ただ静かに立っているだけに見えるけれど、実際はそうではない。竜脈に干渉し、崩壊した蛇貴妃の柱から、その魂を引き出そうとしている。放っておけば魂は、種子を蒔く綿毛が飛ぶようにして、竜脈の中を漂い、やがてどこかで根を下ろす。そうしてそこから、再び柱が育ってゆく。


 それをコントロールしようというのだ。種子を根付かせる先は、まだこの地球に存在している、俺の柱。俺の柱であると同時に、ウィラルヴァの柱でもある。……いや、自分ではどこにあるのかすら把握してないんで、それこそ全てがウィラルヴァ任せということになるわけですが。


 ちなみに俺とウィラルヴァの星にも、こことは別に、ウィラルヴァを主軸とする柱が存在している。星に生きる全ての存在が、自らの現し身…子である、揺るぎない柱だ。それが崩壊すると同時に、星も滅ぶ。


「よし。捕まえて我らの樹木に根付かせたぞ。あとは、眷族としてこの地表に召喚すれば良い」


 そのためには、結構な神力を消耗するはずですが……まぁ、蛇貴妃がシィルスティングになった際の星レベル、おそらくは五つ星程度の消耗で済むはずだ。いや、呪力を身に纏っていたときの蛇貴妃の強さが、五つ星程度のものだったので、純粋な蛇貴妃のレベルは、それよりも低いことになる。


 三つ星ってとこかなぁ。まぁ、二千以上あるうちの三つ分ってことだから、まだまだ全然痛手ではないけれど。


 ていうか、どこかに消えてしまう力ではない。新しい眷族を得ることになるのだし、完全な等価交換といったところだ。


 シズカから貰った銀細工の蛇龍が、さらに強く白い輝きを放つ。やがてそれは、細く長い形状へと姿を変え、輝きが収まってゆくとともに、地面に横たわっている蛇貴妃の死骸に良く似た白い蛇が、スルスルと蠢き、俺の腕に絡まっていった。


「ふむ。上手くいったようだな。シュウイチ、新しい名前を付けてやるといい。これまでもそうであったように、そうすることで、正式にお前の加護下となる」


「そうだなぁ……じゃあ、s……」


「シロなどと安易な名前はやめろよ? だからと言って、ヴァイスやブランも却下だ。ネーロとマウラは、自分の名前を気に入っていたようだが、どちらもただの黒ではないか。

 そもそもお前は、名付けが適当なフシがある。父なる神と母なる神の元名がウィル・アルヴァだからと、私の名前もウィラルヴァなどという訳の分からないものにされたし、マリカやアリエルだって、元々はディズ……」


 あかーん! それ言っちゃいけないやつだから! 分かる人だけ分かって黙っててくれればいいやつだから!


「じゃあもう、混乱するからそのまま蛇貴妃でいいじゃないか。おそらくは月読命って神様が名付けた名前だろうけど、こっちには著作権なんて存在しないだろ」


 あったらあったで、使用料くらいは払ってやるさ! 蛇貴妃のレベルと同じ三つ星同等の神力でどうだコノヤロウバカヤロウめ!


「蛇貴妃とイウ名は、私モ気に入ってイル。呼び方ハ、何デモ構わないゾ? ソレヨリ、ココは居心地ガ良い。私ノ新しい棲家ダ」


 前よりは若干、呂律が回るようになった声音で、蛇貴妃がスルスルと俺の腕を伝い、服の中へモゾモゾと入り込んでいった。


「あ! 貴様! シュウイチの服の中を棲家とするなど、なんと羨まし……けしからんことを! 貴様に棲ませるくらいなら、私が金蛇に化けて……」


「やめんかぁー! すぐさま蛇に化けようとすな! 蛇貴妃も出て来い、ポケットの中くらいなら、棲んでもいいから!」


「ヌ? ポケットの中モ悪くナイ。モシクは、コウしてネックレスみたいニ、首に巻き付いてイルとイウのは……」


 絞めるだろ!? 隙を見て首を絞めるだろお前!? 絶対なんて言わないからな!?


「いやー。なんか、賑やかになってきましたねー」

「うむ。口を挟む隙が一切無いな」


 少し離れたところで店長とセブラスが、ニヤニヤした目つきでこちらの様子を伺い、近くにいたシズカと真樹さんが、呆れた視線をこちらに向ける中……


「いいか。まずはじめにゆっておくが、シュウイチの全ては、私のものだ! いくら眷族に迎えたとはいえ、お前の入る隙はこれっぽっちもないからな!」


「だとシテモ、私の全てハ、既に秀一様のモノダ。秀一様が、ココニ棲んデモ良いト言ったノダ」


 腰に手を当て仁王立ちしたウィラルヴァと、俺の襟元からニョッキリと首を出した蛇貴妃が、真っ向からバチバチと女の火花を散らしていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る