第25話 昔からソリの合わない奴でした
「何を悪怯れるでもなく、遠慮することもなく、自然と心の弱みに寄り添ってくる。それを自分では意識することもなくやっているというのだから、貴方は天然のタラシだというのです」
続けて聞こえた慎司の声に、珍しく怒りの感情が混ざっているように思えたのは、気のせいではないだろう。
蛇貴妃の頭の上にヨジヨジとよじ登り、ドッカリと跨って座り込む。慎司の声がした方に顔を向けると、小さな屋代の後ろの竹林の中から、白装束の神主姿の慎司が、ゆっくりとした足取りで歩み出てくるところだった。
ふむ。どうやら今度は、本物の慎司であるようだ。先ほどとは違い、生気というものが感じられる。
いやー。意外に似合ってるじゃないか神主姿。まぁ、どっちかっていえば中性的な顔立ちをしているもんな。物静かで、線の細い痩せ型の身体付きだし。
「ひどいなぁ。いつでも一途な男だぞ俺は。浮気なんてできるほど、度胸もないしな」
「その点は認めますが、姉さんと付き合っていたときだって、平気で女友達と遊びに行っていたでしょう。貴方にとってただの友達だったとしても、その中の何人が、貴方に気を持っていたか……知りもしないんでしょうね」
ぬう……そこまで鈍感ではないぞ俺は。それに、恋人がいることは、ちゃんと周りに公表していた。それも気にせず告ってくるような女なら、そもそも友達になったりしない。
第一、慎司が思っているほど俺は、モテる男ではない! 確かに昔は、女友達も何人かいたけれど、向こうだって俺のことをただの友達としか思っていないような、軽薄な連中ばかりだった。
どっちかっていえばモテない男だったんだよバカヤロウ! ウィラルヴァに異世界に拉致されるまで、結婚もできなくてずっと寂しい独り身を送っていた男だぞ。
……ていうか、
「随分と俺のことに詳しいなオイ。共通の友達もいなかったはずだが、そんなことどうやって調べたんだ?」
「貴方の世界ではどうだか知りませんが、この世界では、情報というのは大きな武器なのです。どこぞの創造主のように、なんでもかんでも力で解決することなど、我々には難しいのですからね」忌々しそうに、蛇貴妃の頭に乗った俺の顔を見上げる。
「オヌシ……ソコニ居座ルモリジャナカロウナ?」シュルシュルと赤い舌を鳴らしながら、蛇貴妃が抗議の声を上げた。
いいじゃん別に。意外にも座り心地がいいんだよね、ここ。
「どこぞの創造主って誰のことだよ。……まぁいい。とにかく、そんな昔の情報まで詳しいってことは、あの頃からお前は、断罪者側の人間だった、と解釈して良さそうだな。まさかとは思うが、遥華もそうだったのか?」
「さぁ。どうでしょうね。…自分で聞いてみたらどうですか?」嘲るようにフンと鼻を鳴らす。
絶妙に小憎たらしい顔だ。あくまで俺のことを、赤の他人としか見ていない。認めてはいないのだ。あの頃からずっと。
そうだった。だから俺は、こいつが苦手だったんだ。何を考えているか分かりはしない、得体の知れなさがあった。姉の遥華の手前もあってか、話しかければ返事くらいは返ってきたけれど、親しく言葉を交わせたことなど、ほとんどなかったと思う。
「その遥華の居場所を教えるには、神力を渡せって言うんだろ。
一つ聞くけど、渡した神力を、一体何に使うつもりなんだ?」
「……聖域を維持するためですよ。そのための神力を確保するのが、俺の役目です」
「そんなわけあるか。そうまでしなけりゃ維持できない聖域など、持っている価値なんてない。不良債権を抱えて、家計も火の車になりながら無理矢理、繋ぎ止めているだけだ。罪もない人間に負担を背負わせてな。
それが神のやることか?」
「貴方も創造主ならば、聖域の重要性は理解できるはずです。数多の聖域が星を支え、存続させている。この世界を支える柱なのです」
「少し、勘違いをしているようだな。聖域が星を支えているわけじゃないぞ。星を支えているのは、神々や人間をはじめとする、星に暮らす者達の魂だ。聖域はそれを手助けしているだけに過ぎない」
正確には、星の根源に寄り集まった魂が、星の力を制御して竜脈の流れを形作っているんだけどね。その辺りのことは、一口には語り尽くせない、複雑なシステムが構成されているんだけれど……
まぁとにかく、聖域というのは、必ずしも必要なものではない。無かったら無かったで、竜脈の流れが荒ぶり、年中嵐に見舞われたり、引っ切り無しに火山が噴火したり、津波が頻繁に発生したり、滅茶苦茶な自然環境が生じてしまうけれど……その辺りはまぁ、星の管理者である神々の仕事だ。人間である俺達に責任があるものではない。
確かに、神々がそれを円滑に管理するために、制御する力そのものである魂を集め、星に秩序をもたらしているというのも否めないが。その集めた魂の容れ物として、聖域が必要になるのも、まぁ理解できる。
だけど極論を言ってしまえば……その聖域も、創造主&創造神の聖域一つがあれば事足りるのだ。その他の聖域は、別に無くても構わない。もちろん、たくさんあった方が安定はするのだけれど。
だけどその聖域を維持するために、神力を集めなければならず、結果、罪もない人間達がその煽りを食っているということになれば……本末転倒としか言うほかはないじゃないか。
「大方、見栄やプライドを守るために、聖域を維持することに躍起になってる神々がいるんだろうけれど……ナンセンスもいいところだな。この星の竜脈が管理されていて、自由に神力を引き出すことができなくなったのも、あちこちに無駄な聖域が増え過ぎたことが原因なんじゃないのか?」
俺とウィラルヴァの世界でも、破壊神の脅威が去って平和になったのちに、世界のあちこちに、その土地を治める神族の聖域が増えていった。その結果、神族同士で張り合い、些細ないざこざから戦争にまで発展した例もある。
俺自身、この世界の世界情勢というものに、さほど詳しいわけじゃないけれど、戦争はいつまで経ってもなくならないし、国家間の対立も存在すれば、陰謀論など都市伝説的な話も、実しやかに囁かれている。
その全てに、神々が関わっているとは言わないけれど……少なくとも、宗教間の考え方の違いが争いの源となっている事柄については、その関係性を否定することはできない。
神々は啀み合う。人と人とがそうであるように。地球の絶対神が、人としての転生を繰り返し、情勢に関わらなくなっているというこの地球では、代わって星を管理する数多の神々が、権力争いを繰り広げているだろうことは、容易に想像できることだ。
そこに、人権というものに重きを置く神が、どれほどいることだろう。死ねば復活するに多大な時間を要し、眷族や加護も一からのスタートとなる神族とは違い、人はいくらでも生まれてくる。代わりの効く存在だ。実際のところどの世界でも、人を軽視する神が多数存在することも、紛れもない事実だ。
「貴方の世界は、よほど健全な世界なのでしょうね。考え方が幼稚過ぎます」慎司の目つきが、スゥッと剣呑なものになった。「貴方が思っているほど、この世界は単純なものではありませんよ。どれだけ複雑で、そしてどれだけ醜いことか。いずれ、分かるときがくるでしょう」言って、歯噛みするように唇を歪ませ、クルリと踵を返し、竹林へと歩を進ませてゆく。
「待て待て、明らかに、これから戦闘が始まるって流れだったろ! 何、普通に帰って行こうとしてるんだよ。あくまでこの聖域に閉じ込めるつもりか?」
竹林の手前で足を止めた慎司が、袴の裾を風になびかせつつ、肩越しにこちらを見やった。
「閉じ込められると思っていましたよ。つい先ほどまではね。この世界の常識では、道も無く外に出ることなど、かなわない場所です。
ですが貴方達は、文字通りに非常識だ。いくら俺でも、異界の創造主と創造神、二人を相手に、事を構えるつもりはありません」
そう言い残した慎司が、静かな足取りで落ち葉を踏みしめ、竹林の中へと消えていった。吹き抜けた風が竹の葉を揺らし、ザァーっと騒めく音が、徐々に遠くへと遠ざかってゆく。
と、
バヂッ…バチバチッ!と何かが鋭く弾ける音が響き、俺と蛇貴妃の前方の空間が円形に歪み、雷のように細かなスパークが弾けた。
「シュウイチ、無事か!!」と、暗闇の竹林に響き渡る、ウィラルヴァの声。
あー。なるほど、そういうことね。
俺には使えない、次元を渡る転移能力。例え他人の聖域だろうと、そこが存在する一つの世界である限り、創造神であるウィラルヴァ…あるいはセブラスならば、強引に道を作ることも可能なわけか。
俺の所有するシィルスティングの中には、その能力を持ったカードが存在しない。きっとシズカの扱える魔法も同じなんだろうな。
「ぬ、へびか! 貴様、シュウイチを喰らうつもりならば、その前に我が喰ろうてくれるぞ!」
ポッカリと円形にくり抜かれた空間の中から、長い金髪を神々しく後ろになびかせながら、ウィラルヴァが飛び出してくる。よく見ると切り取られた空間の奥では、ここと全く同じ風景の中、シズカやセブラス、そして真樹さんの姿が覗いていた。
あれ店長は?と思ったら、そのずっと後方の竹林の陰から、ビクビクしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。
うん。ナイスポジション。……早いとこ、護身用の簡易魔法を見繕って、店長に渡してあげよう。
「蛇貴妃。お前のサイズじゃ、あの穴を通るには大き過ぎる。人型になれるか?」
「分カッタ。言ウ通リニシヨウ」
しおらしく頷いた蛇貴妃が、薄く灰色に発光した。みるみるうちに巨大な蛇の身体が、赤いワンピースを着た少女の姿へと縮小してゆく。
ふと気がつくと俺は、華奢な身体つきの少女に、背中から抱きついた格好になっていた。
うむ……。手の平に何やら柔らかい感触が……。下着はつけてなかったのですね……。
「ダカラ、何度モ何度モ、何処ヲ触ッテオルノジャ貴様。イクラ異界ノ創造主トハ言エ、無礼ニモ程ガアルゾ」
「ほう? 何度もだと? 助けにくる必要もなかったようだな」
どこまでも冷たい目つきで、ジトッと俺を睨むウィラルヴァ。
誤解ですってお嬢さん! さすがに蛇女にちょっかい出すほど、飢えてはおりません!
「秀一君、無事で良かった。いきなり地面の中に消えたときは、レイラちゃんにどう申し開きしようかと気が気じゃなかったよ」
言いながら真樹さんの携帯のライトが光り、不可視の力が、蛇貴妃を拘束したようだった。
「もう離して大丈夫だ。秀一君、捕まえてくれてありがとう」と言って、意味ありげに片目を瞑る。
「なんだシュウイチ、このへびを捕まえにきておったのか?」
真樹さんの出してくれた助け舟を鵜呑みにしたウィラルヴァが、パチクリと瞬きをした。
いや、鵜呑みも何も、事実その通りなんですけどね。
「分カッテオロウナ。取リ引キダゾ」と、身動きの取れない蛇貴妃が、横目で俺の顔を見る。
分かってますって。そのためにはまず、真樹さんとウィラルヴァに、交渉しなければならないことがある。
「ウィラルヴァ。こいつを眷族に迎えようと思ってるんだが」
いきなりの申し出に、ウィラルヴァの眉間にピキッとしわが寄った。「また女か…」小さな声でボソッとつぶやく。
アホぅ。変な意味で言ってるんじゃないやい!
慌てた真樹さんが声を荒げ、
「ちょ、ちょっと待ってくれ秀一君! そいつは仲間の
「それについては、真樹さんの自由にしてくれて構わないよ。ていうかむしろ、キッチリと息の根を止めて欲しいと思ってる」
言われて真樹さんが足を止め、怪訝に眉をひそませた。
「うん? ちょ…っと言ってる意味が分からないんだが。眷族に迎えた仲間を、すぐさま殺してくれって言ってるのか?」
「んー。ちょっと順序が逆かな」アハハと苦笑いする。
ウィラルヴァが、納得したようにポンと手を叩いた。
「なるほど。それならば確かに、誰に文句を言われることもなく、眷族に迎えることも可能だな。……納得はいかんが」ジトリと冷たい目つきが俺に向く。
そういえばウィラルヴァがこっちの世界についてきたのって、俺の周りの目障りな女を排除するため、という項目も含まれてたんだっけ。
いや、蛇だぞこいつ。こんなんでも一応、神でもあるし。……どっちかって言えば妖怪に近いかも知れないけど。
「まぁ良い。とりあえずは帰ろう。この穴も、いつまでも開けておくわけにはいかぬ」
ガシガシと機嫌悪そうに頭を掻いたウィラルヴァが、深々と長いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます