第23話 神隠しに遭ってしまいました


「あちこちの神々が噂していますよ。シュウイチさんがどこの派閥に身を置くのか。今や神界はその話題で持ち切りです」


 言いながらも、あくまで興味もなさそうな顔つきで、慎司が無造作にこちらに歩み寄ってくる。


「その割には、誰も接触してこないけどな。ああ、もしかしたら、これが最初の接触、ってことになるのかな?」


 未だに蛇貴妃の首に抱きついたままでいたら、蛇の尻尾でコツンと頭を叩かれた。ギロリと蛇貴妃を睨むと、蛇貴妃もまた真っ黒に艶やかな目でギロリと睨み返してくる。


「イイ加減ニ離レロ。コレ以上クッツイテイルツモリナラ、責任ヲ取ッテ貰ウゾ」


「なんの責任だよ。人喰いの化物に興味なんかないわ」


 バシっと蛇頭を叩き返し、ヒョイと慎司の手前に飛び降りた。


「蛇貴妃。飲み込んだ男の霊力はいつもの場所に。取り分については、あとで相談しろ」


「フン。大シテ残ッテハオランゾ。契約ハ契約ダカラ、従イハスルガナ」言い残し、蛇貴妃が道の奥の竹林の方へと消えてゆく。


 全身を包み込んでいた地の鎧を解除し、岩砂甲虫をリングに戻した。


 それにしても、なんで慎司がこんなところに……。普通の一般人であるのなら、こんなところにいるはずもない。慎司もまた、断罪者側の人間、ということだろうか。


 それに慎司は、俺が異世界の創造主となったことを知っているようだ。蛇貴姫と呼ばれたこの大蛇が、主、と呼んでいたことだし、この聖域……聖域? ん? 領域ではなく、聖域と呼んでいたな? 


 どうやらここは、現実世界とは隔離された空間のようだ。ただの領域でないことは間違いがない。そもそも聖域とは、現実世界とは別に存在する場所だ。重ねることはできるけど。


 最な疑問点は、慎司もまた、何かしらの能力者らしいというところだろう。それが昔からなのか、それとも俺が記憶を失ってからなのかは分からないが。…もし後者なのだとしたら、あのとき起こったらしい出来事が、関わっていたりするのだろうか?


 ……まぁいい。分からなければ聞けばいい。コレ人類の知恵。


 素直に教えてくれればいいけどね。こいつ昔から、必要以上のことは喋りたがらないタイプだったし。


 さてさて、何から話し始めればいいものか。聞きたいことが多すぎて、話がごっちゃになってしまいそうだが。


「ここは聖域らしいな。主、と呼ばれたってことは、お前が作った聖域なのか?」


 問いかけると慎司は、相変わらず感情を見せない冷めた目つきで、


「俺だけのものではありませんけどね。管理者の一人ではあります」言って少し間を置き、「……そんなことが聞きたかったのですか?」少しだけ怒気を含んだかのような声音で言った。


 言われて、真顔で慎司と視線を合わせた。前よりも随分と大人びた、懐かしい顔がそこにある。


 ……慎司が何を言いたいのかは、分からないではない。それでもそれは、簡単に口に出すことは、憚られることだった。


 聞いてしまえば、知ってしまえば、そこから後戻りすることはできなくなってしまうだろう。そんな思いが、自然と無言を貫かせた。


 しばらく無言で見つめ合う。ややあって慎司は、伏し目がちに小さく息を吐いた。


「なるほど。踏ん切りはついているということですか。今さら姉さんの居場所を教えてもらったところで、会うつもりもないと。

 それはそれで、俺にとっては都合の良いことですけれどね」言って、冷めた視線を俺に戻した。


 うん。そういうわけではないのだけれど……まぁいい。今の言い方からして、とりあえず遥華が生きていることだけは間違いがないようだ。それが分かっただけで良しとしよう。


 何を慌てることもない。こうして慎司と会えたことで、俺の話も遥華に伝わる可能性だってあるし、もっと時間を置いてから、同窓会的なノリで、久しぶりだね〜、元気だった〜?みたいな感じで、自然な流れで再会できるのがベストだと思う。


 ……………だよな? 変にがっついて会いたがるのも、なんか違う気がするし。気になっているのは、あのとき何があったのかということであり、遥華については、無事でいてくれるんなら、それだけで十分なことだ。


 ……それはそれで軽薄な考え方かもしれないけれど。


 しょうがないだろう。今さら振り返すにもいかないことだ。もちろん遥華には会いたいけれど、会うわけにもいかないのが現状なのだから。何よりウィラルヴァが、遥華には会って欲しくないと思っていることだろう。


「俺が知りたいことは、あのとき、どうして俺は記憶を封印させられなければならなかったのかということだ。あのとき、あの街で何があったんだ? 俺の原付だって、長屋のそばに放置されたままだった」


 だからこの件について俺が聞くことは、そこまでに留めるのが無難だった。


 慎司はそんな俺の心情を察しただろうか。分からないが、問われた慎司の表情に、少しばかり戸惑いの色が浮かんだ気がした。


 ほぼほぼ無表情だけどね。こいつがそんな奴だと知らなければ、気づくこともできないほどの些細な変化だ。


「思い出していないのですか? そこらの土地神がかけた程度の封印など、表層程度のもの。解除するのは難しいことではないはずですが」


 ふむ? ということは、封印をかけたのは、あの神社の祭神ということだろうか。


「いや、まぁ…ある程度は解除できたんだけどね。肝心の部分は思い出せないままだ。

 表層程度っていうけど、かなり深いところに封印がかけられていたぞ」


 ていうか、封印解除に使用したソゥルイーターは、六星魔獣とはいえ、封印能力だけを見れば十分に八星クラスの能力がある。その他の能力が低いために、六星に位置されてはいるけれど。


 それで解けないんだから、相当に強力な封印だ。とても土地神程度、などと一笑できるものではない気がするんだが……。


「そんなわけがないでしょう。あのとき貴方に封印を施した神は、記憶の表層程度に干渉する力しか備えていません。加えて、貴方がこの世界に帰ってきたことにより、貴方に取り入るために封印も緩くされてあったでしょう。何かきっかけがあれば、解除せずとも自然と思い出せるようになっていたはずです」


 そう言われれば……確かに。いきなり遥華の夢を見たり、あの街の風景を見て、過去の出来事を思い出したり……思い当たるふしはいくつかある。


「謀っているわけではないでしょうね。あのときのことをネタに、俺がシュウイチさんを脅迫するとでも? 悪い選択肢ではありませんが、あれはこちらにも非があること。脅しに使うには効果が薄い」


「脅し? ……すまん。全く意味が分からない」


 どういうことだろう。俺を脅せるようなことが、そこで起こっていたということか? もしかして俺、なんかやらかした?


 そんなバカな! ……と言いたいけれど、どうしよう。


 俺ならばありえる気がする。


「……いいえ。謀るなど、貴方にそんな器用なことができるとは思えません。やったとしても、失敗するだけでしょうね」と、慎司が嘲けるように口の端を上げた。


 おいこら。そりゃどういう意味だ?


 言いたかったけど飲み込んだ。ちくしょう。その通りだよばかやろー。


「とにかく。覚えていないものは覚えていないんだ。何があったか教えてくれるかな?」


 ニンマリ笑顔に怒気を含ませてみる。


 俺なりに親近感を匂わせた反応をしたつもりだったのだが、慎司は全く動じるふうもなかった。…相変わらず冷たい奴だ。昔から、冗談の一つも通用しない奴だった。


「……それを教えるのに、見返りを下さいと言ったら、応じてくれますか?」と、慎司は眼鏡の奥の細い瞳に、どこか暗い色を灯らせた。


「貴方がこの世界の事情を、どれだけ理解しているかは分かりませんが……我々も他の神々同様、大量の霊力を必要としています。そして貴方は、それを所有している」言って両手を広げ、辺りの景色を見渡した。


「この聖域一つを存続させるだけでも、多量の霊力が必要なのです。霊力とは神々の間では、人間の世界でいうお金や、石油や電力といった資源も同様のもの。その価値、貴方なら想像できるでしょう」


 それはまぁ。それについては、前に真樹さんからも注意を受けたし、それなりに理解しているつもりではいるけれど。


 ただし、それを譲渡するというのも、なんとなくスッキリしないものがある。


 俺やウィラルヴァが個々で捻出できる量の霊力……つまり神力ならばともかく、こいつらが所望する神力というのは、星のレベルにも影響するほどの膨大な神力のことを言っているのだろう。


 ハッキリ言って俺は、一レベル足りとて、星のレベルを下げたくなんかはない。あれは俺やウィラルヴァだけのものではなく、眷族であるマリカやアリエルをはじめ、あの星に住む住民達、みんなのものだからだ。


 俺とウィラルヴァには、あいつらに対する大きな責任がある。


 戦うために必要な神力の消耗ならば、まぁ妥協しなくもないが……ウィラルヴァだって遅れを取るなと言っていたし。俺に何かあって暴れられても困るし。むしろそっちが怖い。とても怖い。


 如何なる理由があるとしても、それをこの世界の神々に渡してしまうなど、考えられないことだ。


 ていうかこの世界に必要な神力は、この世界だけで賄えよと。


 それで足りないと言うならば、やり方が間違ってるんだと言わざるを得ない。国政もさながらだ。この世界の神々が、集めた神力を何に使っているのかは知らないけれど。


 ロクでもないことに使っていたりするんじゃなかろうか。金も同様の価値観だというのならば、あり得ない話ではない。


「……断るよ。神力…霊力を寄越せというのなら、あのとき何が起きたかを、教えてもらう必要はない。何か他の方法を考えるさ」


 言って肩を竦めてみせると、慎司はグッと眉間にシワを寄せた。


「どうしても……ですか?」


「ああ。どうしても、だ。あの星の神力は、あの星のみんなのものだ。俺の一存で、どうこうできるものじゃないんだよ」


「……貴方は、絶対神には向いていないようですね」


「そりゃそうさ。第一俺は、自分のことを神様だとか大それた存在だと思っていない。人間さ。俺はいつでも、ずっと人間だった」


「それが無責任の表れだというのです。

 まぁいいでしょう。それより、これからどうするつもりですか?」


 どこまでも無表情な顔つきで慎司が言う。要望を蹴られたことには、さほど関心がないように見えるが……まぁ、こいつのことだから、本心は見せないだろう。


「うーん。さっきの蛇女な。あれをぶっ倒さなきゃ…というか捕獲しなきゃならないんだが、許可してくれ…ないだろうな、やっぱり」


 苦笑いすると、慎司は意外にも、アッサリと許可を出してくれた。が、


「構いませんよ。貴方なら、大した苦労もなく捕まえることができるでしょう。この聖域内で、どれだけ暴れてくれても構いません。いくらでも修復することは可能ですから。

 ただし……捕まえたあと、どうするつもりですか?」


「どうするって……そりゃまぁ、真樹さんの……ああ、俺の仲間ね。仲間の知りたい情報を聞き出して、あとのことは真樹さんに任せるよ。

 場合によっては、お前と敵対することになるかも知れないけどね。二ヶ月前にあの蛇女が殺した断罪者の件が、お前が指示したことだったってんならな。

 加えて、お前の背後にいる神も、粛正対象に入るかも知れない。まぁその辺りのことは全部、真樹さん次第だけども」


 そう正直に打ち明けたところで、慎司はフッと小さく口の端を上げ、さっきと同じように、両手を広げて辺りの風景を見渡した。


「そうではなく、どうやってここから出るつもりですかと聞いているのです。出口が分かるのですか? それとも、捕獲した蛇貴姫に案内させますか? 断っておきますが、俺は許可を出しませんよ」


 おっと……。そうきたか。


 なるほど。そのために、俺をこの場所に呼び込んだということね。ここから出してもらいたければ、大人しく神力を寄越せと。


「それじゃあ……まずはお前を捕まえるのが先かな?」と、左腕のリングにそっと指先を触れる。


 慎司はチラリと、俺の左手首のロードリングに視線を向けると、


「捕まえる? どうやって? 俺の本体がどこにあるのかも分かっていないのに?」


 そう言ってほくそ笑んだ慎司の身体が、ふっと霞のようにして消え去った。


「精々、足掻いてください。疲れ切ってどうしようもなくなったら、呼んでくれれば迎えにきますよ。

 そのときは、快い返事を頂けることを期待しています」


 誰もいなくなった薄暗い路地の中、響く慎司の忍び笑いが徐々に小さくなっていった。物寂しく、物音一つしない静かな雰囲気が、辺り一帯を滞ることなく包み込む。


 ……おのれ、俺とウィラルヴァの世界と同じく、聖域内ではなんでもアリということか。完全にホームグラウンドだ。


 完全に俗世とは隔離された世界。要は今の俺は、神隠しに遭った状態にあるわけだ。


 困った……。マジで出ることできないんじゃね、これって?


 ……まぁいい。とりあえずは、あの蛇女を捕まえることにしよう。そのあとのことは、そのあとに考えればいい。


 思い立ち、薄暗い夜の路地を、蛇女の消えて行った竹林の方へと歩き出した。 

 

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