第20話 真樹さんのおふだは近代的でした
まだ警察も来ていない今なら、店の中の様子も窺えるだろうか。人だかりの中を潜って前に出て、バーの出入口を見やった。
入口のドアは開いていて、中の様子が見えそうだったのだが、ちょうど入口を塞ぐようにして一人の男が立っている。バーの中はガヤガヤ騒がしく、関係者が集まっているようだ。だが、会話の内容までは上手く聞き取れなかった。
バーの常連のふりをして、中に入れてもらおうか……などと考えていたら、出入口を塞いでいた男が、不意にこちらを振り返った。
見覚えのある顔。その視線が俺の姿に気づき、軽く二度見するようにしたあとで、こちらに向けられた。
「真樹さん? なんでここに…」人集りの中から抜け出て、見知った顔の男に話しかける。
「良かった。どうやらまだ接触前のようだね。シュウイチ君達がこの仕事を受けたと聞いて、探していたんだ」
少しワイルドな印象も受けるラフな服装の真樹さんが、チャラリと腰のチェーンを鳴らしながら歩み寄ってきた。
「軽くだけど、聞き込みはしておいた。警察が来ると手続きが必要になって面倒だから、一旦離れようか」と言って、辺りの人集りを嫌い、路地裏の方へと促された。
店の裏口の近くで、路地裏に屯する若者を装い、ビルの壁に背を持たれる。
真樹さんはどこか申し訳なさそうに頭を掻きながら、
「実はこの仕事、戦力が整ったら、俺が片付けようと思っていた仕事なんだ。二ヶ月前に返り討ちになったという断罪者は、同じ派閥の奴でね。敵討ちしなきゃならなかった。ただ、あまり武闘派の派閥ではないため、断罪するための戦力が中々、確保できずにいたんだよ」少し自嘲気味に肩を竦めた。
なるほど。それでここのバーで事件があったのを聞きつけ、警察よりも早く駆けつけて聞き込みをしていたと。
やっぱりこういう場合は、迅速に行動しないとダメなんだな。関連性があるか分からなかったため、俺が駆けつけたのは、騒ぎが始まってしばらく経ってからだったけど。
「君達なら大丈夫だとは思っていたけど、一応、情報は多い方がいいと思ってね。
二ヶ月前、このアウトカーストに敗北した断罪者は、ランクこそはC級だったが、実力は十分にB級程度のものを持っていたんだ。
うちは、中立を貫く派閥の中でも、特にのんびりとした派閥でね。ランクの更新を面倒くさがる連中も多いから」アハハと、自嘲気味に笑う。
おお……なんだろう、すごく良く分かる。
向こうの世界でギルドを運営していたときも、ランクの更新を面倒くさがって、ずっと適正ランクの二つ下で活動していたロードがいた。
……いや、俺のことだけどね。最初の頃なんて、長いことロード協会に登録もしてない野良ロードだったし。
まぁそれはともかく、
「ということは……危険度はBに指定されているものの、実際はそれ以上、ってことか。それを伝えるために、わざわざ探してくれてたんですか?」
「これだけは伝えとかなきゃと思ってね。サイトからメールは送ったんだけど……まるで反応がなかったからさ。君達なら大丈夫だとは思ったものの、立場上、丸投げするわけにもいかず、こうして探していたんだ」
言われて携帯のメールを確認した。友達や登録しているゲームのサイトなどからのメールに混じり、真樹さんからのメールも混ざり込んでいた。
おっと、いつの間に。全く気がつかなか……というより、メールなんて気にも止めていなかった。
うん。あれだ…今度から断罪者関連のメールは、ちゃんと把握できるように着信音を変えておこう。こういうところに気付けないのは、俺の最大の欠点だな。…昔から。
「手間取らせちゃってすみません」頰を掻きながら軽く頭を下げる。
真樹さんは軽く苦笑し、
「構わないよ。どの道、動かなけりゃならなかった事案だ。
ところで、レイラさんやシズカさん達は? 君一人で行動しているようだけど」
言われて、またも適当さが露見してしまったことに気がついた。
そうだった。何かあれば、真っ先に連絡するって約束だったっけ。
店長とシズカの携帯に連絡を入れ、現状を報告した。
「すぐに合流するそうです。ちょっと離れた場所にいるんで、時間はかかるかも知れませんけど」
「そうか。……どうやら、警察が到着したみたいだね」
表通りの方から、パトカーのサイレンの音が響き、路地裏の暗がりの方にも赤色灯の明かりが、チカチカと照らされているのが見えた。
「一応、警察と共同することも可能だけれど……どうしようか?」どこか試すような視線が向けられる。
「得られるものはありますか?」
逆に問いかけて真樹さんの顔色を伺った。その顔が、ニヤリと歪められた。
「ないよ。俺達には、俺たちのやり方がある。
レイラさん達と合流する前に、俺達で出来る限り追跡しておこうか。まだ、そんなに遠くには行っていないはずだ」と言って、スマホを取り出し電源を入れた。
画面に何やら、お札のような画像が映し出される。
「それは?」
「ん。ちょっとだけ、俺の特技を披露しておこうかと思ってね。シュウイチ君はまだ、この世界の能力者について、ほとんど知識がないだろう?」
「そりゃまぁ。以前は、全く普通の一般人でしたから」
「だろうね。まぁ俺の能力は、数あるこの世界の能力者のうち、ほんの一種でしかないけれど。参考にはなるだろう。
俺は代々、符呪師の家系なんだ。こういう札を使って、能力を発動させる」と、画面に映った札を見せつける。
「札って……スマホの画像なんですが?」
「そうさ。スマホさ。神器という名のね」
そう真樹さんがニヤリと含み笑った途端、画面に映っていた画像の文字が、フワリと空中に浮き上がった。
スマホのライトを照らすかのようにして、画面から浮かび上がった札の文字が、画面の数センチ上に、青白い模様を形成させる。
「俺自身の神力は、そんなに高いものじゃない。けれど普段から出来る限り、この神器の中に神力を貯め込むようにしてる」と言って、スマホの画面をタップした。
画面に、神力値6200という数字が表示される。
「これが、現在貯まっている分だ。と言ってもシュウイチ君には、どれくらいのものなのか基準が分からないだろうけれど。
大まかな基準としては、下級の断罪者であるD級の基準値が100。C級が500。B級で1000、A級で5000、S級で10000以上、ってところだ。
まぁ、あくまで目安だけどね。断罪者の強さってのは、神力値だけじゃ判断できないものだから」と言って、少しだけ自慢気に口の端を上げた。
なるほど。その基準だけで判断するなら、真樹さんはA級断罪者に当たるわけか。とはいえ個人の身体に所有できる神力値はもっと低く、神器であるスマホにはさらに多くの神力を貯め込むことも可能、と。
まぁそれだけ見ても、確かに単純に数値だけじゃ判断できないところだ。
俺達の世界でも、神力量というのは基準でしかなく、いくら高い神力量を持っていようと、それを役立てるシィルスティングを所有していなければ、宝の持ち腐れだった。
もちろん、その逆も然りだし、シィルスティングの使い方がなっていなければ、十分な力を発揮することもできない。
今思えば、転移した当初の俺が、そんな感じだったな。融合方法も心得ていなかったし、ウィラルヴァと繋がっている膨大な神力を、完全に持て余していた。
「まぁどちらにせよ、君達の世界のものと比べて、この世界の能力は物理的な破壊力には乏しい。一部神々や悪魔には、例外もあるが……人間の使える力というのは、地味なものがほとんどさ。
理道君にも分かり易いように、便宜上、神力と呼びはしたが、俺のような符呪師や霊能者が扱う力は、霊力と呼ばれている。まぁ、呼び方なんてなんでも構わないんだが」と言って、画面から浮かび上がった文字に手をかざした。
「符術なんて、見た目も地味で、派手さはないけどね。ただし、効果だけは多彩なものがある。便利なものも多いんだぜ」
空中に浮かぶ青白い文字が、拡散して地面に弾け落ちる。と、地面に一対の青白い足跡が浮かび上がった。やがて足跡は、ゆっくりと一歩ずつ、歩を進ませていった。
なるほど。おそらく、追跡用の術なのだろう。立ち去ったであろうアウトカーストの足跡を辿る……といった感じの能力なのだと思う。
便利だな。俺のシィルスティングは確かに、炎や水といった、物理的な能力が多い。中にはソゥルイーターのような、特殊なものもありはするけれど……。
うーむ。もしかしたらシズカなら、こういった能力も得意なのかも知れない。一応、魔女ですからね彼女。
……いや、そうでもないかも。奴も俺と同じで、攻撃的な能力ばかり持ってそうな気がするな。性格的に。
「さぁ、追い掛けよう。のんびりしていたら、足跡も風に消えて、辿れなくなる」
言われて頷き、真樹さんと二人、路地裏の路面を歩く足跡を辿って行った。
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