第19話 おばけの考察をしてみました


 悪霊ってなんなのだろうと、ふと考えた。以前までの俺の価値観では単純に、悪いやつ、怖い物。心霊スポットや墓場などにいて、人に取り憑いて悪さをし、呪い殺す。普通の人間では抗えない、恐ろしい存在。…と言ったものだろうか。


 姿が見えない、実体が無い、人の拳では殴ることもできない。従って、もし取り憑かれでもしたら、霊能者にでも頼って、お金を払って追い払ってもらうしかない。…それだけでも、十分にタチの悪い存在だ。


 とはいえ以前の俺は、そういった存在を、完全に信じていたわけではなかった。幽霊なんて見たことなかったし、初詣で神社に行ったり、肝試しで心霊スポットに行ったりしたことはあったけれど、特別に信心深かったわけではないし、これといって特別な体験をしたことは一度もなかった。


 それで信じろと言われても、無茶がある。


 だけど今なら、少なくともその理屈については、理解することができる。俺とウィラルヴァの世界の理と照らし合わせて、共通する部分がいくつもあるからだ。


 だがそれは、完全に同じというわけではなく、世界ごとのオリジナリティがあるため、一概には言い切れないことではあるが。


 それでも、俺独自の見解で、凡そを把握することができる。きっとシズカもまた、似たような感覚でいることだろう。


 俺が思うに悪霊というのは、負の神力が染み付いて毒されてしまった、魂のことなんだと思う。


 実は魂というのは、竜脈の中に、その本体と呼ぶべき大部分が内在している。この世界に人間として、又は生物として生を受けた際に、肉体に宿る魂とは、本体部分の一部でしかない。人間、または人外も含め、地上で肉体を持って生きる魂とは、多くても全体部分の一割ほどでしかないのだ。これは世界が存在する上での理の一つであり、どこの世界でも共通のものだ。存在する上で、というよりは、存在させるために、という言い方のほうが正しいが。


 これがまだレベルの低い星なら、本体部分が完成されておらずに、竜脈の中をあてもなく彷徨い……いや、そういう話まで始めたら夜が明けてしまうか。辞めとこう。


 とにかくだ。神力というのは水と同じで、停滞すると淀んで腐ってしまう性質がある。あくまで喩えであり、実際はもっと細かい仕様があるが……まぁとにかく、その淀んで腐ってしまった神力が、悪霊が纏うという負のエネルギーだ。


 実はこの負のエネルギー、人間が人を恨んだり妬んだりすることで、生み出される場合もある。怒りなら炎、恨みなら闇といったふうに、細かく属性分けすることもできるが…めんどくさいから割愛する。


 そういう負のエネルギーが魂に染み付いてしまうと、死んだときに身体から抜け出た魂が、上手く竜脈の中の本体に戻ることができず、染み付いた部分だけが切り離されるような形で、地上に、又は竜脈の上層部分に残されてしまう。


 俺とウィラルヴァの世界では、これが魔物の卵とも呼ぶべき魂の残痕であるのだが……おそらくだけどこの世界でも、同じ現象は起こっていると思う。


 まぁこれは基本的な魔物発生の流れであり、他にも様々なパターンがあるのだが。魔物となってしまった魂の一部は、浄化しなければまた魔物として生まれてしまうし、淀んで停滞した竜脈の中に健全な魂が迷い込んでしまい、侵蝕されて強力な魔獣が誕生したりなど、色々と。


 そうやって生まれた魔物……悪霊が、この地上に留まり、他の善良な霊を取り込んだり、人間を殺して神力を奪ったりしながら、力をつけて強大化する。放っておいたらこれが日常茶飯事となり、最終的には、負のエネルギーに支配された、荒廃した世界が出来上がってしまうだろう。


 それを阻止するためにも、断罪者のような組織が必要なのだ。俺とウィラルヴァの世界では、ロード協会がそれに当たる。シズカの世界でも、魔法使いや獣人を中心とした、特殊な組織が存在しているに違いない。


 そうでなければ、世界の秩序が保てないのだから。


 今回のケースで言えば、賞金までかけられて退治することが推奨されているこの悪霊は、それだけ世の中の秩序を乱す危険性の高い、アウトカーストだということになる。


 タブレットの画面には、一向に赤い点滅は表示されないけれど。負のエネルギーを纏っていない善良な霊や、妖魔の類いだという白い点滅はそこかしこにあり、時折、黒い点滅も目につく。


 それがどれだけの力を持った悪霊なのかは、探知器の画面を見ている限りは分からないけれど、とりあえず現時点では、アウトカーストに登録されるほどの悪さをしていない、霊や妖魔の類いだということになるわけだ。


 ていうかマジに便利だなこれ。ネットを通して即時に情報を共有することも可能なわけだし、これ一つで遭遇した悪霊の神力情報もスキャンできるわけか。今回の標的の識別ができるのも、それが理由だろう。これはインターネットや電子機器の発達した、この世界ならではのものだ。ちょっと羨ましい。


 ときおり、白や黒の点滅が、現れたり、消えたりしているが……おそらく、建物などに邪魔されて、上手く探知できていないんだと思う。


 つまりは、仮に地中の奥深くにでも潜まれたら、この探知器じゃ発見することができないということね。あるいは、見つからないように結界を張ったりできるだろうし、ステルス機能のような隠密能力を備えた、アウトカーストがいる可能性も考慮しなければならない、と。


 なるほど。シズカとセブラスが苦労しているのも頷ける。


 飲み歩く人通りも賑やかな歓楽街を歩き、探知器の反応をチェックする。人の集まる飲み屋街のような場所でも、普通に霊や悪霊は存在しているようだ。いや、だからこそ、かも知れないが。


 あるいは、人に憑いている霊もいるのだろう。俺には霊感など全くないため、真相は分からないが。


 俺に任された探索範囲は、この歓楽街を含め、西側一帯の住宅街だ。


 闇雲に探索したって、空振りになる可能性が高い。ある程度は絞っていかないといけないが、問題は、どう範囲を絞ればいいのかというところだ。


 被害があったという場所と、後日胴体部分が発見されたという箇所を、地図に表示してみる。特に関連性は見当たらない。全くのランダムのように思えた。


 最初の被害者が出たという場所が、たまたま近くにあったため、そこを目指して移動してみた。飲屋街の外れにある、古い木造アパート。駐車場には十台ほど止めれるスペースがあるが、駐車されている車は二台だけだ。


 人が入っていないのだろう。明かりのついている部屋も、三つほどしかない。他は全部空き家なのだろうか。


 辺りには古ぼけたコンクリートのビルや、住宅もある。いくつか小さな焼肉屋など飲食店の看板も目に入るが、人通りはほとんどない。通る車はそれなりに多いが、歩道脇の街灯も数少なく、物寂しい印象を受ける。


 この建物、要は事故物件ということになるのだろう。それが周知されているのかは分からないが、人の入りが少ないということは、知られているのかも知れない。


 あるいは黒の点滅くらいはあるかもと思ったが、探知器の反応は静かなものだった。


 ウィラルヴァやシズカからの連絡もないということは、向こうも似たような状況なのだろうか。


 うーむ。これ、今夜中に終わらせることは不可能なんじゃないだろうか。考えてみれば、一撃五百万もする仕事を、簡単に済ませてしまおうというのが、そもそも痴がましいことだ。


 いや、それもまた、俺の貧乏性の感覚でしかないのだろうか。人によっては五百万も、俺にとっての五百円くらいの感覚でしかない富豪もいるはずだし。


 向こうの世界での俺なら、それこそ片手間で稼げたくらいの額だけれど……実際に資金の遣り繰りは、そういうことを得手としていた仲間に任せ切りだった。俺自身の金銭感覚というものは、こっちでも向こうでも、大差あるものではない。


 現金も、こっちの世界での小遣いと同じくらいの小銭しか、持ち歩いていなかったもんなぁ。


 思いっ切り歩きタブレットしながら、再び歓楽街の中心へと戻って行った。酔っ払い達の脇をすり抜け、深夜の賑やかなネオンと喧騒の街中を歩く。着崩したスーツで肩を組みながらフラフラ歩くオッサンに、いい匂いを振りまきながら通り過ぎる、派手な服装のホステス。並木を背もたれに座り込み、ギターを鳴らすラフな服装のお兄さんに、甘い歌声に足を止め聴き入る、束の間の観客達。


 タブレットの画面を見つめながら、座り込んだ街角のベンチで、ふと懐かしい匂いを感じた気がした。


 どこかで嗅いだことのある、香水の匂い。


 それが彼女の…遥華のつけていた香水の匂いだということに気がついて、顔を上げて辺りを見やる。


 行き交う人並み。まだまだ夜はこれからの時間帯、通り過ぎた誰かが、同じ香水をつけていたのだろうか。


 と、ビルとビルの間、通る人影もない路地裏の向こうに、車椅子を押す赤い服の女性の姿がチラついた。


 それは一瞬でビルの陰に消えて行き、普段ならば、気にすることもないほど、取り留めもない事柄のはずだった。


 だが、妙に違和感を感じる。今いる大通りには、街灯や店の明かりも豊富で、通りすがる人の顔も確認できるほどだ。


 路地裏の方はそうでもない。それなのに、一瞬視界に入ったその女性は、暗がりの中にいたというのに、服の色や髪の色まで、やけにハッキリと判別できはしなかったか?


 タブレットの反応を見やる。特に変化はない。……ということは普通に、生きている人間だったのだろうか。


 と、そのとき不意に、通りの向こうが何やら騒がしくなっているのに気がついた。


 何かを叫ぶ男性の声に、女性の悲鳴。少し離れたところにあるビルの入口に、人集りができている。


 喧嘩か何かか? いや、そういう感じには見えない。よく聞くと、警察を呼べだとか、救急車だとか、叫んでいるのが聞こえた。


 人集りに近寄り、近くにいた男の人に、何があったのかを聞く。


「殺人事件らしい。そこの飲み屋のマスターが、バラバラに切り刻まれているそうだ」


 言われた途端、タブレットに、赤い点滅が反応した。

 

 

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