第18話 キャンピングカーが欲しいと思いました


 隣街の歓楽街の路地裏で、張り込み中だったシズカとセブラスと合流した。


 表通りよりやや寂れた雰囲気を漂わせる路地裏には、行き交う人も数少ない。知人や常連の客で経営を持たせているような、小さなスナックや居酒屋の看板がいくつか並び、帰宅途中のサラリーマンや、気ままに飲みに出た若者の姿が時折目につく。月極の駐車場の脇で、錆びついたフェンスに背を持たれたセブラスが、車の窓を開けて呼びかけた店長に気づき、隣でタブレットの画面を見つめていたシズカの袖をツンツンと引っ張った。


 どこかの店から漏れ出るカラオケの音が、ビルの隙間から響いてくる中、後部席に二人が乗り込む。


「手間を取らせて申し訳ない。何せ、賞金首であるアウトカーストを見つけるのにも、四苦八苦してしまっていてな」げんなりとした顔つきで、セブラスが肩を落としている。


 シズカと二人、昼からずっと標的の悪霊を捜索しているらしい。


 ちなみにアウトカーストというのは、断罪者の本部により害悪と認定された悪霊等の総称だ。危険度により五つのランクに分けられ、賞金もかけられている。断罪者であれば、発見次第に処分することが義務付けられているのだそうだ。


「魔術を駆使して炙り出そうとしたんだけれどね。私の索敵魔術じゃ、街を彷徨く普通の霊まで根こそぎヒットさせちゃうの。どれが標的かわかりゃしない。ていうか霊の数多過ぎ! こんなに彷徨ってるなんて知りもしなかったわ」


 いっそ尽く成仏させてやろうかしらと続けてボヤきながら、シズカが手にしたタブレットを操作している。


「それは?」後部席を振り向きつつ問いかけると、付近の地図らしき上に、レーダーのように光の線が回る画面を見せつけ、


「本部から貸し出された探知器よ。賞金首のアウトカーストが近くにいれば、表示されるようになっているの」と言ってタブレットを操作して、地図の画面を拡大させた。


 画面上に、いくつかの白い点が点滅している。それらはアウトカーストとして登録されていない、どこにでもいる浮遊霊等なのだそうだ。


 これが黒い点滅になると、アウトカーストとして登録はされていないものの、人に害をもたらす負の神力を宿した悪霊であるという。


 なるほど。悪霊というのは負のエネルギーを纏っているものなのか。俺とウィラルヴァの世界で言う、魔物の発生する魔境に溜まり込んだ汚れた神力が、それに当たるのだろう。この世界にも存在してるのね、負のエネルギー。


 そしてそれらの点滅の中で、赤い点滅を発見できれば、それがアウトカーストとして賞金首に登録された悪霊や、妖魔などの類に当たるらしい。


 今回の標的であるアウトカーストは、これまでに数人の断罪者を返り討ちにしたことのある悪霊であり、危険度は五段階指定のうち、Bランクに当たるという。


 報奨金は五百万。なかなかの額だ。


「悪霊一体を葬るだけで五百万はおいしいな。一人頭、百万の計算になるわけか」と、ウィラルヴァがホクホク顔だ。


「いや、僕はただの運転手だし、同じ取り分をいただくわけにはいかないよ」と店長が頰に汗を垂らした。


 まぁ、その内訳はあとで考えるとして……まずはターゲットである悪霊を発見しないと話にならないな。


「それにしても、便利な探知器だねそれ。神崎さんに連絡すれば、僕らも貸してもらえるのかな?」


「断罪者なら誰でも可能だそうだ。一応、三つほど借りておいた。

 これだけじゃなく、他にも色々な便利グッズがあったぞ」と言ったセブラスが、俺と店長に一つずつ、同じタブレットを手渡した。


 ふむ。いいなこれ。一応は通常のタブレットとしても使用可能なようだ。


 そういえば断罪者のサイトに、機器の貸し出しについての項目があったな。確か、最新機器の搭載されたキャンピングカーなどもあったと思う。


 今度詳しく確認しておこう。キャンピングカーとか、遠出した際の拠点としても活用できそうだ。


「標的の情報を確認してくれ。登録番号、SB─2119だ」


「ええーっと……ああ、こいつか」


 店長が操作するのを真似しながら、標的のアウトカースト情報を画面に表示させる。


「見た目等の詳しい内容は分かっていない、と。

 見た目が分かっていないのに、個体識別は可能なんだね」店長の素朴な疑問だ。


「返り討ちにされてはいるが、数人の断罪者が接触しているからな。そいつの持つ神力の情報は把握できているのだろう」


「神力というより、妖力と言った方が正しくないかしら? 少なくとも私の世界じゃ、負のエネルギーに落ちた力は、妖力と呼んでいるわ。ちなみに、この世界や理道君の世界で言う神力は、私のところでは魔力と呼んでいるの」と、シズカが口を挟む。


 まぁ、魔法使いの世界じゃそうなるだろうけれど……ここはこの世界の言い方に合わせましょうよ。


 いや、知らないけどね。この世界でどんな呼び方をされているのかは。少なくとも神々の扱う力は、神力と呼ばれてはいるみたいだけど。真樹さんがそういう言い方してたし。


 他にも霊力だとか呪力だとか、色んな呼び方があるのかも知れないな。


「私とシュウイチの世界では、光、闇、火、水、土、風の力は、全てが神力で統一されている。汚れて淀んだ神力であっても、元を正せば、同じ星の力だ。何を細々と呼び方を分ける必要がある」


「とは言え俺達の世界でも、人間達の間では、魔物や魔獣の扱う力は、魔力と呼ばれていたけどね」


 だからこそ、魔獣と神獣とで区別されていたし、神剣と魔剣も存在した。が、実際はどちらも同じ力だ。人間が勝手な見解で、悪しきものとそうでないものを区別するため、使い分けるようになった呼び方に過ぎない。


 きっとこの世界でも、似たような経緯はあるに違いない。存在する宇宙の力は、どこの世界でも全く同じものなのだから。


「理道君達といると、ホント色々と勉強になるよ。

 それはとにかく…ここ一年ほどの間、約一ヶ月周期で被害が起きているようだね。

 C級とD級の断罪者が、一人ずつ犠牲になっているみたいだ。ふた月ほど前にC級の断罪者が返り討ちになった際に、危険度Bに指定されたみたいだよ」


 同アウトカーストによる仕業と見られる、一般人の被害者も、十人ほどいるようだ。


 全員が成人男性。女性の被害者はいない。


「結構えぐいね、これ。現場には、切り落とされた手足だけが転がっていて、胴体部分は後日、現場から数キロほど離れた場所で見つかっているみたいだよ。

 これだけの事件となると、僕が聞きかじっていても良さそうなものだけど……心当たりは全く無いや」と、店長が自信喪失している。


「それも当然だと思うわよ。最初の頃は一部報道もされたみたいだけど、すぐに規制がかかったみたい。断罪者の調査員が、アウトカーストの仕業だと認定して、報道機関に圧力がかかったんでしょうね。現在では警察の捜査も打ち切られているようだし、いくら筋金入りのオカルトマニアとはいえ、一般人である雅人さんが知らなくても当然だわ」


 一瞬、誰それ?と思ったのは内緒だが、雅人さんというのが店長の名前だ。普段は店長としか聞かないため、聞き慣れてはいないが。


「月一程度が、周期ということか。まぁおそらく、人を殺して神力を奪っているのであろうな。奪った神力が乏しくなる一ヶ月後に、また犯行を繰り返す、といったところであろう」と、腕組みしたウィラルヴァが見解を述べた。


 なるほど。ウィラルヴァが言うからではないが、納得できる話だ。俺達の世界でも、自身では神力を回復させる術を持たない魔物が、人の持つ神力を求め、捕食するというのは良くある話だった。


 まぁ今回の場合、捕食しているわけではなさそうだが……悪霊には悪霊のやり方で、独自に神力を奪う方法があるのだろう。俺達の世界の魔物と、一括りにはできない。


 やっていることはかなり物理的で、加えて猟奇的な内容だが。両手足を切り落として、胴体を拐ってゆくとか。遺された家族からしたら、たまったものではない話だ。


「場所はこの付近、歓楽街を中心に、近くの住宅街など、半径五キロ圏内ってところだね。結構集中してるみたいだけど……それでも、僕らだけで捜索するってなると、かなりの広範囲だなぁ」店長がげんなりとため息をつく。続けてセブラスも、仲良く同じようにため息を吐いた。


 レーダーの有効範囲は、凡そ二キロほどらしい。一所に固まってたんじゃ、正直キツイ距離だ。できれば、三手くらいに分かれたいところだけど。


「三手に分かれると言っても、内分けはどうする? 俺はシズカとは離れたくないぞ」


「あんたねぇ、この期に及んでそんな子供じみたこと……」


「まぁまぁ。探索するだけだったら、僕が車で一人で回るってのもアリだと思うよ。車から降りないで、常に移動していれば、危険も少ないんじゃない?」


 店長が勇敢な意見を述べたものの……個人的には、アウトカーストに対して対応する手段を持たない店長を、一人にはさせたくないところだ。相手が人外である以上、何が起こるか分からない。


 話し合った結果、俺が一人で行動し、セブラスとシズカ、店長とウィラルヴァと、三組に分かれることになった。


「一人で大丈夫か?」と、車を降りた俺に、開けた窓からウィラルヴァが顔を覗かせる。


「俺を誰だと思ってる?」セブラスから借りたタブレットを片手に、フッと鼻を鳴らす。


 俺の持つ能力は、他の誰よりも理解しているのがウィラルヴァだ。今さら何を心配してるんだか。


「そうだったな。……だが、一つだけ言っておく」とウィラルヴァは、一瞬見せた笑顔を崩し、真面目な顔つきで、


「神力の出し惜しみをするな。この世界で神力を使い過ぎると、我らの世界の星レベルに関係することは事実だ。

 だが、星のレベルは、今でも少しずつ上がり続けている。残してきたマリカウルやヒメリアスら、お前の眷族が頑張っているからな。お前が少々、無茶をしたところで、あいつらがすぐに取り戻してくれる。

 やるなら、全力でやれ。遅れを取るな。

 お前にもし何かあったら、私は自分を抑え切れる自信がない」と、じっと俺と視線を合わせた。


 うん。抑え切ってください。アウトカーストよりも何よりも、最も恐ろしい災害が起こりそうな気がするから。


「見つけたら、すぐに連絡ね。独り占めは許さないから」


 ウィラルヴァの背後から、シズカが念を押した。


 分かってるってば。そんなに信用ないかなぁ、俺って。


「了解。じゃあ、また後でな」言って、探知器の画面を眺めつつ、夜の歓楽街へ歩を進ませた。

 

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