第8話 野獣が下僕になりました


「この世界のルールがどうなっているのかなんて、俺にはよく分からない。確かに俺は、知らないうちに断罪者とかいう、役人じみた役目を持ってしまっていたようだが、正直言うと、何をすればいいのかなんて、ほとんど分かっていない」


「ふむ。お前はまだ、あのサイトにあるマニュアルを読んでおらぬからな。当然だろう」


 と、話を仕切り直そうとしたところに、いきなりウィラルヴァに口を挟まれた。


 またそんな俺の知らないことを……まぁいい。とにかく話を進めよう。


 薄暗いトンネルの中、一つ星の光の精霊を召喚し、頭上に飛び回らせて灯りとする。ふわふわとした照明に照らされ、お互いの表情まで詳細に確認できるようになり、続けて、


「おそらくだけど……断罪者の本部というか、首脳陣というか、断罪者のサイトを管理している連中は、君達のことには気がついていないと思う。ここの依頼は、トンネルに棲み着いた悪霊を退治する、っていう内容のものだったからね」


「なるほど。ということは我は、割りに合わぬ仕事を、振られてしまったというわけか。

 これはあとで、キッチリと抗議しておかねばならぬな」


 腕組みしたウィラルヴァが、悪ぅい顔をしてフフフと含み笑った。難癖つけて報酬を上乗せしてもらおうなどと、がめついことを考えているに違いない。


 そんなウィラルヴァに白い目を向けつつ、気を取り直して虎男に向き直り、


「つまり……今なら、虎男が大人しく、自分の世界に帰るっていうのなら、見逃すこともできるってことだよ。この世界に留まらなければ、シズカが魔法を持ち込むことにもならないし、単に送り届けに来ただけだ、ってことで誤魔化せると思う」


「ちょっと待てシュウイチ。それだと、先ほど戦闘になったことも、なかったことにせねばならぬ。それでは、連中からがっぽり報酬を踏んだくれぬではないか」俺の服の袖をはしっと掴んで、抗議の声を上げるウィラルヴァ。


 ええい、いちいち口を挟むんじゃありません!


「報酬なんてどうだっていいだろ。また次に稼ぐチャンスはあるさ」


 途端に、ウィラルヴァの眉がキッと吊り上がった。整った顔をグイッと俺の顔に近づけ、しなやかな指先を、俺の鼻面に押しつける。


「そんな甘い考えを持っておるから、お前は万年フリーターなのだ。金を稼ぐことがどれだけ重要か、分かっておらぬ。

 周りの友人は一端に家庭を持ち、自分の力で子を養っておるというのに、お前は未だに実家暮らしで、母上に心配ばかりかけておるではないか。

 一人暮らしをしたこともないような若僧が、偉そうに金のことに口出しするでない!」


「そ、そこまで言わなくたっていいだろ!?」


 若干、涙目になりながら、ウィラルヴァの手を払い除け、グイッとおでこを突き合わせた。お互い一歩も引かずに、ゴゴゴと互いの全身から滲み出た怒りの神力が、大気を震わしてトンネル内に充満してゆく。


「ま、まぁまぁ御二方、そんなことより、今は俺とシズカの処遇について、話を詰めた方が……」


「そうですよ、落ち着いてください。痴話喧嘩なら、あとからゆっくりとできますし」


 と、今度はシズカと虎男の二人が、額に汗しながら、俺とウィラルヴァを宥めに、間に入って来る。


「なるほどねー。段々と、二人の関係性が垣間見えて来たよ」店長が、やけに悟ったような大人の目つきで、口元をにやけさせていた。


「ふん。まぁ良い。稼ぎについては、この仕事を続けてゆけば、自ずと解決する問題だ。シュウイチの甲斐性のなさも、今は目を瞑っておこう」と、ウィラルヴァが一歩引いて、プイッとそっぽを向いた。


 ……くっそー。この話については、俺には何も言い返せない。というか、言い返す資格がない。ぐぬぬと歯噛みして、悔しさに目を伏せる。


 これまでにも、バイト以外に他の仕事をする機会が、全くなかったというわけではなかった。なかったのだが……なんとなく、自然と避けてしまっている自分がいた。


 安定した仕事に就いて、誰かいい人と出会って、結婚して、子供ができて……そんな生活を、これっぽっちも考えて来なかったわけではない。


 それでも実際問題、仕事にだけ追われる日々を送る友達を見て、それが幸せそうだと感じたことは一度もなかったし、子供を育てる友達を見て、羨ましいと感じることはあったけれど、それを自分が……と想像してみても、今一つ、シックリ来なかった。


 それ以前に、そもそもが、より大きな、根本的な問題が立ち塞がっていた。


 相手もいないのに、どうやって結婚しろっていうんだ。モテない男を甘く見んなバカヤロー!


 まぁ、モテない理由の一つが、しがないフリーターだというのは、紛れもないことだっただろうけれど。


「俺が大人しく、自分の世界に戻れば、丸く収まるのであろうな。シズカ……残念だが、それしか道はなさそうだ」と、虎男がため息混じりに、虎耳をしな垂れて、力無い笑顔を浮かべた。


「セブラス……。嫌よ。ここまで来て、私は諦めたくなんかないわ!」


 シズカの肩を優しく抱き寄せ……ようとした虎男の腕が、無情に冷たくバシッとはたかれる。


 ショックを受けた虎男が、はたかれた自分の腕を見つめて、涙目でガクガクと身を震わせた。


 なんというか……うん。俺は応援するよ、虎男君。めげずに頑張るんだぞ。


 と、店長と並んで、目からダーと涙を流しながら、密かに心の中で虎男にエールを送っていると、


「ならば一つだけ、解決策がある」


 偉そうに腕組みをしたウィラルヴァが、


「セブラス、と言ったな。そなた、我が眷族となれ」


 思いがけず、とんでもないことを言い出した。

 



 眷族というのは、高位の神族にのみ許された、いわば主従の契約のことを言う。


 俺とウィラルヴァの世界では、主従というよりは、親と子の絆、というような意味合いが強かったが……多分そう思っていたのは俺くらいのもので、家族の絆として眷族との関係が成立していたのは、俺の所有する聖域内のみに限られていたと思う。


 眷族となれば、主に絶対服従。何よりもまず、主のことを優先しなければならない。その代わり、主からは強力な加護の力が授けられる。


 神の力というのは、人間とは違い、基本的に、生まれ持った能力が全てであり、いくら修練しようと、筋力、または神力が、増減することはない。理を読み解き、新たな能力を習得することは可能ではあるが、その能力を使用するために必要な神力は、生まれ持った自身の性能が全てであるのだ。


 ただし、唯一、より上位の存在から受ける、加護によってのみ、神力を増強させることができる。神族として強くなるには、加護を受けることが、最短の道なのだ。


 それが、眷族と加護の理だ。これは俺とウィラルヴァの世界だけでなく、どこの世界でも共通の理なのだという。


「俺に、貴女の眷族になれというのか? しかし……お互い、異世界の絶対神だ。そんなことをすれば、お互いの世界にも影響が……」


「なぁに。絶対神同士の、眷族の理が適用されるのは、我等にとって親星おやぼしである、この地球上のみでのことだ。お互いの世界にまでは、持ち込むことはできぬ。お主はレベル五百に到達しておらぬため、知り得ぬことであろうが、これはこの世界では、ごく普通のことだそうだ。断罪者のサイトに書かれてあった」


「そうなのか? しかし、それに一体どんなメリットが……まさか、俺と協力し、ディサイダーを倒してくれるわけでもないだろう」


 と、虎男が訝しげに眉を潜ませる。ウィラルヴァは、腕組みしたままクックと含み笑いを漏らし、


「それも面白そうだが、話はもっと単純だ。

 星レベルが五百を超えた者の眷族となれば、この世界に留まることが許されておらぬ星の…つまりはお主のような、星レベル二百程度の世界の創造神であっても、主、つまりは我がこの地球に留まっておる間は、滞在することが許されておるのだ。

 その代わり、お主が問題を起こせば我の責任となるし、お主も、自分の世界が崩壊してしまわぬよう、注意して見守る必要はあるがな」


「な、なんと! そのようなルールが!」


虎男がパァーっと顔を明るくさせて、目から鱗を落とす。


「店長。なんか俺達、すっごい蚊帳の外にいませんか?」


「うん。まぁとりあえず、レイラちゃ……ウィラルヴァちゃんか。彼女に任せておこうか。神々の会話に口を挟むもんじゃないよ」


 店長と苦笑いを交わし合う。


「ということは、何? あんたがそっちの創造神様の下僕になれば、私もこの世界で魔法が使えるってわけ?」


 シズカが虎男の後れ毛をクイっと引っ張った。


「ああ、そういうことだシズカ。良かったな!」


「その通りだ、シズカよ。思う存分、この世界で暴れ回るが良い」嬉しそうな二人の様子を見て、満足気にウンウン頷くウィラルヴァ。


「いやいやいや、暴れさせちゃダメでしょ!

 何か問題を起こしたら、自分の責任になるって、言ったばかりでしょうが!」


「失礼ね。迷惑かけるようなことはしないわよ。ちゃんと分別のある大人なんだから」


 シズカがやれやれと肩を竦めて、ため息を吐いたが……とても分別ある行動をしてくれるとは思えないんですけど!? ちょっとイラっとするようなことがあったら、迷いなく魔法ぶっ放すでしょ貴女!?


「加えて、お主らも、断罪者のサイトに登録する必要があるぞ。なぁに、我の眷族となれば、申請もすぐに通るであろう。

 仕事についても、別に我らと共同する必要もない。好きに仕事を受けて、好きに稼ぐと良い」


「おお、それは有り難い。断罪者とは、この星の創造主が創設した、由緒ただしき組織。そこに所属できれば、大手を振って道を歩くことができる!」


 歩くのは構わんが、ちゃんと変装はするんだろうな。そんな獣人の格好で街中を歩かれた日にゃ、あちこちの変質者スレで叩かれまくることになるわ。


 そんな俺の心配をよそに、和気藹々とこれからの展望を語り合う三人。


 俺の様子を見て苦笑いを浮かべた店長が、ポンと俺の肩に手を置き、


「そんなに心配することないと思うよ。セブラス君はともかく、シズカちゃんは、元々こっちの世界の人間なんでしょ。本人の言う通り、ちゃんと分別くらい弁えてるよ」


「だったらいいけど……」ため息を吐く。


 なんか、果てしなく面倒なことを、抱え込んでしまったのではないだろうか。


 楽しそうに談笑するウィラルヴァ達の姿を見やりつつ、そんな不安を感じずにはいられなかった。

 

 

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