第7話 シズカとセブラス


「その通りだ。俺はシズカの創造する世界、スペルドロームの星の守護神だ」


 虎男がシズカを守るように、ウィラルヴァとの間に割って入る。見た目は、虎に良く似た、獣人のような男で、動きやすそうな軽装の服に、革製の胸当。そして腕や足には、ベルトをぐるぐると巻きつけたような形の、革製の防具を身に纏っている。


 さすがに異世界の創造神というだけあって、滲み出る神力圧は、相当のものだ。おそらくだけど、今の俺の融合状態では、まともに戦ったんじゃ、勝ち目は薄かったと思う。


「察するに、今回の役目を終えた、創造主であるその女を、元の世界に送り届けに来た、といったところであろう」


「そんなところだ。俺とシズカの世界は、星のレベルが五百に到達していない。そのため、俺は自分の世界を離れることは許されていないし、必然的に、シズカもこの世界に、魔法の力を持ち込むことはできないのだ」


 ため息混じりに言った虎男の言葉に、その背後にいたシズカが癇癪を起こした。


「おかしいでしょ! 許されるとか許されないとか、一体誰が決めたのよ! あの世界はまだまだ未熟だけれど、私やセブラスが、ちょっと留守にしたくらいで、簡単に壊れてしまうような世界じゃないわ!」


 手にした白いステッキから、バチバチと、怒りを示す炎と闇の神力が溢れ出た。


 うん。絶対にめんどくさい女だこいつ。できれば関わり合いになりたくないところです。


 というか、今の話を聞くだけでも、俺が全く知らなかった情報が、いくつも出て来たんだが。


 どうやらウィラルヴァは、知っていたような感じだが……できることなら、そういうことは、予め教えといて欲しいもんだけど。


 まぁいい。後でちゃんと問い質しておこう。この分だと、俺が知っといた方がいい情報が、まだまだいくつも潜んでいそうだ。


 と、


「ちょっといいかい? 事情はなんとなく飲み込めたけど、一つ気になることがあって。

 君、もしかして、鳴宮静香ちゃんじゃないのかい?」


 店長がおずおずと、俺の背後から顔を覗かせた。


 ……お? それって、もしかして……。


 なんとなく思い当たるものを感じ、肩越しに店長に顔を向ける。


 俺の顔を見た店長が、ビクッと身を強張らせた。


 おっと。そろそろ融合解除しても良さそうですね。見慣れていない人から見たら、怪物以外の何者でもない。


 ディグフォルトを一枚のカードに戻し、軽くリングに押し当てる。吸い込まれるようにして、漆黒竜ディグフォルトのカードが、白銀のリングの中に消えていった。


「それが、貴方の世界の力というわけね。召喚術、といったところかしら」


 シズカが白いステッキをどこかに収納し、道路に落ちていた箒を拾い上げた。そちらの方は、ステッキとは違い、消えることがない。


 おそらくステッキの方は、俺の魔法剣と同様に、神力を物質化させた武器。箒の方は、実在する魔導具、ということだろう。


「確かに私は、鳴宮静香よ。そこまで調べ上げておいて、たまたま居合わせた、っていうのは、ちょっと納得がいかないんだけど? 

 どうせ、この場所が私達の転移場所に設定されていたことも、把握済みなのでしょう?」うんざりしたように、箒を肩に担ぐ。


 筆のように綺麗に纏まった箒の先が、隣に立つ虎男の頭をバシッとはたき、虎男がシズカを睨んでグルルっと唸り声を上げた。


「いや、それは本当に、たまたま居合わせただけだよ。ていうか、ちょっとお互いの状況整理をしようか。いくつか、思い違いがあるような気がする」


 苦笑混じりに、俺はシズカと虎男に、これまでの状況を説明した。



「──つまり、ディサイダーとしての最初の仕事で、幽霊退治に来たつもりが、私達と遭遇したってこと? 私の名前を知っていたのも、そっちの店長さんが心霊オタクで、過去の事件を調べていたから……って、ちょっと待って? 過去ってどういうことよ?」


 大人しく話を聞き終えたシズカが、途端に何かを思い当たったように、軽蔑するような冷たい視線を虎男に向けた。


「あんた……やらかしたわね?」


「な、なんのことだ?」額に汗を浮かべ、不自然に視線を逸らす虎男。


 小さくため息を吐いたシズカが、視線をこちらに戻す。


「一応聞くけど……今は、20○○年よね?」


「いや、その一年後だと思うけど……ですよね、店長?」


 俺もこの世界に戻って来たばかりだ。うろ覚えであったため、店長に確認すると、店長はコクリと頷き、


「シズカちゃんが居なくなったという記事は、今から一年くらい前に出たものだよ。僕が読んだのは、その記事だった」


 すでに状況は把握したという顔つきで、ニコリと笑顔を浮かべる。「こっちの世界に戻って来るのを、一年間違えちゃったみたいだね」


 箒を担いだまま腰に手を当てたシズカが、クルっと虎男に身体を向けた。仁王立ちした姿勢で、吊り上がった目で睨みつける。


「あんた創造神でしょ!? この程度の魔法も完璧に扱えないで、どのツラ下げて絶対神を名乗っているのよ!」


「し、仕方ないだろう! 俺は獣人なのだ! 魔女とは違い、魔法の扱いは得意ではないんだ! …お前が設定した理だろう!」


「だったら魔女に生まれなさいよ! 転移魔法も中途半端にしか使えないくせに、よくもまぁ私を向こうの世界に召喚できたものね!?」


「俺が魔女に生まれるには、お前が男でなければ不可能なのだ! 創造主と創造神は、表裏一体。どちらかが女であれば、必ずもう片方は男になる!」


 こちらの存在など忘れてしまったかのように、ガミガミと言い合う二人。


 まぁ、言っていることは理解できる。


 俺とウィラルヴァも、同じだからだ。


 創造主である俺が男に生まれたため、ウィラルヴァの身体は、女として存在している。逆に、過去の輪廻転生で俺が女に生まれたとき、ウィラルヴァの人としての身体は、男であったのだという。


「ま、まぁまぁ。痴話喧嘩は、あとでゆっくりしてもらえるかい?

 とにかく、次はそっちの事情を、話してもらいたいんだけど」


 そう店長が大人の対応で促すと、シズカと虎男はハッとしたようにこちらを振り向き、


「すまぬ。どうにもうちのシズカは、いつも口煩くてかなわん。俺達は…」


「ちょっと。口煩いってどういうことよ?」


「ま、まぁまぁ、落ち着いて、シズカちゃん。口喧嘩なら、あとで思う存分にやってくれていいから」


 店長が宥め、虎男とシズカは、ようやく自分達の事情を話し始めてくれた。


 まずこのトンネルは、人気のない場所を選び、転移魔法の移動先として、虎男が設定している場所なのだという。


 ウィラルヴァの転移魔法とは違い、虎男の転移魔法は、シズカが設定した世界の理の影響を受けて、すごく精度の低いものとなってしまっているんだそうだ。


 そもそもシズカと虎男の世界では、女が魔法が得意な魔女として生まれ、男は戦闘の得意な獣人として生まれるのだという。


 それがその世界の住人の、大前提として存在してしまっているために、創造神である虎男も、魔法の苦手な獣人になってしまっているのだとか。


 ……うちの世界では、設定されていない理だ。そもそもウィラルヴァは、女としてのこの姿は、むしろ仮の姿であり、正体は光り輝く巨大な神竜である。それに、どちらの姿のときにも、その能力が変化してしまうことはない。


 ……なるほど。創造神を弱体化させてしまうような設定を作ってしまうと、このような弊害も出てしまうということか。設定してなくて、本当に良かった。


 いや、俺の世界は俺の世界で、創造神を三つに分けてしまったため、ウィラルヴァが未来に転移できないという弊害が……まぁ、その話は今はどうでもいいか。


 とにかく。


 向こうの世界の構成を手助けしてもらうために、虎男はシズカを召喚し、二人で様々な問題を解決してきた。


 ちなみに創造主を、地球から異世界に召喚することは、星のレベルが百以上であれば可能なのだそうだ。きっと世の中には、俺たち以外にも、人知れず異世界に召喚された人間がいるに違いない。


 加えて、ウィラルヴァと俺のように、創造神がついてきて、向こうの世界と同じ力を扱える、なんてことは、星レベル五百を超えた世界でなければ、許されていないという。


 今回の転移で、とりあえず現段階での問題を解決し終えたシズカは、そこでようやく、元の世界に戻ることのできるタイミングが訪れた。


 しかし、今のレベルでは、魔法の力を持ち込むことができないと分かり、納得のいかなかったシズカは、創造神である虎男を連れて、強引に魔法の力をこの世界に持ち込もうとしたらしい。


 ちなみに俺とウィラルヴァのように、創造神である虎男が同じ世界に存在していれば、シズカもこの世界で魔法を使うことができるんだそうだ。


 それを定めたのが誰なのかは、よく分かっていない。ウィラルヴァが言うには、宇宙の理、なのだそうだが……。


「つまりは、シズカはどうしても、この世界でも魔法の力が使いたい。創造神であるセブラスと離れたくない、ということだな?」


 納得したように、ウィラルヴァがウンウンと頷いた。


「その通りだ。俺も、シズカと離れ離れになるなど、考えられん」鼻息荒く、虎男が言う。


「うむうむ。よく分かるぞ、その気持ち。我も、シュウイチと離れるなど、考えられぬ」


 いやいや、離れてくださいよ今生くらい。どうせこれから先の転生では、生まれ変わった俺が記憶を無くしたとしても、あの世界でシレッとベッタリくっついて来るんでしょうに。


 ああ、なるほど。この地球の創造主と創造神が、今まさにその状態だ、というわけなんだな。まぁ、俺達には関係ないことだから、どうでもいいけど。


 てかよく考えたら……俺のこの世界での人生は、これが最後ってことなのか。この次の生から俺は、あの世界での転生を繰り返すことになる。


 そうなると……なおさら自由にさせて欲しいんですけど!?


「ちょっとセブラス? 何、勝手なこと言ってるの? 私は別に、魔法さえ使えれば、貴方がいなくても構わないんですけど?」


 腰に手を当て、シズカが無情に告げた。


「ま、またまたぁ。そんな心にもないことは、言うもんじゃないぞ!」


 おっと。ここにも温度差が。


「大体、なんで貴方が、私の運命の相手なのよ。しかも、何度生まれ変わっても、私の相手は、いつでも貴方なんでしょう? もっと素敵な人が良かった!」


「ハッハッハ! それだとまるで、俺が素敵じゃないような言い方じゃないか。星レベル二千の御方を目の前にして、そんな誤解を招くような言い方をするんじゃないよ」


「誤解でも何でもないでしょう。いっつも肝心なときに役に立たないくせに!」


「そ、それは、いつも考えなしに突っ込んでいくシズカの、尻拭いのために……」


 完全に自分たちの世界に入り込み、鼻を突き合わせながら口喧嘩を続ける二人。


「ふむ。仲が良いではないか」と、ウィラルヴァが微笑ましそうに、そんな二人を眺めていた。


 軽く息を吐きつつ、ウィラルヴァの横顔を見やる。


 口喧嘩するシズカと虎男を見つめ、屈託のない透き通った瞳で微笑む、端麗な横顔。


 この視線が俺に向けば、どうしてもその金色の瞳の奥に潜む、尊大さと傲慢さを交えて感じ取ってしまい、どこか一歩、引いてしまう自分がいる。


 俺に対する絶対的な信頼と、過度な期待。


 あまりに重過ぎる絶対神のその思いに、応え切れるほど、今の俺は、まだまだ強くなれてはいない。……心からそう思えた。


「ん? どうしたシュウイチ?」


 不意に、ウィラルヴァの柔らかい笑顔が俺に向けられ、咄嗟に視線を逸らしてしまう。


「なんでもない。

 それより、シズカ、虎男。そろそろ実のある話をしようか」


 

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