第6話 美女と野獣に絡まれました


「り、り、理道君!?」


 俺の姿を見た店長が、眼球が飛び出しそうなほどに目を見開いて、息を飲みながら数歩、後退った。


 ロードリングから取り出した一枚のカードが、一体の漆黒のドラゴンの姿に変貌し、半透明になって俺の身体に重なってゆく。


 やがてそれは、俺の身体と融合し、身体のいたるところが、竜のような容貌に変化していった。


 服から露出した腕や首などから、硬質な竜の鱗が覗く。肘、そして頭から、漆黒に艶めく禍々しい角が伸び、瞳の色が、ウィラルヴァと同じ黄金色に染まっていった。


 ゴツゴツした手の先から、鉄をも切り裂く鋭い爪が伸びる。それを見た店長が、ついにその場にペタリと尻餅をついた。


 召喚融合。シィルスティングと呼ばれる力の、真骨頂である技術だ。カードの中に封印された力ある存在と、自身の身体を同一化し、身体能力、強度、ともに飛躍的に上昇させる。


 その弊害として、見た目もだいぶ変わってしまうのだが、それはまぁ、許容しなければならない部分だろう。それによるメリットもあることだし。


 例えば、今は融合させていないけれど、背中に竜の翼を召喚融合させれば、空を飛ぶことだって可能だ。


 トンネル内だと全く意味ないけど。


 とにかく。召喚融合したのは、最高レベルである八星クラスの、漆黒竜ディグフォルト。どれだけ強力な敵が出て来ても、これなら問題なく対応できるはずだ。


「これくらいで驚いておったら、我らのサポートは務まらんぞ。ほれ、しゃんとせんか」


 と、ウィラルヴァが尻餅をついた店長の腕を掴んで、スックと立たせた。そのまま店長と二人、身を隠すように俺の背後に回ってゆく。


「次元断裂だ。シュウイチ、何かが召喚されるぞ」


 ウィラルヴァがそう言った途端、トンネルの中央部分の暗闇が、蠢き、球体状にぼやけていった。周りよりも一際、深い闇が、グルグルと回転し、バチッ…ピシッ…!と、細かなスパークが弾ける。


 次元断裂…? どこか離れた場所から、何かを送り込む、または、移動してくるときに生じる、力場の変化のことだったと思うが。


 まぁとにかく、このタイミングで現れるということは、倒すべき敵が、向こうからやって来てくれた、と解釈して間違いないだろう。


 回転する球体状の闇の塊が、その中央部分から、カメラのシャッターが開くようにして、ゆっくりと光の穴を広げていった。


 やがてそれが完全に広がり、まあるく空間が切り取られたかのようにして、トンネルいっぱいに光の円が形成される。よく見ると、その向こうには、こことは違う、別の場所の風景が覗いていた。


 と、


「行くよセブラス! 早くしないと、穴が閉じちゃう!」


「急かすな、シズカ。お前と違い、俺は飛べんのだ」


 ピョコっと、黒いトンガリ帽子が、円の下から覗いた。


 と思った途端に、光の円の中に、箒に腰掛けて空中に浮かんだ、黒い魔女っ子ふうの服装の女性が姿を現わす。


 よく見ると、その箒に、獣人と呼ぶに相応しい容姿の男が、片手で箒の柄を掴み、ぶら下がっていた。


「ちょっと待て、待ち伏せされているようだぞ!」


 と、俺と目が合った獣人の男が、箒に乗った女性に注意を促す。


「まさか……国から派遣された迎撃隊? どっちにせよ、これを逃したらまた、数百年は待たなきゃならなくなるんでしょ。行くしかないよ!」


 険しい目つきで俺を睨んだ女性が、グッと箒の柄を握り締め、光の円をくぐり抜けて来る。


 途端、円が、収縮を始めた。


「ちょ、俺の尻尾ぉぉぉ!?」


 箒にぶら下がった獣人の長い尻尾を、僅かに引き千切りながら、光の円が完全に閉じ切っていった。


「ま、魔女っ子!? 何がどうなってるの、理道君!?」店長が上げた大声が、トンネル内に反響する。


「何がどうなってるのかは、分からないけど……敵であることは間違いない」


 そう俺が答えると、箒に座ってふわふわ浮かぶ女性が、キッと引き締まった目つきで、横に伸ばした手に、先端に黄色い球体が取り付けられた、白いステッキを出現させた。


「一応聞くけど、貴方、国から派遣された神族か何か、かしら? まぁ、その容姿を見れば、間違いなさそうだけど」


「ふん。いかにも悪役、といった感じだな。シズカ、油断するなよ」


 黄色い毛の獣人が、涙目で千切れた尻尾をふーふーしながら、シズカ、と呼ばれた女性に視線を送った。


 悪役とはなんだ、悪役とは! せめて厨二病……いや、それはもっとやめて欲しい。


「国から派遣された、ってのは、おそらく間違いないが……とにかく、戦うつもりなら、相手になるぞ」


 言って右手に、漆黒の魔剣ディグフォルトを出現させる。漆黒竜ディグフォルトの闇の神力を物質化させた、魔法剣だ。


 ……ていうか、刺々しい黒い見た目に、黒い剣。確かにこれは、悪役か厨二病真っ盛りにしか見えない見た目だな。ふとそんなことを思い、人知れず落ち込んだ。


「自分の物をこっちに持ち込んで、何が悪いって言うのよ!」


 叫んだシズカが、白いステッキをこちらに突き出すと、先端の宝石から白い輝きが生じ、丸い弾丸となって勢いよく放たれた。


 光の神力弾によく似ている。いや、これは間違いなく、光の神力弾だ。


 闇の属性であるディグフォルトには、相性の悪い属性だが……それは向こうも同じか。


「黒炎弾!」


 右手を突き出し、闇の炎の弾丸を撃ち放った。


 なんというか……あいつらの言っていることを聞く限り、なんらかの事情があるように思えるのだが、どういうことだろうか。


 それにウィラルヴァは、低級の悪霊を倒すだけのクエストだ、みたいなことを言っていた気がするけれど……まぁいい。とりあえずは、相手を黙らせなければ、話し合いにも持っていけないだろう。あるいは、戦いながら会話をする、という手もある。


 ゴワッ…!!と、光と闇の弾丸が衝突し、激しい爆発を起こす。飛び散った光と闇の神力が、トンネルの内壁にぶつかり、小さな爆発とともに、コンクリートの破片を四散させた。


 これ……この場でこんな戦い方してたら、相当にヤバい気がするんだが。


 と、それは相手方も感じ取ったらしい。シズカと呼ばれた女性が、白いステッキの先から、光の剣のような、輝く神力の刃を構成させた。


「非力な魔法使いだと思っていたら、痛み目見るわよ!」


 言って箒からピョンと飛び降り、光の刃を下方に構え、突進してくる。


 向こうの世界で戦ってきた強者達と比べても、遜色のないスピードだ。これは本当に油断できない相手らしい。


 融合しているディグフォルトの意識が、剣に神力を纏えと警告してくる。


 了解。いつも頼りにしてます、ディグフォルトさん。


「黒牙重撃!」剣に闇の神力を纏わせ、真向から斬り下ろす。


「せんこうけぇぇん!」シズカが光の刃を、袈裟斬りに振り上げた。


 バチッ…!! 鋭い音が弾け、お互いに相反する神力を込めながら、鍔迫り合いのようにして、踏ん張る両足に力がこもる。


 睨み合う視線が、すぐ間近でぶつかった。


 整った顔つき。白い肌に、黒い瞳。髪の色も黒く、程良く長く、胸元に向かって垂れている。


 明らかに、日本人っぽい容姿。名前もシズカというからには、おそらくは間違いないのだろう。


 トンネル内に、バチバチと神力の弾ける音が、絶え間なく反響してゆく。点滅を繰り返す切れかけの照明に混ざって、弾ける神力の光が、薄暗いトンネルの内部を、断続的に白く照らし出していた。


 こうなったらもう、お互いに、簡単には身動きが取れない状況だ。こちらにとっては、すごく都合がいい。


「こっちに持ち込む、とはどういう意味だ。何を持って来ようとしている」


 俺の呼びかけに、シズカはスッと、憎らしそうに目を細めた。


「私の魔法のことよ! こっちに持ち込む権利がないって、どういうことよ! この世界の神族や、その眷族だけが特別扱いされるなんて、納得いかないわ!」 


「シズカ、言っても無駄だ。こいつらには、この世界のルールが全てだ。俺達の権利など、歯牙にもかけん」と、黄色い毛皮が口を挟んだ。


 虎男は黙ってなさい虎男は。


 ていうか、何を言ってるのか、サッパリ意味が分からないんだが。


「魔法を持ってくるとか、この世界のルールとか、なんのことを言っているんだ! もっと分かり易く、三行以内で説明しろ!」


断罪者ディサイダーのくせして、白々しいこと言わないで!」


「断罪者ってなんだよ!? なんのことかサッパリ分からないぞ!」


 迫り合う刃の向こうで、シズカの顔が一瞬、怪訝の色に染まった。


「どういうこと? 断罪者でもないのに、私達の次元移動を待ち受けていたと言うの?」


「だから、なんのことか分からないって言ってるだろ! そもそも俺達は、たまたまここに居合わせただけだ」


 と、そこでウィラルヴァが、


「シュウイチ。我らは断罪者だぞ。断罪者のサイトに登録しておるのだからな」


 そう言った途端、シズカの目つきが憎悪に染まった。


 余計なこと言うんじゃありません! 空気読め、空気!


「やっぱり断罪者なんじゃないの!」


「知らなかったんだよ! てか、どういうことだウィラルヴァ!? 断罪者ってなんだ!?」


 必死に鍔迫り合いの状態を維持させながら、背後のウィラルヴァに問いかける。


「ふむ。簡単に言えば、この星の管理人……違うな。まぁ、役人のようなものだ。悪さをする魔物や、他の星からの訪問者、または神々を、断罪する役目を持っておる。この星の一般民は、それほど強い戦闘能力を持っておらぬからな。人知れず、人々の脅威を退けるのが、主な仕事というわけだ」


「あのサイトに登録したら、断罪者になるってことなのか? 初耳なんですけど!?」


「申請が通ったのだから、そういうことになるのだろう。まぁ我……私は、星レベル二千を超える世界の創造神だからな。地球の神々にとって、私からの申請があったことは、有難いことであっただろう。その証拠に、細かい審査も何もなく、呆気なく申請が通ったではないか」


 フハハハと、ウィラルヴァは得意気に、形の良い胸を張った。


「ほ、星レベル二千だと!? ま、まさかそれほどの!?」と、黄色い毛皮の虎男君が、驚愕に目を見開いた。


 それを聞いたシズカが、不安気に表情を曇らせながら、


「セブラス? ……一応聞くけど、私達の世界のレベルは? いくつなの?」交えた神力の刃の向こう、横目で虎男を見やった。


「に…二百ほどだ。シズカ……諦めよう。力の差がありすぎる」と、虎男がガックリと項垂れる。


「じ、十倍も!? ということは……もしかして私、手加減されてる?」引きつった笑いを浮かべ、再び俺と視線を合わせた。


「もしかしても、しなくても、十分過ぎるほどに手加減されておるわ。そもそも、その姿からして、シュウイチの全力ではない。本気になれば、さらにその十倍ほどには、神力を高めることができるぞ」ウィラルヴァが、ただ静かな物腰で忠告した。


 まぁそれは確かに、間違いではない。これはただの召喚融合であって、初歩中の初歩の技術だ。他にも完全融合、憑依融合、召喚結合、究極融合など、召喚融合には様々なパターンがある。


 長い長い戦いの末に、強敵を撃破するため、編み出されてきた技術だ。


 シズカが無言で、ステッキの先に形成されていた、光の刃を消失させた。数歩ほど後退り、ガックリ肩を落としながら、黄色い毛皮の横に並ぶ。


「さて。無事に戦いの幕が下りたところで、私から聞きたいことがある。大人しく話に応じてくれるな?」


 ウィラルヴァが、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


 俺の隣で立ち止まり、それでもまだ完全には警戒を崩していない、シズカと虎男に向けて、腕組みをしてフッと微笑を浮かべて、言った。


「シュウイチも、もう勘付いておるだろうが。


 お主ら、創造主と創造神だな?」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る