第5話 店長が有能でした


 都会の喧騒から遠く離れた、人里離れた山の中。


 苔に汚れ、白い部分を探す方が難しいほどのガードレールが、一車線のヒビ割れたアスファルトの片端に連なっている。


 山側には、規則的に杉の木が立ち並び、その反対側にはガードレールの裏に椚の木が並んでいて、斜めに降った斜面にもまた、山側と同じように、杉の木が整然と立ち並んでいた。どこにでも見られる、針葉樹林という感じだ。


 真っ昼間なのに関わらず、どこか暗く、もの寂しい雰囲気。聞こえてくるのは鳥の声と、落ち葉の陰で鳴く虫の音ばかり。


 遥か上空を飛ぶ旅客機の音が、ゴォォっと山々に反響して流れていった。


 風もなく、見上げた木々の隙間から木漏れ日が覗く。


 そして、


「うわー。こりゃまた、中々雰囲気あるねー。夜に来たら、絶対ヤバイよ、ここ」


 トンネル近くの退避スペースに車を止め、徒歩でトンネルの入口まで歩く。


 それほど大きなトンネルではなく、絡まる蔦が入口のコンクリートの外壁を這い回り、トンネルの上には、杉の木以外の木々も、深い森を彩る葉を茂らせ、山肌を薄暗く覆い隠している。いかにも何か潜んでいそうな、鬱蒼とした雰囲気だ。


 店長がトンネル手前で、ポッカリ開いた暗闇を覗き込み、スマホを取り出して、パシャパシャと写真を撮り始めた。


 明かりが少ないトンネルだとか、店長は話してたけど……少ないどころか、ほとんどの照明が切れてしまっている。長さは直線で二百メートルといったところだが、生き残っている照明は、ほんの5〜6個ほどだった。


 そのせいなのか、トンネルの中の、特に中央付近の暗闇が、通常よりも、やけに深く感じる。


 道幅は、一車線ながら、普通車ならギリすれ違える、といったくらいだ。昼間であっても、通る車はほとんどないらしく、この車線に入ってからこちら、向かい側から来る車とは、一台もすれ違わなかった。


 さてさて。ここまで来たのはいいものの、これから一体、何をすればいいのでしょう。


 そもそもが俺には、霊感なんてものがあるわけじゃない。


 向こうの世界には、霊感などという概念はなかった。あるとすれば、シィルスティングを扱うために必要な、神力と呼ばれる力くらいだ。


シィルスティングとは、白銀色のカードの中に、魔獣や神獣といった、力ある種族が封印されているもので、その力を借りて戦う戦士のことを、ロードと呼んだ。


 向こうの世界にも、幽霊や悪霊といった存在によく似た、ゴースト系の魔物は存在していたが、こっちの世界とは違って、霊感などなくても、誰にでも目にすることができた。


 そいつに向かってシィルスティングを使い、神力弾とか火炎弾とか、あるいは闇の弾丸とかの一発でも撃ち込めば、それだけで楽々と撃破できていたものだが……。


「そういえば理道君。気になったんだけど、この仕事ってさ、一体どこから発注された仕事なの?」


 十分に満足いくだけの写真が撮れたのか、店長がスマホの画面で一枚一枚、撮った写真を確認しながら、そんなことを聞いてきた。


 そういえば……そこんとこ、どうなっているんだろう。確かサイトには、神坂探偵事務所後見、とか書かれていた気がするけれど。


「実は、知り合いから聞いたことあるんだけどさ、こういう心霊スポットとか言われる場所って、国が霊能者を派遣して、事件が起こらないよう、予め除霊されているらしいんだ。だからネットとかで囁かれている噂っていうのは、ほとんどが創作だったり、勘違いだったり、頭がおかしい奴の虚言だったりするんだよ」


 言いながら、撮った写真を丹念に、熟練者の目つきで、拡大したり解像度を上げたり、色彩を変えたりさせながら、細かくチェックしている。


 なんだろう。この人、本当に、この手のことに関しては、俺なんかが及びもつかないほど、ガチな人なんじゃなかろうか。などと密かに思った。


「ただ、どんな場合にも、最初に起こった事件、というものは存在する。ここの噂が広まり始めたのは、本当にごく最近のことだから、広まっている噂の中に、真実の出来事、というのが混ざっているはずなんだ」


「なるほど。とは思うけど、それを調べようにも、ここ、圏外なんですけど」


 と、取り出したスマホの画面を、店長とウィラルヴァに見せつける。


 店長はアハハと苦笑を浮かべたが、すぐに口元を引き締め、


「目星はついてるから、大丈夫だよ。もし、この仕事が、国からの発注だったなら、ここが本物の心霊スポットであり、除霊せざるを得ないほどの、大きな事件が起こった、ということになるだろ。

 ここは、すでにいくつかの噂が広まっているけれど、声が聞こえただとか、何かが見えた、っていう程度のものばかりだ。

 ただ、その中に、一つだけ、人の生死にも関わる噂があるんだよ」


 どうやら心霊写真っぽいものは撮れていなかったらしく、店長はスマホをしまうと、腰に手を当て、真っ直ぐトンネルに向かって仁王立ちした。


 怖いもの知らずな、すごく堂々とした立ち振る舞いだ。こういう場所にも、相当慣れているのだろう。


「それがあった掲示板の書き込み自体は、人を怖がらせるものにしては、陳腐なものだけどね。それを語るには、まずはここが心霊スポットと言われるようになった、その謂れから話さなきゃいけないかな」


 と前置きして、店長は語り始めた。


 ……語り始めたのだが、掲示板の細かな書き込み情報や、書き込んだ者の心理分析までも交えた、すごく長ったらしい内容だったため、掻い摘んで言うと……


 まず始めに、ここでの霊障を最初に受けたらしい人物が、たまたまここを通りがかった際に、不思議な声を聞いたのだという。


 その場では他に、変わった現象は起きなかったのだが、その後しばらくしてから、その人物は、忽然と行方を眩ました。二十歳前後の、一般の女性だとのことだ。


 その噂が、まずは地元で広がり、面白がった若者達が、このトンネルを肝試しのスポットとして利用するようになる。


 少なくとも、人里離れた、普段は誰も使わないような林道の奥にあり、見た目も古ぼけたそれらしいトンネルであるため、若者達の遊びの場としては、最適な場所だったのだろう。


 やがて噂になぞらえ面白半分で、声が聞こえた、や、ボンネットに女が落ちてきた、などと虚言を言う者が現れ、ネットにも書き込まれるほど、有名な場所になった。


 そして店長の分析では、最初に行方不明になった人物の、知り合いらしき者が、掲示板に書き込んでいたのだという。


 他の面白がるだけの書き込みとは違い、その内容は、自分の知り合いもその心霊スポットに行って行方不明になりました、情報を求めます、といったものだったそうだ。


 そこには行方不明になった者のイニシャルが書き込まれていて、店長が事件が起きた時期や地域を割り出し、ネットで検索したところ、実際に同じ時期に失踪事件が起きていることが判明した。今から、およそ一年ほど前のことだという。


 それはネットでこの噂が広まる前のことであり、これは同一人物であろう、というのが、店長の分析結果らしい。


「失踪事件の記事では、このトンネルのことは、一切触れていなかったけどね。だけどイニシャルも同じだったし、年齢や、噂が広まり始めた時期を考えると、ほぼ間違い無いと思う」


「なるほど。一応、筋は通っておるな。となると、このトンネルには、人を拐かすタイプの魔物が棲み着いておる、ということか」


 ウィラルヴァがキョロキョロとトンネルの内部を観察しながら、暗闇の中へと歩を進めていった。


 少し遅れて、店長と並んでウィラルヴァの後をついてゆく。


「それにしても店長、よくそんなことまで調べてましたね。身近な場所だから興味が湧いたとしても、普通そこまでは調べませんよ」 


 半ば呆れながら言ってみせると、店長は再びスマホを取り出して、ライトで足元を照らしながら、


「なんたって、次の祭りの、前座の候補地の一つに考えていたからね。中途半端な知識じゃ、主催者は務まらないよ」


 言ってライトを下から顔に当てて、ハハハハと怪しく笑ってみせる。


 ……やめい。ライトの影がいい感じに、ボンレスハム具合を際立たせているから。


 しかし、本当に有り難い情報だ。


 これはマジで、この仕事の一員として、店長を引き込んでしまうのもアリかも知れない。


 ネットで心霊スポット巡りを主催するほどの猛者で、その手の知識も実に豊富だ。


 報酬次第では、正式にメンバーに加わって……


 あれ? そういえば、この仕事の報酬って、どれくらいのものなのだろうか。ウィラルヴァは何も言っていなかったが。


「なぁ、レイラ。この仕事の報酬って……」と、ウィラルヴァの方を見やったとき、


「シッ…! 何か聞こえる」


 ウィラルヴァが口に人差し指を当て、静かに耳を澄ませた。


 言われるがまま、辺りを見渡しつつ耳を澄ましてみる。


 薄暗い中、冷んやりとしたトンネル内の空気が、緩やかに頬をなぞってゆく。パチパチと点滅を繰り返す、切れかけの照明の音。トンネルの出口の方から、微かに虫の鳴く音が聴こえてきた。なんの変哲も無い、古ぼけたトンネルの風景。


「……何も変な声は聞こえないぞ?」


 と、眉を潜めて、前にいるウィラルヴァの方に視線を戻したとき、


「何か来る! シュウイチ、ディグフォルトを使え!」


 ウィラルヴァが叫び、俺は条件反射のようにして、リングから漆黒竜ディグフォルトのカードを取り出した。  


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る