第4話 初仕事が入りました
そして、恐れていたそのときは、唐突に、そして早急に訪れた。
翌日、その日も朝からバイトだった俺が、コンビニのゴミ箱を片付けるため、ゴミ袋を手に、ゴソゴソとゴミの分別をしていると、
「シュウイチ! 仕事だ! 仕事が入ったぞ!」
聞き覚えのある声にゾッとして、声のした方を見やると、昨夜の白いふんわりシャツに黄色いスカート、加えて厚底の白いブーツを履いたウィラルヴァが、路地の向こうからトタトタと駆けて来るのが目についた。
「お前、なんでここに!? 部屋を出るとき、母さんに見つかったりしなかっただろうな!?」
「大丈夫だ。今の時間は、母上も仕事に出ておるだろう。それより仕事だ。見ろ、プリンターとやらも、上手に使えたぞ」
嬉しそうな顔で、手にしたコピー用紙を差し出す。
「いや、わざわざコピーして来なくても、スマホで確認できるんだが……まぁいい。
ていうか、俺バイト中なんだけど? 急に仕事って言われても、四時までは動けないぞ?」
と、両手を腰の後ろに回してニコニコ顔のウィラルヴァに説明していると、
「お困りのようだね、理道君」
忍者のように、いつの間にやら背後に立っていた店長が、黒ぶちメガネをクイッと上げて、キラーンと前歯を光らせた。
「うおっ!? ビックリしたぁ!」
「シュウイチ? 誰じゃ、そのボンレスハムは?」キョトンと小首を傾げるウィラルヴァ。
「ぐはぁっ…!」吐血する店長。
ボンレスハム言うんじゃありません! 気にしてるんだからこの人!
「そ、その美女は、君の仲間だね? なるほど……闇の組織に相応しい、絶世の美女ではないか」
ヨロヨロと起き上がり、ゼェゼェ言いながら、吐血した口元を拭う店長。
いやいや、なんだよ闇の組織って。あんた一体、俺をなんだと思ってんの!?
「て、店長? だ、大丈夫ですかそれ」言いかけた俺の言葉を遮り、
「とにかく、バイトのことなら心配はいらない。ちょっと待っててくれ」
と店長は、やおらスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
「あー、もしもし。伊藤君? うんうん、僕だよ。実は理道君に急用ができてしまってね、シフトを代わってくれる人を……ん? ああ、そうそう。昨日話したよね、これから先、度々こういうことがあるだろうって。うんうん。じゃあ、昼からよろしく頼むよ。うん。ありがとうね!」
ピッ、と通話を切って、ニコリと素敵な笑顔を見せる。
「これで大丈夫だ。じゃあ僕は、そっちの裏口の方に車を回しておくから。君も急いで着替えて、準備するんだよ」そう言って、シュタッ、と口で言って、早足で店の中に消えて行った。
「……………………」
呆然と取り残される俺とウィラルヴァ。
……なんだろう。すごくめんどくさい人に、目をつけられてしまった気がする。
人が良くて愉快な人だということは、昔から知っていたけれど、まさかここまで変な人だったとは。
「あれが店長か。なんだ、思ってたよりいい奴だな! 車というのは、あれであろう。そこら中を走っておる、車輪付きの魔導機のことだな」
のほほんとウィラルヴァが言う。
いや、間違ってはないけれど。
「さすがに、店長を巻き込むわけには、いかないよ。なんとか理由をつけて断ろう」
どんな内容の仕事なのかは分からないけれど、まともな仕事であるとは、到底思えない。
一般人で、普通の人間である店長を、そんな危険なことに、巻き込んでしまうわけにはいかないだろう。
「良いのではないか? 本人は、そう望んでおるように見えたぞ?」
「そうは言っても、何かあったら、責任が取れないだろう?」
「なぁに、今回の仕事は、そう難しいものではない。退治するのは、低級なゴースト系の魔物だ。素人の一人や二人いたところで、差し障りはないであろう」言って、フフフと愉快気な笑顔を浮かべる。
「うーむ。まぁ、危険だから車で待っててくださいと言えば……聞いてくれればいいけどなぁ」
店長のあのテンションを見る限り、大人しくしていてくれるとは、とても思えないけれど。
まぁ確かに、車を出してくれるってのは、すごく助かることではある。
「理道くーん! 何してるの、急いで!」
店の裏口の方から、店長の呼ぶ声が聞こえた。
「仕方ない。ウィラルヴァ、何かあったら、まず店長を守ることを優先してくれよ?」
「分かった。任せておけ」と、ウィラルヴァがドンと胸を叩く。
「それと、名前だ。さすがにウィラルヴァは不自然だ」
「ふむ。では、お前の娘として転生しておったときの、ヴィラ、というのはどうだろう?」
ヴィラ……か。まぁ見た目は外国人とのハーフっぽく見えるし、ヴィラならこの世界にも存在する名前のはずだけど……確か、名前じゃなくて苗字じゃなかったかなぁ。
「レイラじゃダメか? 母なる神であるときの、お前の名前だ。それなら、この世界でも不自然じゃない」
「ふむ。良かろう」
「それと、自分のことを、我、と言うのもやめとけよ? 前にも言ったことあるけど、全然、女の子っぽくないからな?」
「セラママやアリエルのような話し方をしろと言うことか? 分かった。それくらいなら、何も問題ない」
「……できれば口調ももっとこう、女の子っぽく……いや、まぁいい。じゃあ俺、ちょっと着替えてくるから」
そう言って俺は、店の中へと戻って行った。
片付け途中だったゴミ箱もそのままにしてしまい、あとで店長と並んで、シフトを代わってくれた伊藤君に怒られることになるのは、また別の話である。
「へぇー、そんな変わったサイトがあるんだね。その手のものは、毎晩欠かさずに根刮ぎチェックしていたつもりだけど、完全に把握漏れだよ」
軽快なハンドル捌きで車を運転しながら、店長は悪びれるふうもなく、自らの習癖を暴露してくれた。
やっぱり、そっち系の人だったのね。
なんでも、ネットの掲示板で仲間を募り、心霊スポットや廃墟巡りなんかのイベントも、度々主催しているのだという。
加えて、根っからのアニメ好き。まぁ、それは元々、承知していた情報だけれど。
「それで、今回の特殊任務は、どういった内容のものなの? 何か僕にも、手伝えるようなことはあるかな?」
「いやいや、マジに危険なんで、車の中で大人しくしといてください」しっかりと釘を刺しておく。
「そんな水臭いこと言わないで。もう五年もの長い付き合いじゃないかぁ」
そう言えば、そんなに長い付き合いになるんだっけ。居心地の良い職場だったんで、ずっとあそこで働いてたもんなー。
考えてみれば、それもこれも、全部この店長がいてくれたからだと思う。そう考えると、ちょっとくらいお願いを聞いてやっても、バチは当たらないかも知れない。
「勝手な行動はしないでくださいよ……。それはそうと、ウィラ……レイラ、そもそも、何をすればいいんだ? まだ俺、ちゃんと聞いてないんだけど」
後部座席に座ったウィラルヴァを、肩越しに振り返る。ウィラルヴァはウキウキした顔で、車窓の外の流れる景色を眺めていたが、言われてこちらを振り向き、
「そう難しい仕事ではない。県境にある林道に、トンネルがあるそうだ。そこに悪霊とかいう名の、魔物が棲みつき、通りがかる人間に悪さをしておるらしい。それを退治すればいいだけの話だ」
うん。すごくざっくりした説明を、ありがとう。
いやいや、場所とか、どんな悪霊かだとか、もっとこう具体的なことを、
……と言い返そうとしたら、
「県境の林道のトンネル……っていうと、三胡子トンネルだね。最近、ネットでちょくちょく囁かれるようになった、心霊スポットだよ」店長が意気揚々と説明してくれた。
あら。こんなところに頼もしい知恵袋が。
「噂は、他の心霊スポットと比べても、ありがちなものだけどね。車でトンネルを走行中、サイドミラーに生首が見えるだとか、変な声が聞こえるだとか、ボンネットに女の人が落ちてきただとか」
聞いてもいないのに、自ら進んで、次々と情報提供してくれる。
おお! こういう、意外なふうに役に立つところは、さすがの店長だ。コンビニでの姿と比べ、全く遜色がない。
いや、まぁ、言ってる内容は内容だけども。まさか、ただの心霊オタクを、こんなに有り難がる日が来るとは。
「僕の採点としては、星二つ、ってところかな。まぁ場所は、人里離れた山奥にあって、トンネル内の明かりも少ないらしいし、実際に行ってみたら、すごく怖く感じそうだけどね」
「ほう。そなた、なかなかに博識ではないか」
と、ウィラルヴァが俺の肩に肘をつくようにして、シートの間から身を乗り出し、輝くような金髪をサラリと垂らして、店長の顔を覗き込んだ。
顔を赤くさせた店長が、アハハとご機嫌な笑い声を上げる。
「そういうことに関しては、この界隈じゃ僕の右に出る者はいないね。
というか、レイラちゃんって、あれだねー。なんというかその…女王様気質というか、お嬢様気質というか……偉そうなんだけど、すごく美人だし、悪い気はしないというか」しどろもどろに言って、照れたように頭を掻く。
「ふむ。そなた、店長とか言ったか。中々に、見所がある。女王様というのも、あながち間違ってはおらぬぞ」ニヤリと微笑んだウィラルヴァが、店長の頬をツツーと指でなぞった。
やめてあげなさい! 女に免疫のない三十越えたオッさんをからかうのは!
「どうやら、ただのボンレスハムではないようだ。役立てば、褒美をとって使わす」
「ぐはぁっ…! 女王様ぁぁ!」吐血する店長。
運転中ですから!!! ていうか、女王様って、どっちの女王様よ!? 店長、絶対勘違いしてるから!!
その後もちょくちょく、ウィラルヴァと、そして吐血する店長を窘めながら、車は進み、目的の林道へと入ったのだった。
ホント。よく事故らずに、無事に辿り着けたもんだよ。
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