第3話 勝手に怪しいサイトに登録されました


 夕方、バイトを終えて家に帰ると、母さんが台所で、夕飯を作っているところだった。


 バイト終わりに店長が「今夜は何処かに行くのかい? 足がなければ、車を出してあげようか?」などとしつこく聞いてきたけれど、丁重にお断りしておいた。


 そもそも、出掛ける予定すらありはしない。


 夕飯を作る母の後ろ姿を、無言で眺める。


 俺にとって、数十年ぶりの光景だ。懐かしさを感じ、ついついそのまま、見入ってしまう。


 と、


「あら、あんた、帰ってたの? どうしたの、そんなところでボーッとして」


「あ、いや、晩飯、何かなーと思って」


 思いっきり作り笑いを浮かべて、咄嗟に思いついた言葉を口にした。


「あら珍しい。いつもは、ろくすっぽ食べもしないくせに。…そういえば昨日もあんた、ちゃんとご飯食べてたわね。さては……何か、隠してることでもあるんじゃないでしょうね?」


 スゥーっと目を細めて、睨むようにこちらを見る。


「な、なんもないよ! 飯できたら教えて。部屋で食うから」


 言い残し、自分の部屋へと向かう。


 ……あの態度を見る限り、どうやらウィラルヴァ、母さんに見つかったりはしていないようだ。


 一先ず胸を撫で下ろし、部屋のドアをコンコンとノックする。


「俺だよ。開けてくれ」


 しばらくすると、部屋の中から足音が聞こえ、ガチャリ、と鍵の開く音がした。


「おかえり、ダーリン」


 白いワンピース姿のウィラルヴァが、手を腰の後ろで組んで、お辞儀をするようにして柔らかく微笑む。


 ……騙されんぞ、計算女め。


「ダーリンじゃない」


 忘れずにドアの鍵をかけて、持っていたバッグをベッドの上に放り投げた。


「ちゃんと大人しくしてたみたいだな」


「失礼な。我をなんだと思っておる」


 口を尖らせたウィラルヴァが、プイッとそっぽを向き、ストンと回転椅子に腰掛けた。


 そのままクルッと後ろを向いて、机の上のパソコンをカタカタと操作し始める。


 ……ほほう。使えるんだ、パソコン。さすがは神様。


「何をしてるんだ?」


 何気なく歩み寄り、覗き込むと、PCの画面には、色鮮やかな服を着たモデルの写真が、ズラリと並んでいた。どこかの通販サイトだろうか。


「この世界の服装というものを、調べておったのだ。タイプ的には、我らの世界のものと、そう変化はないが……えらく細部に凝っておるな。これは、見習わんといかん部分だ」


 言って、次々と画面を切り替えてゆく。


 なんだかんだいって、こいつも女だ。そういうことには拘るのだろう。


「気に入ったものを、いくつかコピーした。ほら、これなんかどうだ?」


 と、ウィラルヴァが立ち上がり、スッと両手を広げる。


 ウィラルヴァの着ている服が、白いワンピースから、白くふんわりしたイメージのシャツに、黄色っぽい花柄のスカート姿に変わった。


 うーむ。正直言って、服のセンスはからっきしの俺だ。どうだと言われても、上手く答えようがないのだが……。


「まぁとりあえず、さっきのよりは良いんじゃないか? あれじゃ今の季節には合わないし」


 ワンピースじゃ寒すぎるという季節ではないものの、あれ一枚で街を歩いていたら、浮いてしまうことは間違いないだろう。


「なるほど、季節か。ふむふむ」


 と、ウィラルヴァが再び椅子に座り込み、机に向かってカタカタとキーボードを叩き始める。


 手際のいいブラインドタッチを見て、どうしてこうも上手く操作できるんだろうと、疑問を抱いたときに、ふと思い出した。


 ああ、そっか。創造主と創造神って、繋がった存在、みたいな感じなんだっけ。


 要は、俺がパソコンを使えるのだから、こいつも使える、ということになるんだった。


 逆に俺も向こうで、シィルスティングを初っ端から使えたもんなぁ。


 などとぼんやり考えていたら、


「そうだシュウイチ。一つ、面白いことを考えたのだ」


 不意にウィラルヴァが、ポンと手を叩いて、こちらを振り向いた。艶やかな金髪がフワッと宙に浮き、背中の方にサラリと流される。


「ネットサーフィンしていたらな、面白いサイトを見つけた。……お、これだこれだ」


「ん? 何を見つけたって?」


 気になったのでウィラルヴァの背後に立って、肩越しにPC画面を覗き込む。


「ディサイダー……貴方の問題、解決します? 神坂探偵事務所後見。なんだこれ?」


 やけに暗い印象がある色合いに、なにやらホラー系のサイトへのリンクが大量にある、見るからに怪しそうなサイトの、トップページが映し出されていた。


「今のお前には分からぬだろうが……ここには、神族が複数、関わっておる。我のような神族や、何かしらの問題を抱えた人間でなければ、辿り着けぬサイトだ」


「神族? この世界の神様、ってことか?」


 俺とウィラルヴァが作った世界と同じように、この世界にも、創造主と創造神が存在しているはずだ。そして、その二人の絶対神の下に、様々な役割を担う神々がいる。


 加えて、俺と同じように、どこかの世界の創造主となってしまっている人間は、星の数ほど存在している。そしてその異世界にも、他の世界の創造主となる者もいて……というふうに、この宇宙は、際限なく広がっているというのだ。


 まぁ、俺のように、自分の生まれた世界に創造神がやってきていて、向こうの世界にいるときと、同様の力を使えるってケースは、極々、稀なケースだとは思うが。


「この世界の神々だけでなく、異世界の神も複数、このサイトに登録しておる。

 どうやらここは、我のような神族が、この世界で暮らす金を稼ぐための、ハローワークのようなサイトらしい」


 ふむふむ。なるほど……って! 全く意味が分からないんですけど!? 神様がお金を稼ぐの!?


「あとは神々の交流、情報交換など、多目的に使用されているようだな。とにかく。ここに登録すれば、金を稼ぐための仕事が舞い込んでくる、というわけだ」腕組みをして、ウンウンと満足気に頷く。


「へぇー。まぁ、神様だって食うには稼がないと……いやいや、そういうもんなのか?

 神様なら別に、食わなくたって死なないだろうし、金を稼いで何に使うんだよ? というか、神様って、お賽銭とか、お布施とか、そういうんで稼げるもんなんじゃないの?」


「無論、そういう稼ぎ方をしている神もおるだろう。だが、全てがそうだというわけでもない。我のように、この世界に来て間もない神もおるだろうし、短期で遊びに来る神もおる。中には、相当にあこぎな商売をして、ガッポリ稼いでいる者もおるぞ。一口に神といっても、様々だ」


「マジか。大丈夫なのかよ、そんなことをして……。元々がこの世界の神様ならともかく、異世界の神がそんなことしてたら、この世界の創造神に、怒られたりするんじゃないのか?」


 ウィラルヴァはふぅーと軽く息を吐き、「この地球の創造神は、創造主と共に、人間としての転生を繰り返しておるのだ。今やもう、世界の秩序には、ほとんど関わっておらぬ。それだけ安定した、強い世界であるからな。あとは部下である神々、そして人間に任せた、と安心しておるのだろう。……羨ましいことだ」どこか物憂げな目つきを見せた。


 こいつが創造神であるあの世界は、今はもうかなり安定しているものの、星のレベル的には、この地球に比べると、まだそんなに高いものではないのだという。そのため、俺とウィラルヴァの世界からは、未だに別の星の創造主となった者は、一人も出ていない。


 何しろ、創造主である俺が、そうとは知らずに、かなりいい加減な設定を作ってしまっていたし、上手いこと定まっていない理や、歴史が、大量に存在していた。


 その一つ一つを、上手いこと解決して、今ではこうして、元の世界に戻ることができたわけだけど。


 それでもまだ、不完全な部分はあるんだと思う。この地球の完成度に比べれば、天と地ほどの差があるのだろう。


「まぁ良い。とにかく、だ。申請が通れば、我も晴れて、ここの連中の仲間入りだ。仕事が来れば、食うに困らぬ生活を送ることができるぞ」


 言って俺の顔を見上げ、嬉しそうにニコリと微笑む。


「ふーん。まぁ、頑張ってくれとしか、言いようがないけれど」


 変な奴に騙されたりしなければいいが……いや、その心配も無用か。なんだかんだ言って、こいつも異世界の絶対神だ。神としては、最上位に位置する存在。むしろ心配するべきは、こいつを騙そうとして近寄って来る連中の方だろう。


「何を言っておる? お前も一緒に頑張るのだぞ?」キョトンとした顔でウィラルヴァが言った。宝石のように煌めく瞳が、パチクリと瞬きをする。


「は? 俺も? いやいや、俺はもう仕事があるから!」


「仕事と言っても……バイトであろう。その程度の稼ぎで、我を食わせてゆくつもりか?」


「お前こそ食べなくても死んだりなんかしないだろ! え、てか、そういうつもりで、ついて来たのかよ?」


「当たり前じゃ。嫁になる以外に、どんな目的がある。

 …お! 見ろシュウイチ、申請が通ったようだぞ!」


 PCにメールが届き、喜び勇んだウィラルヴァが、登録完了をクリックした。


「早っ……てか、おい! それ、俺のアカウントじゃないか!」


「当たり前だろう。お前のパソコンじゃからな」


「またそんな勝手な……ああもう!」


 心の底から、深々と長いため息が漏れた。


 そういえばこいつは、いつでもそうだった。自分で決めたことを、自分で勝手に始めて、こっちが気がついたときには、すでに巻き込まれてしまっているあとなのだ。


 そもそもが、俺をあっちの世界に転移させたときだってそうだ。俺には何の説明も、了承もなく、気がついたら異世界にいて、果てしない冒険の旅に出ることになってしまった。


 ……日本に戻っても、同じなのか。てっきり、平凡でのんびりした生活が、待っているとばかり思っていたんだがなぁ。


「はぁ……。しょうがない。で? 仕事ってなんなんだ?」


 本当に、ため息ばかりが増えたものだ。仕方なしにそう言って、PC画面を覗き込む。


「まだ来てはおらんがな。ま、そのうち来るじゃろう」ウキウキした表情のウィラルヴァ。


「ふーん。……面倒な仕事じゃなければいいけどなぁ」


 そもそもが向こうは、こっちが異世界の神だということも、分かって仕事を振っているのだろう。


 おそらく、普通の仕事ではないに違いない。


「はぁ……」ため息が漏れる。


 まぁいい。何かしらの依頼を受けて、金を稼ぐというのは、向こうの世界でも、慣れ親しんだ仕事ではある。


要はこれは、一種のギルドに所属したようなものだろう。そう割り切ってしまえば、上手くやっていけるような気が、しないでもなかった。


 

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