第2話 店長に見つかってしまいました
久し振りのコンビニでのバイトは、色々と忘れてしまっていることが多くて、ちょっと苦労した。
それでも出勤して二時間も経った頃には、昔取った杵柄というか、だいぶ感覚を取り戻してきていた。
というか、そもそもが、そんなに難しい作業があるわけじゃない。挨拶等は他の店員に合わせて真似しておけば良かったし、商品の陳列や補充なども、基本的には店長が指示してくれる。
ちゃんと覚えていたはずのコピー機やATMなど、機械類の操作には、マニュアルを見ながら思い出すのに手間取ったけれど、一度確認してしまえば、それでもう十分だった。
「なんか、昨日までと、変に印象が違うね。いつもはもっとこう、適当に生きてます、って感じがダダ漏れしてるのに、今日はやけにシッカリ者、って印象がするよ。
なんかあったの? あ、もし具合が悪いってんなら、すぐに言ってね?」
7つ年上の、毎日どこかに寝グセのついた、癖っ毛頭の店長が、昼休憩にコーヒーを差し入れしながら、すごく懐かしさを感じる、いつもの人の良さそうな笑顔を見せた。
「大丈夫です。ありがとうございます」言って、コーヒーのプルタブをプシュっと開ける。
こういう、かつての日常の、当たり前だった懐かしさを感じる度に、なんとなく込み上げるものを感じてしまって、胸がジーンときてしまう。
周りのみんなにとっては昨日のことでも、俺にとっては数十年振りだもんなぁ。
実際の俺の年齢は、もう百歳にも近いことになる。まぁ向こうの世界では、歳を取ることがなかったため、肉体的には全く変わってはいないんだけれども。……精神年齢的にも、変化があるようには思えないけれど。
レジ打ちをしているときも、商品の入れ替えをしているときも、部屋に残してきたウィラルヴァのことが、ずっと頭から離れなかった。
店の外の喫煙所で、設置されたベンチに腰掛け、店長の差し入れのコーヒーを啜る。
さすがに、ウィラルヴァだってバカじゃない。自分の立場が悪くなるようなことは、しでかさないだろう。
それにしても、
「美人……だよなぁ。悔しいけれど」
今朝のウィラルヴァの姿を思い出し、はぁーっとため息を吐く。
少なくとも容姿に関しては、完璧だと思う。非の打ち所がない。
ウィラルヴァの姿は、俺の中にある、理想の女性像を具現化させたものになるというのだから、当然といえば当然だろう。
だが俺は、あいつの中身を知っている。
この世界とは、別の世界の、創造神。
正確には、地球から遠く離れた星の、守り神という立場だ。
その星では、俺がこの世界、つまり地球で創作した物語である、ロストミレニアムという話の世界観が、そのまま反映されている。
それについての細かいことは、追い追い話してゆくとして……あの世界でのウィラルヴァは、我が儘で、自分勝手で、人の話も聞かないし、気に入らないことがあると、すぐに爆発して暴れ回っていた。
こっちの世界でもそんなことをされたら、たまったものではない。こっちでの俺は、英雄でもなければ、創造主でもないし、理を司る神でもないのだ。
ただの一般人だ。何か問題が起こったときに、上手く解決してやれるだけの権力もなければ、金だった持っていない。
「大人しくしてるかなぁ、あいつ……」
考える度に、胸の中に霹靂が広がるように、果てしない心配だけが膨らんでゆく。
今日だけで何度目かも分からないため息を吐く。ふと、そろそろ休憩時間の終わりだと気づき、座っていたベンチから腰を上げた。
何気なく道路の向こうを見やると、杖をついた腰の曲がったお爺ちゃんが、こちら側に渡りたいらしく、歩道の脇で車の途切れるのを見計らっていた。
と、
キキキキィ…!と鋭い音を立てながら、角を曲がって来た乗用車が、軽快にアクセルを踏んで走って来る。
ちょうど道路を渡ろうとしていたお爺ちゃんが、慌てて足を止めた。
が、咄嗟のことで、足を痛めたのだろうか。ついていた杖を取り落とし、その場に腰を着いてうずくまった。
「あっ…!?」
ちょ…危ない、お爺ちゃん!!
咄嗟に、左手首に嵌められたリングに、軽く指を触れる。
「風の障壁…風牙連陣!!」
三つ星の風魔法、風牙陣を発動させ、乗用車に向かって撃ち放った。
……って、しまったぁぁぁ!?
何、普通に攻撃しちゃってんの、俺!? これじゃあ、お爺ちゃんでなく、車の運転手の方が絶好調に危険だわ!
そう思ったものの、すでに後の祭りだ。
強烈な突風と、鎌鼬のような風の刃を受けた乗用車が、パァン!とタイヤをパンクさせつつ、勢い良く横向きに転がった。
ガシャァン! とサイドウィンドーを粉々に吹き散らしながら、転がった乗用車が、ガードレールにぶつかって動きを止める。
い……いかん。やってしまった。
ついつい、向こうの世界にいるときの癖で、何かあったら瞬時にシィルスティングを使って、反応してしまうようだ。
膝を摩りながら路面に座り込んでいたお爺ちゃんが、目をまん丸く見開きながら、転がった乗用車を見つめていた。
と、転がった乗用車から、金髪の若い兄いちゃんが這い出て来る。擦りむいたらしい肘を摩りつつ、何が起こったのか分からないといった表情で、ひっくり返ってしまった自分の車を見やっていた。
良かった。大した怪我はしていないようだ。
やがて近くの店の店員や、通りがかった歩行者が集まり始め、道路の向こう側が、ガヤガヤと騒がしくなってきた。
うん……。これは、不可抗力だ。間違いない。
そもそも、乱暴な運転をしていた、あの兄いちゃんが悪い。あのままお爺ちゃんを轢いてしまえば、もっと大惨事になるところだったのだからね。感謝したまえ!
無理やり自分の中に言い訳を作り、額に汗しながら、ウンウンと一人で頷いていると、
「り、理道君? 今、何をしたんだい!?」
いつの間にか背後に立っていた店長が、トレードマークの黒ぶちメガネをズリ落としながら、あんぐりと口を開けて俺を見ていた。
「え? え? な、なんのことですか?」
張り切って視線を逸らしつつ、上擦った声でシラを切る。
ま、まずい……見られていた! これじゃあ、ウィラルヴァのことを、どうこう言えたギリじゃないじゃないか。
店長はずり落ちたメガネを、クイっと上げると、やおら俺の耳元に口を寄せ、小声で、
「誤魔化さなくていいよ。きっと、人には言えない、何かしらの事情があるんだろうね。
だけど、これだけは言わせてくれ」
そう言って、俺の肩にポンと手を置くと、ビッと親指を立てた。
「僕は君の味方だよ。困ったことがあったら、なんでも相談して欲しい!」
キラーン、と笑顔で前歯を光らせる。
……ええーっと。はい。ありがとうございます。
おっと。店長って、こういう人だったのか? いや、果てしなく人が良い人物だったのは覚えているけれど……。
「今のは、魔法のようなものかい? いや、あるいは、気、かな? 一体どんな能力なんだい? まさか身近に、そんなすごい人がいるなんて、思いもしなかったよ!」
「え、あ、いや……店長?」
「人には隠さなきゃいけない力であることは、間違いなさそうだね。あ、分かってるよ。絶対に誰にも喋らない。安心してくれ。
それより、咄嗟のことながら、躊躇わずに人を助けるために、力を使っちゃうなんて……見直したよ理道君! 僕で良ければ、なんでも手伝うからね!」
「は……はい。助かります……」
「やっぱり、世の中に災いを齎す、悪の組織なんかと戦ったりしているのかい? あ、他にも仲間がいたりするのかな? もし僕にできることがあったら……と言っても、車の運転だとか、バイトのシフト調節だとか、出来ることは少ないかも知れないけれど。
とにかく、困ったときには、なんでも相談してね。力になりたいんだ!」
鼻息荒く、グイグイと顔を近づけ、キラキラした目つきで俺を見てくる。
「あ……あはは。た、助かります」
やべぇよ。店長、絶対、そっち側の人だよ。理解がありすぎる。絶対に俺のことを、悪と戦うヒーローか何かと勘違いして、あわよくば仲間にしてもらおうとか考えてるに違いないよ。
「て、店長? そろそろ、休憩終わりますんで」
「あ、そうだったね。……そうか。何の取り柄もない、しがないフリーターというのも、世を偲ぶ仮の姿、というわけなんだね」
あはは。めんどくせー、この人。
まぁいい。取りあえずこの場は、話を合わせて乗り切ろう。
「そ、そうなんです。絶対、誰にも言わないでくださいね?」
そう言って干からびた乾物のような、乾いた笑いを浮かべたのだった。
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