ライアー

とある町の隅っこ。いつも人気の少ない公園。


「みどりィ、どう思うよ?」

茜______背丈の低い少女が、ブランコをぎいぎい鳴らしながら気怠そうな表情で告げる。身に纏った臙脂色のレインコートが幼い赤ずきんのように見えなくもないが、恐らくそれを告げたら更に機嫌を損ねるだろう。


「何をだよ。主語を付けろ主語を」

隣で同じくブランコを揺らすみどり________自分の靴を見つめたまま同じくブランコを揺らす少年が、面倒臭そうに応える。茜よりは年上の彼の耳では、二年程前までは見られなかったイヤーカフが角度を変えて煌めいている。


その二人に目をやることもなく、会話も聞いているか判らない状態で手元の携帯ゲーム機を弄っているあおい。今、この公園にはこの三人しか居ない。


「うちの町じゃあ天気として飴が降ってくるじゃん。勿論それがうちだけだってのは知ってるよ。けどさァ、前こっちに来た余所の奴が『それはお前達が騙されてるだけだ』って」

「………………はあ」

翠は心底興味が無さそうな声色で応え、またブランコを揺らす。

フードで目元まで隠した、然程年の変わらないような少年の姿が、声が、妙に茜の脳裏に焼き付いている。


「何でだよって。あたしらは確かにこの目で飴が降ってくるところを見てるのにさァ!」

「……………包みの中が実は飴玉じゃねえ、とかか?」

「食べるのはお母さんに……………落ちてるもの食べるなって止められたからできなかったけど。開けて見た目だけ見た事ある。あれは飴だったよ」

食べてねえじゃねえか、と呆れたように呟く。


元から決して晴れているとは言い難い天気だったが、こうして話し合っている間に少しずつ雲の色はくすんでいく。


「……………茜が、降ってくるのが飴だって信じてるんだったら……………それで良いんじゃないの」

久々に蒼が口を開いたと思ったら、それだけ伝えてまた画面に向き直った。


「…………そうだな。その余所者だって、本気で言った訳じゃねえかもしれねえし」

「そうだとしたら酷いよ?冗談で人を迷わせる事は言っちゃいけないよ」

少しずつ息を荒げる茜を、翠が視線で抑えようとする。


「そういう事言う奴だって沢山いるだろ。ほら、お前ん家の向かいで、蒼ん家の隣の…………シロだっけ?そう呼ばれてた奴だって、でかい嘘ついて町中混乱させて……………追い出されてただろ」

「向かいの……………シロ………?そんな奴いたっけ?」

とぼけている訳ではなく、本当に覚えていない様子だ。


「白い髪だからシロ。髪色のせいでよく目立つ奴なのに、知らねえの?」

「知らない。初めて聞いたよ」

それじゃあ、と翠が言いかけた時、その額に何か硬いものが落ちてきた。


「……………降ってきた」

見上げると、カラフルな包みが_________コロンとした可愛らしい形の飴玉が、雲を捉えようとする視界を遮っていた。


「何個か取って、持って帰ろうよ」

茜がレインコートの大きなポケットを見せる。


「……………やめておいた方が良いと思う」


蒼の、珍しく人の行動を止める発言。

さっきの信じてんのか、と翠にからかわれるけれど、それにも動じず横に首を振った。


「なんか……………大人が、飴は拾っちゃいけないって言うでしょ。……………素直に従った方が良い気がする」

シロもそう言ってたから、と呟くも、その声は地面と飴玉がぶつかる音にかき消されていく。


結局、飴は持ち帰らずに三人は去っていった。


「騙されてるんだって。本当はこれは飴玉なんかじゃない。もっと恐ろしくて、とても食べられるようなものじゃないのに」


公園のフェンス越し、白い髪の少年が絞り出した________掠れるような訴えにも気付かないまま。

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